第22話 推しと二人っきりとか、もう我慢の限界です。
「え? やっぱり今からダンジョンに行くんですか?」
星波様がボストンバッグを背中に背負う。
私のもかなり大きいが、彼女のはそれ以上だ。
中身は間違いなく、
よく見るとボストンバッグの横にギルドのマークがある。
どうやらギルド専売品のようだ。
「やっぱりって、よっつもエンドラさんからもらった武具がそこに入っているんじゃない?」
星波様が私のボストンバッグに目をやる。
「そ、そぅですね、先日、一番合戦さんに潜姫ネクストに所属します旨を話したときに、武具を持ってきてって言われたので。着用してぃる姿を皆さんに見せたぃみたいです」
このご時世、公共の移動手段を使用する際、武具を装着していても問題はない。
むしろそういう人はかなりいる。
いつだったかコスプレイベントがあったとき、その3分の1がダンジョンに向かうダンジョンシーカーだったという話もあるくらいだ。
だから私も家から遠い秋葉原ということもあり、武具を着ていこうかと思った。
でも止めた。ちょっと恥ずかしくて。
昨日まで私服だった私には、まだ充分な勇気が充填されていないようだった。
「じゃ、行こっか。場所は台東Cダンジョン。バスに乗って行くから。自宅からならヘリを出すんだけどね。あ、もちろん操縦は私じゃないよ。執事ね」
確か私を救出にきたとき、ヘリコプターだったはずだ。
ヘリコプター所有で執事までいるとは、さすが売れっ子ダンチューバーである。
「あ、あの、でもどぅしてダンジョンに行くんですか? 武具を持ってきてと言われましたけど、そんな話は聞いてぃなかったので」
星波様が怪訝な表情を浮かべる。
「ちょっとまって。今日、よっつの歓迎会があるって話、社長からは聞いてるよね?」
「はい」
「台東Cダンジョンでやるってことは?」
「いえ。――って、ダンジョンで歓迎会をするんですかっ!」
「うん。社長がダンジョンで歓迎会をしたいって言ってさ。台東C貸し切っちゃってバカだよね、あの人、ほんと」
貸し切り?
ダンジョンを??
「えええっ!? そんなことできるんですかっ!? で、出来るとしてぉ金とかすっごいかかるんじゃなぃですかっ??」
「11時から14時の3時間だけだけど、それでも1000万くらいいくんじゃない?」
いっ・せん・まんっ!!
私もあの人、バ〇だと思いますっ。
「で、でもなんでそんなぉ金かけてまでダンジョンで歓迎会なんか……」
正式なメンバーでない特別枠なんですけど……。
「そういった破格の贅沢をしてしまうくらい、よっつに期待してるってこと。なんといってもエンシェントドラゴン倒した時の人だからね。注目度は桁違い。特級武具もあって将来性も申し分なし。それになんといっても――可愛い」
「え……?」
私が可愛い??
というより、私の一兆倍可愛い星波様にそんなことを言われるとは思わなかった。
「あれ? その反応、もしかして自覚ない? 見た目も含めた全体的ないじらしさから、たくさんの可愛いが発散されているんだけど」
私の体から数多の〝可愛い〟の文字が発散される映像が過る。
どんなアニメだと思った。
それにしても面と向かって可愛いとか言わないでほしい。
事務所に二人っきりだということを思い出して、急に全身が熱くなってきた。
この状況にはもう耐えられない。
「は、早く台東Cに行きませんかっ? み、みんな待ってるんぇすよねっ?」
私はとにかくここから出たくて、脱線した話を元に戻す。
「そうだね。まだ準備中かもだけど、台東Cにはいると思う」
そうだ。
事務所総出で歓迎会となると当然、愛染鋳薔薇さんに鉞すももさんもいる。
どちらも金潜章持ちのトップダンチューバーであり、星波様同様に会うのは始めてだ。
星波様との邂逅も心臓ばくばくだったけど、その二人に会うのも今からドキドキしちゃって過呼吸気味の私。
「あ、そうだ。せっかく台東C行くんだし、今からライブ配信の予約しておけば?」
――ライブ配信。
確かに今まで行ったことのない大東Cダンジョンなのだから、このチャンスを逃す手はない。ちょっと急だけど、やってみたい自分がいた。
「そ、そうですね。ライブ配信の予約しちゃおうかと思います。時間はどうしましょうか?」
「歓迎会が終わったあとだから、14時10分でいいんじゃない。その時間だと貸し切りタイムは終了しているけど、よっ散歩には影響ないよね?」
「はい。じゃあ、14時10分で予約してぉきます。タイトルはえっと……あ、【今日から潜姫ネクストの一員になりますっ。まずは台東Cをよっ散歩】にします」
「うん、いいと思う。……そういえばよっ散歩と言えば、1カ月前の入間Dダンジョンの。あれ凄く良かったぁ」
「ど、どこが良かったんですか?」
って、星波様が私の動画を見てる!?
そういえば、ライブ配信も見てくれていた。
だからこそ私を救出しにきてくれたわけで……。
なんで星波様ともあろう方が、私のライブ配信なんて視聴したのだろうか。
「ほら、あのダンジョンってヌメヌメ蟲がいるじゃない? よっつ、あんな大きくて気持ち悪い蟲が肩に付いているのに、ずっと気づかずに配信してるんだもん。それが本当に面白くて……ハハハ。ご、ごめんね、思い出したらまた笑っちゃった」
「う、あ、あれは……」
星波様がお腹を押さえて笑っている。
ヌメヌメ蟲とは10センチ程の、文字通りぬめぬめした甲虫だ。
ダンジョンで気持ち悪い虫ナンバー3にランクインしている、ある意味モンスターよりも怖い奴。
そんなヌメヌメ蟲が、あのライブ配信のとき私の肩にずっと乗っていた。
まるでペットのように。
それに気づいたのは動画編集を始めたときだった。
そう、あのときは同接ゼロだった。
誰か一人でも見ていてくれれば教えてくれただろうに。
気に入っていた服がその日のうちにゴミとなったのは言うまでもない。
「はぁ……笑った。まあ、あれはちょっと見てるこっちも辛かったけどね。動画に向かって何度も、よっちゃん、肩、肩ぁぁって叫んじゃったもん」
「ううう、あれは、本当に……」
今、あの動画の再生数は3万ちょっと。
もしかしたら、その3万人が星波様のように叫んでいたかもしれない。
それくらいヌメヌメ蟲は気持ち悪い虫だった。
「よし、行こっか」
星波様がサングラスをかける。
公共の移動手段を使うこともあり、なるべく鳳条星波と分からないようにしたいのだと思った。
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