台東Cダンジョン編
第21話 潜姫ネクストの事務所へ行くとそこには――えっ?
潜姫ネクストの事務所は東京の秋葉原にあった。
私の住む市からだと電車の乗り継ぎ2回で約1時間。
潜姫ネクストの事務所は、秋葉原駅の電気街改札を抜けて8分のところにあった。
「……3階だったよね」
私は昨日は下りた階段を上り、潜姫ネクストの事務所の前へ。
約束は10時。
時刻は9時50分。
ちょっと早いけど、遅れるよりかはいいだろう。
私はインターホンに手を伸ばす。
2日前、私が潜姫ネクストに所属すると伝えたとき、視聴者のみんなはそれを支持してくれた。
コメントが多くて流れるのも早かったけど、反対する人はいなかったように思う。
どこかで、調子に乗るなとかお前には無理だとか言われると思っていたので、あのときは本当に胸がバクバクしていた。
私を推してくれる人に後押しされるのは本当に心強い。
でも星波様を始め愛染鋳薔薇さん、鉞もももさんと、ちょっと(すごく?)個性の強そうな人達と仲良くなれるだろうか。
私はインターホンを鳴らす。
しばらくするとドアが開いた。
そこにいたのは
「あ、来た。いらっしゃい、湊本四葉さん」
鳳条星波、その人だった。
「あ……」
「ん? どうしたの。中に入っていいよ」
首を少し傾けてにっこりと笑う私の推し。
な、なんで星波様がいきなりいいいいいっ!!?
全然、心の準備ができていなかった。
てっきり、ピンクの金髪アフロが出てくるとばかり思っていた。
「ああぁ、はいっ。おじゃおじゃおじゃ、おじゃましますっ」
「うん。入って」
私を事務所内に招き入れる星波様。
その恰好は私がいつも見ている漆黒の装備ではなく、私服だった。
デニムのサロペットに中は白のシアートップス。
カジュアルだけどシアートップスの透け感がちょっとセクシーだ。
靴はラフなサンダルだけど、総じてオシャレの一言だ。
私は先日のソファではない、部屋の真ん中にあるもっと大きなソファに案内されてそこに座った。
「あ、あの、
「社長は歓迎会の準備があって出てる。だから代わりにわたし」
歓迎会……。それ多分、私のだ。
「そ、そぅなんですか。あ、愛染さんや鉞さんは……?」
「ここにはいないよ。ってゆーか、基本、事務所には社長しかいないんだ。所属していると言っても別にこの事務所でデスクワークしているわけじゃないしね。報連相は電話やメールでできるし、何か会議があるときもリモートで行うし。だから今はわたしとあなたの二人だけ」
二人だけ……。
トクン――と胸が音を奏でる。
「飲み物お茶かコーラしかないんだけど、どっちがいい?」
「コ、ココ、コーラで、お願ぃしますっ」
「ぷっ」
星波様が笑う。
「え?」
「湊本さん、ちょっと緊張しすぎ。ここ、やーさんの事務所じゃないんだから、もっとリラックスして」
「は、はい」
緊張しているのは全てあなたのせいです。
憧れの人と対面して緊張しない人なんていないんです。
あ、そうだ。ちゃんと助けてくれた感謝を伝えないと。
「そういえばこの前の、大事な報告のライブ配信、見たよ」
コーラを注いでいる星波様が、いきなりそんなことを口にする。
なんて言っていいのか分からないでいると、星波様がコーラの入ったコップを2つ持ってきて対面するソファに座った。
「……み、見ちゃったですか。あ、ぁれを」
「うん。私への感謝もちゃんと聞かせてもらいました」
先に言われちゃったっ!!
私は慌てて立ち上がると、90度のお辞儀をする。
「そ、その節は、ガス欠で意識を失った私を助けてくれてありがとぅござぃましたっっ!」
「うん。放っておくわけにはいかなかったからね。すぐに家からヘリでビューンって飛んでいった。モンスターがいなかったのは不幸中の幸いだったよね。いたら今頃、ダンジョン墓誌に名前が刻まれていたかも」
ダンジョン墓誌とは、ダンジョンで死んだ人間の名前を刻む石碑である。
それだけは避けたい私だった。
「良かったです。そぅならなくて。ガ、ガス欠のことは知っていたんぇすけど、あのときはそこまで考えがいかなくて、大技使ったぁと、もう倦怠感がすごくて――」
「そう、大技っ。えっと名前なんだっけ?」
「ホーリーヴァラ、ヴァレスティです」
あ、噛んだ。
「そうそう、そのホーリーヴァレスティっ。あれ凄かったねっ。光の蛇みたいなのが上にこう上がっていって、天井全体に広がったと思うと、おっきな槍がケルベロスに刺さって、もう見入っちゃったもんっ。感動ってやつ?」
――なんだろう。
私の知ってる鳳条星波とは違って、とても明るくて人懐っこい。
なんか不思議な人。
でも、そんな星波様もまたいいなって思っている自分がいた。
「ん? どうかした?」
「ふぇ? な、なな、なんでも、なぃです」
星波様を見詰め過ぎていた。
私は居た堪れなくなって、コーラをごくごく飲む。
大好きなコーラなのに味がよく分からなかった。
「そうそう、ケルベロス戦の前の動画も見たよ。エンシェントドラゴンを倒した動画」
「そ、それも見てくれたんですか。ありがとうござぃます」
「それで聞きたいんだけど……」
星波様が前のめりになる。
両肘を机に置いて、手のひらの上に顎を乗せた。
「は、はい、なんでしょうか……?」
「私みたいなダンチューバーになりたいってホント?」
想像はしていた。
聞かれるだろうと。
あんなに大声で、「星波様のようなダンチューバーになるまで、絶対に死ねないんだからぁぁぁっ!!」って言ったのだから。
この場で聞かれないほうが不思議だった。
だから私はその答えを持っている。
ドキドキして胸が苦しくて恥ずかしい。
だけど――これはちゃんと口に出して言わなければいけない。
私にダンチューバーという道を与えてくれたのだから。
「はい。その通りです……わ、私、鳳条さんが最初に踏破した水戸Dでの言葉をまだ覚ぇています。〝ダンジョンほど楽しぃところはない。最高の遊び道具が目の前にあって遊ばなぃなんてもったいない。だから私は命を懸けて遊び続けます〟とあなたは言ぃました。
そのときの鳳条さん、本当に楽しそぅで嬉しそうで、いいなって。……そこでファンになりました。それからずっと今の今まで鳳条さんに憧れてぃます。そ、そんな鳳条さんみたぃになりたいとも、思っています。……はい」
星波様はどんな顔をしているのだろうか。
ずっと下を向きながら話をしていたから、分からない。
というより何か喋ってほしい。
この沈黙は耐えられない。
「そういえばそんなこと言ったっけ、私。よく覚えているね」
沈黙を破ってくれた星波様。
張り詰めた緊張の糸の緩んだ私は、ようやく顔を上げる。
「は、はい。ほかのことはすぐ忘れますけど、その言葉だけはちゃんと」
「嬉しい」
「え?」
「だってそうでしょ。私自身の記憶がおぼろげなのに、よっつはちゃんと覚えてくれているんだもん。嬉しいな」
ん?
「あ、あの……、よっつってなんですか?」
「湊本さんの名前が四葉だからよっつ。だめ?」
まさかのよっつ。
中学生のときの親友に呼ばれていたよっつが、ここにきて復活するとは思わなかった。
「だめじゃないですだめじゃないですっ。よっつでいいですっ。……で、でも、いきなりそんな親しげな感じでいいんですか?」
「これから親しくなっていくから、先取りよっつ」
「ふぇ?」
私が星波様と親しくなっていく?
そんなこと1ミクロンも想像したことがなかった。
こうやって目の前にいても、映画の中の登場人物のように思っているのに。
「あ、それと私のことは
呼べませんっ!!
ムリゲーですっ!!
「ということで遅くなったけど私、鳳条星波が所属する潜姫ネクストへようこそ。一緒にがんばろうね、よっつっ」
星波様が私の手を握る。
私は気を失いそうになった。
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