第15話 エンシェントロッド持ってるの失念していましたw


「な、なんとか食べられずに済みました。みなさんのぉっしゃる通り、エンシェントブーツのおかげのよぅですね。あと画面ぶれぶれですぃません。なるべくぶれぶれにならないように努力します」


 左手で自撮り棒を持っていることを忘れて、撮影が完全におざなりになっていた。

 映像はぶれぶれどころか、ぐわんぐわんだったはずだ。



【コメント】

 ・画面のことなんて気にするな。バトルに集中っ

 ・ケルベロスをまず倒す!詳細はあとで!

 ・まずは生きて!!

 ・画面なんてどうでもいい。死ぬな!

 ・よっちゃんが生きてればおk

 ・配信止めたっていいからな

 ・戦って勝って生きろ。それだけだ。



 みんなはこう言ってくれる。

 私も逆の立場ならそうだ。

 でも――


 私はダンジョンシーカーであると同時にダンチューバーだ。

 ダンジョン配信が全てであり、生きがいと言ってもいい。

 

 だから抜き差しならない状況であっても、ダンジョン配信を疎かにしてはいけないと思ってる。正しいかは分からないけれど、今の私の選択肢はそれだけだった。


「みんな、ぁりがとう。無理はしません。でも私は――私のダンチューバー魂に従ってみなさんにいいものを届けたぃと思っています。だから戦って勝つし配信もしっかりやります!」


 鳳条星波なら絶対にそうしているから――。


 私は自撮り棒をしっかり握り、スマホのカメラをケルベロスに向けた。

  

 こちらに気づいたケルベロスが、咆哮を上げて猛進してくる。

 さきより走り方が荒々しい。

 食べそこなった苛立ちと怒りからだろう。


 試したいことがあった。

 私は背中を壁に貼り付けるようにして立つと、ケルベロスが直前にくるまでそのままでいた。


「ガアアアアアッ!」


 今度は真ん中の顔が私に食らいつこうとする。

 刹那、私は右側へ飛んだ。

 思った通りの高速ジャンプで、私はケルベロスの乱杭歯を回避。


 勢い余ったケルベロスは、顔を壁に強かぶつける。

 痛いのか、ケルベロスは叫び声を上げながらその顔をぶんぶんと振った。


「やったっ」


 作戦名〝食べられる直前で回避して顔を壁にぶちあててみる〟は、完璧なほどにうまくいった。


 そのあとも私はその作戦を7回繰り返した。

 ちょっとおつむが弱いのか、ケルベロスは失敗から学ぶこともなく7回とも壁に頭をぶつけていた。


 見ればケルベロスはふらついている。

 ケルベロスがダメージを受けているのは、間違いないようだ。

 でもこのまま同じことをしていても、完全に倒すことができるような気がしない。


 何か別の方法で攻撃して倒さないと――……


 って魔法があるじゃんっ。


 私はすっかりエンシェントロッドのことを失念していた。

 右手を自由にしておきたくて、ずっとリュックに差し込んでいたのが原因だろう。

 私はエンシェントロッドを取り出すと右手で握る。


「ケ、ケルベロスもダメージが蓄積されてきたよぅなので、もうそろそろ魔法を使ぉうかと思ぃます。べ、べべ、べつに忘れてぃたわけじゃなくて、このタィミングを狙ってぃただけですからね? ね?」



【コメント】

 ・うん。忘れてたんだよね

 ・よっちゃん絶対忘れてたwww

 ・ど忘れして言い訳している件

 ・忘れてたのバレバレで草

 ・やけに同じことを繰り返していると思ったらw 

 ・動揺を隠しきれなくて舌が足りなさ過ぎwww


 

 言い訳失敗。

 忘れていること、ほぼほぼバレていた。

 

 私は「忘れてましたすぃませんっ」と視聴者に謝っておくと、ポケットから折りたたまれた紙を取り出す。詠唱の文言・三つの属性・及び呪文の種類が書かれた紙である。


 ちなみに魔法の種類は、上から下にいくにつれて高威力となっていた。


 属性はどうする? 

 まずはやっぱり火かな。

 だったら精霊はサラマンドル。

 魔法の種類はえっと……


 私は紙に書かれた十数種類の魔法に目を通す。

 各々の火魔法がどのような攻撃をするのか、簡単に書いてある。

 

 悩みそうになったけど、そもそもエンシェントロッドの属性が火で確定されていない。なので等級の低い杖でも発動できる、ダメージ小のファイアウェイブを試してみることにした。


 ケルベロスが「ぐるるぅ……ぐるるぅ……」と走り詰めてくる。

 足が遅くて息も上がっている。

 疲れているようだ。

 

 でも容赦はしない。

 私はエンシェントロッドをケルベロスに向け、魔法の詠唱を始める。


「わ、我ぁサラマンダルと契約せし火で心を焦がす者、血の盟約ぃ従い魔力マグナの付与を授からん――ファイアウェイブッ!!」


 炎の波が……でなかった。

 どうやら属性は火ではないようだ。


 私はケルベロスの攻撃を難なく避けると、次の属性――無を試す。


「わ、我ぁオーガと契約せし剛なる力でねじ伏せる者、血の盟約ぃ従い魔力マグナの付与を授からん――ギガントナックルッ!!」

 

 巨大な拳が……飛び出なかった。

 無属性でもないらしい。


 もしかして舌足らずが原因で、詠唱がちゃんとできていないだけなのだろうか。

 そうなると私は、魔法師として致命的な欠陥があるということになる。


 愕然として膝からくずおれそうになる私。

 

 でも舌足らずが原因かどうか分かるのは、最後の聖属性の魔法を唱えたあとだ。

 それでエンシェントロッドがうんともすんとも言わなかったら、一回くずおれてもいいでしょうか?


 お願い、発動して――っ。


「わ、我ぁアストライアと契約せし聖なる汝を崇める者、血の盟約ぃ従い魔力マグナの付与を授からん――ホーリーヴァレスティッ!!」


 ――あっ!


 詠唱が終わったあと私は気づく。

 紙に書かれた魔法の種類の一番上ではなく、一番下の魔法を文言に組み込んでしまったことを。


 つまり私が詠唱したのは、だった。

 

 ただ、杖の性能が見合わなければ詠唱したところで発動はしない。


 え? でもエンシェントロッドって特級武具だよね?


 と、そっちも気づいたそのとき――


 エンシェントロッドの先端がぼうっと光る。

 刹那、眩い光の束がうねるように頭上へと上がっていく。

 光の束はダンジョンの天井にぶつかると、まるで純白の空のように拡散した。


 何かすごいことが起きる。

 

 次の瞬間。

 純白に染まった天井から数十本の巨大な白い槍が姿を見せ、一斉にケルベロスに向かって解き放たれた。


「ガアアアアアアアアアアアッ!!!」


 白い槍に全身を突き刺されるケルベロス。

 巨体のほとんどが鋭利な白に覆われたその光景は残酷で荘厳で――圧倒的だった。


 白い槍が霧散し、ケルベロスが地面に横倒れになる。

 私はどうやらケルベロスを倒したようだ。

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