第14話 このモンスター、私を食べる気まんまんのようです。


 時間を意識した瞬間、お腹が空いてくる。

 そういえばお昼ご飯を食べていなかった。

 動画のバズりを知って、それどころじゃなかったから。


 ぐうううううっと、お腹が食料を要求してくる。

 空腹が気になって配信のクオリティが下がるなら、今日はこの辺で止めておいたほうがいいかもしれない。視聴者のみんなにも失礼だし。


 と、その空腹のせいなのか体がよろける。


「きゃっ」

 

 私は咄嗟に左手で壁を押さえて転倒を防ぐ。

  

 ゴゴゴ……。


「え?」


 と思ったらまるで回転扉のようにその壁が動き出す。

 不安定となった私の体は壁の向こう側へと倒れてしまった。

 

 壁が閉まり、真っ暗な空間へと放り出される。

 明かりは配信中のスマホの画面だけだった。



【コメント】

 ・ん? 何かあった?

 ・よっちゃん、どないしたんや!?

 ・よっちゃんのアップの顔可愛いけどなんか焦ってる??

 ・マジで何かあったか?

 ・なんか暗くね? まだ所沢Dだよね??

 ・よっちゃん、説明はよ!



 私を心配する声がコメント欄に溢れかえる。

 早く説明しないと……っ。


「あ、あの、すぃませんっ。な、なんかぁの、壁に手を置いたらその壁が急に動き出して、回ったと思ったら向こう側ぃ行っちゃって。あ、だからここが向こぅ側で今はこちら側です。それと私は無事です。あ、あとあとここ、めちゃんこ真っ暗ですっ」



【コメント】

 ・とりあえず無事でよかった!

 ・壁が動いて向こう側? 忍者屋敷か?

 ・真っ暗って、え?

 ・霊光石の明かりがないからそこ未踏の領域じゃね???

 ・未踏の領域だろ、そこ。まじかよ

 ・天空の神殿に続き大・発・見!!



 やっぱりここは未踏の領域。

 でなければこの闇の説明がつかない。

 誰かが入っていれば絶対に霊光石を置いて明かりを灯すからだ。


 グルルゥゥゥゥ。


 !?  


 何か聞こえた。

 獣が唸るようなそんな声。

 

 聴こえた感じだと、まだ私との距離はある。

 だけどやけに重々しく響いたのが気になった。


 


 これは推測ではなく確信。

 

 私はごくりと息を飲むと、リュックの中から霊光石を取り出す。

 個包装の緩衝材を取り外すと、霊光石を指で2回軽く叩き、モンスターがいる方向へと放り投げた。


 1……2……3


 私のいる空間に一気に拡散する、淡い青の光。

 

 息を飲む私。

 

 モンスターがいた。

 三つの頭を持つ超大型の四足モンスター。

 犬の怪物、またの名を冥界の番犬。


「うそ……あれって、ケルベロス……っ?」


 私の記憶が正しければ、あれは間違いなくケルベロスだ。

 いくつかのクラスAダンジョンの最奥のボスとして君臨する、獰猛なる探索者シーカーキラー。


 モンスターレベルは450。

 ちなみにクラスDダンジョンの平均モンスターレベルは20。

 

 あり得ない。なんでそんな凶悪なのがこの所沢Dにいるの? 

 イレギュラーモンスター……?

 

 稀にクラスに不釣り合いなほどに強いモンスターが出没することがあるけれど、それがイレギュラーモンスターと呼ばれていた。



【コメント】

 ・マジでケルベロスじゃん!!

 ・うそだろ、イレモンかよ!?

 ・ぶっちゃけ嫌な予感はしてた

 ・いやいやいややばいやばい

 ・よっちゃん早く逃げて

 ・クラスDで出没していいモンスターじゃない

 ・早く逃げろってまじで



 さっと目に入ったコメント欄に溢れる〝逃げろ〟の文字。

 

 私は背後に振り返り、壁を触り、押し、叩く。

 全く動かない。


 向こう側からは入れるけど、こちらからは出れないようになっているみたいだ。


 どこかに出口、あるいは転移門がないかと探す私。

 こちらに近寄ってくるケルベロスの向こうに鉄格子が見えた。

 ほかには何もない。歪な円形の広場に私とケルベロスだけだった。


 それで私は悟った。

 ケルベロスを倒さないとここから出れないのだろうと。


 またなの?

 また私は意図せずに強敵と戦わなくちゃいけないの?

 クラスDダンジョンのモンスターとも戦ったことがないのに?   


 自分の不運を呪う私。

 でもこうなったからには――


「あ、あの、みなさん。私、ケルベロスと戦ぃます。なんかそぅしないと出れなそうなので。配信は続けますけど、コメント見れなくなるかもなんで、すぃません」



【コメント】

 ・⁉

 ・!?

 ・ファッ!?

 ・いやいやさらっと何を言ってんの??

 ・あかんて!! はよ、逃げ!!

 ・殺されるところ配信するつもりか? 

 ・ワンチャンいけるか? 特級武具あるし

 ・倒さないと出れないなら戦うしかないだろ

 ・エンドラ倒してケルベロスに負ける道理ない

 ・扉バーンでイケるかも!!



 今までの自分だったら戦う前に戦意喪失していたと思う。

 この場にへたり込んでケルベロスに頭からかじられていたと思う。


 でも今の私は違う。

 エンシェントドラゴンだって一応、倒したし、そのエンシェントドラゴンからもらった特級武具だってある。だから――


 ケルベロスとの距離は10メートルほど。

 トリケラトプスの3倍はありそうな巨体に付いている3つの獰猛な顔。

 その顔のどれもこれもが口から涎を滴り落としていて、私を食べる気まんまんのようだ。


 ――戦って勝つしかない。

 

「こ、ここで戦わなかったらェンシェントマスター失格だと思ってます。こうぃうときのために、この特級武具があるなら使わなぃとだめだと思うんです。だから応援してください。私、こんなところで死ぬつもりはなぃです。絶対に勝ちますからっ」



【コメント】

 ・よく言った! しっかり応援してやる

 ・こんなん応援するしかないだろ 

 ・ケルベロスなんていてまえ!!

 ・おまいら、全員端末の前で声張り上げろ

 ・いつの間にそんなに成長したんや、よっちゃん

 ・届けえええええ、俺の元気

 ・かっこよすぎて全俺が泣いた



 「ガアアアアアアアアッ!!」


 ケルベロスが雄たけびを上げて突っ込んでくる。

 体が巨大で一歩一歩が大きいこともあり、距離はすぐに詰められた。

 顔の一つが私を捕食しにくる。


 私は地面を蹴って、左へ回避。


「あわわわわわわわっ!?」


 あまりの速さに私自身が驚き、慌てて急ブレーキ。

 振り返れば、遠くで周囲に頭を向けているケルベロス。

 いきなりいなくなった私を探しているようだ。


 やっぱりそうだ。

 一回、ダンジョンを走ったときもそうだったけど、


 私の足、


 間違いなく白銀の靴エンシェントブーツのおかげだろう。

 特級武具である以上、何かしらの能力が付与されていると思っていた。

 エンシェントブーツは〝超俊足〟らしい。

 

 ちょっと余裕があるのでコメントの確認。



【コメント】

 ・ぶっちゃけ逝ったと思ったけどなぜそこに??

 ・え? 瞬間移動した?

 ・走るの早すぎでワロタ

 ・特級武具の能力発動やな

 ・エンシェントブーツえげつなwww

 ・エンシェントブーツに感謝!!



 皆さん、エンシェントブーツの能力に驚愕。

  

 ですよねっ。

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