第12話 エンチャ、エンシェレ、エンシェントゴラ――噛みまくりですっ。


 探索者ギルドのアプリを開き、ダンジョン一覧を開く。

 次に〝クラスD〟をクリック。その中から埼玉県所沢市のダンジョンを選ぶ。

 そこは初めてのダンジョンだった。


 ちなみに名前は〝所沢Dダンジョン〟。

 クラスS以上のダンジョン――例えば先日の星波様が踏破した、〝虐げられた貴婦人達の宴〟のようなカッコいい名前はついていない。


「良かったぁ。定員オーバーになってない」


 ホッとする私は、急いでパスワードを入力して入ダン(ダンジョンに入ることをこう言う)を確定させる。本来ならさきに入るダンジョンを確定してからライブ配信予約をするべきところだったのだけど、順序を間違えていたのだ。


 ライブ配信予約をしておきながら、ダンジョンが定員オーバーで行けませんでしたなんてなったらダンチューバー失格である。


 ダンジョンには定員がある。

 一番定員人数が多いのがクラスD。

 

 ダンジョンシーカーになったばかりのひよっこは皆クラスDにしか入れないので、これは当然だ。規模の大きいダンジョンだと1000人くらいは入れるのだけど、大体は700人くらいだと思う。


 逆に最も少ない定員人数なのがクラスSSS。

 定員は最大でも10人だ。

 

 そもそもクラスSSSは、世界中でたった132人(日本人は12人)の虹潜章持ちしか挑戦することができない。なので定員いっぱいになることはほとんどないのだけど。

 

 星波様もいつか挑戦すると言っていたけど、その時期は未だ未定だ。

 

「よし、しゅっぱーつ。えいえいおーっ」


 ――と、家を出たのが40分前。

 所沢Dダンジョンの入口についた私は、潜章カードをゲートにかざして中に入る。

 

 ダンジョンの入口はどこも大体、大きな広場になっている。

 この所沢Dダンジョンも例外ではなかった。


 ダンジョンに入る前の準備体操をしている人。

 高齢者の団体ツアー客に説明している人。

 モンスターを倒すイメージで剣を振っている人。

 ドローンの調子が悪いのか、修理をしている人。

 ダンジョンシーカーのために物を売っている人。

 団欒している数人のグループ――


 などがそこここにいる。

 

 あまり殺伐な雰囲気がないけれど、これがクラスDダンジョンのいいところでもある。クラスA以上になるとガチ勢だらけで空気が張り詰めているので、癒しを求めてクラスDに入ダンするベテランダンジョンシーカーもいるくらいだ。


 私は周囲を見渡して開いている場所を探す。

 大きな樹の下が丁度空いていた。

 私は小走りにそこに向かうと、リュックからレジャーシートを出して座る。


 ペッドボトルのお茶を口に含んで、スマホを開き自分のチャンネルの確認。


 

【エンシェントドラゴンさんからもらった武具を身に着けて、所沢Dをよっ散歩♪】

 6,054人が待機中 20XX/06/17  14時30分公開予定


 ぶううううううっ!


 私は勢いよく、お茶を吐き出した。


「げはげは、ごほっごほっ……えっ、た、待機中の人が6,054人っ!?」


 と言っているうちにまた2人増えた。

 チャンネル登録者が12.6万人となった今、その数字はもしかしたら不思議ではないのかもしれない。

 

 でも先日まで同接ゼロだった私が、一転して6,056人である。

 嬉しいよりも恐怖の感情が沸き上がり、なんなら過呼吸で息が苦しい。

 ――で、また5人増える。私を殺す気だろうか。


 待機中の画面に映っている私の似顔絵。

 とある絵師さんに、けっして安くない金額で描いてもらったものだ。

 その似顔絵の横のチャット欄にはコメントが並んでいる。



 〇味噌足のうどん   あと何分?

 〇家庭教師の家来   人いるなぁ。俺だけかと思った

 〇クイシン坊や    似顔絵もかわいーっ   

 〇さわ        ちょっとトイレ

 〇アスナラブ     どこのダンジョンだ? え?S?

 〇ネ申        こんにちは

 〇たかはしのぶお   舌たらんのをキボン……おっと

 〇lisa         このイラストすでに萌え

 〇脳味噌タベタイ   よっちゃんすこ



 これもまた信じられない光景だった。

 

 今までそちら側だった私。

 星波様の配信を待っているだけでわくわくできた私。

 それが当たり前で、多数の一人でいることに何ら不満のなかった私。

 

 そんな私が、こちら側で多数が求める一人になっているという現実。


 そうだ。これは現実なんだ。

 どんなにあり得ないと首をぶんぶんと振っても、このリアルからは逃れられない。

 

 だったら……

 だったら……


 私はお茶を一気に飲み干す。


 全力でよっ散歩をやるっ!!


 ライブ配信の時間がやってくる。

 スマホをスタンドに置いて距離感を確認。

 私はスマホの【ライブ配信開始】をクリックした。


 

 ◇



「み、みなさん、こんぃちは。ダンチューバー四葉でーす。うぇいうぇいっ」


 うん、安定の舌足らず。

 でもうぇいうぇいはいつも通りできた。

 視聴者の反応はどうだろうとコメントをチラッ。



【コメント】

・うぇいうぇいっ

・うぇいうぇいっ

・はじまったあああああああああ!

・うぇいうぇいっ

・うぇいうぇい!

・うぇいうぇいっ

・うぇいうぇいぃぃっ

・いきなりの舌足らずとかwww

・よっちゃん、可愛いーーーっ



 ずらぁっと流れていくコメント。

 私の挨拶に反応してくれる視聴者達。

 あまりの感動に私は、しばし呆然としてしまう。



【コメント】

 ・どうしたよっちゃん!? 

 ・あれ、時止まってる?

 ・放送事故か

 ・緊張してるのかな

 ・早く舌足らして

 ・はにゃ?

 ・目開けたまま寝たか?

 ・え? 氏……

 


 ――はっ。

 は、早くしゃべらなければ。


「あ、す、すぃませんっ、みなさんがこぅして視聴してくれて、コメントしてくれてることぃ感動しちゃって言葉でなかったです。あー、もう、こんな大事な配信なのにうまく喋ぇなくてすいません。配信ってすごく緊張するんで、いつもよぃ舌足らずってぉります」



【コメント】

・舌足らずにも程があるw 

・ええんやで。ええんやで。

・大事な配信だからこそその舌足らずが尊い

・いい感じで舌足りてないから安心して

・緊張すれば誰だってそうなるよ

・ほんまもんの舌足らずっ娘!

・うぇいうぇい

・可愛いから許すっ



「あ、あの、皆さんもぅ知ってらっしゃると思ぃますけど、私、先日エンチャ、エンシェレ、エンシェントゴラ――エンドラさんを倒しちゃぃまして。風の力を使って扉をバーンって閉めて。それで装備品もらったんぇすけど、今、こんな感じで装備してまーす」


 きゃああああ。

 噛みまくったあああああっ。

 やっぱり普通にドラゴンって言えば良かった。

 

 でももう、気にするな、私。

 みんな優しくて寛容だから拙い話し方も許してくれるはず……だよね。



【コメント】

・噛みっぷりが豪快すぎて大草原

・最後エンドラさんに略すの草

・これ、キュン死事案でしょ

・やばいてこの娘。いい意味で

・出た、最強の攻撃扉バーン

・本人も扉バーン言うのか。公式?

・ずっと気になってた特級武具

・すごい似合ってるよよっちゃん

・全身の姿が見たい


 

 うん、大丈夫そう。

 みんな、優しい人で良かった。

 これなら最後まで、ちゃんと配信できそう。


 緊張感は依然、なくならない。

 でも私の中に滞留していた恐怖が薄れていくのを実感できた。

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