第6話 同接ゼロだけど私、がんばる!

 

 でも、こんなに作戦通りにいくとは思わなかった。

 もしかしたら一生分の運を今ので全部使ってしまったかもしれない。


 でもそれでもいい。生き延びたのだから。


 ん? 私、何か忘れているような…………。


「あっ、ライブ配信っ!!」


 そうだ。私はライブ配信をしていたのだ。

 その途中でいきなりエンシェントドラゴンが動き出すものだから、中断せざるを得なくなって――。


 あれ? スマホはどこだっけ? 


 私はポケットをまさぐる。

 

 あった。自撮り棒ごと入っていた。

 無意識に入れていたらしいけど、深いポケットで良かった。浅かったら間違いなく落ちていた。


 画面を見れば未だにライブ配信中。映像はダメだろうけど、音声は拾えていたかもしれない。私とエンシェントドラゴンのやりとりを。

 

 でも、肝心の同接はゼロ。

 命を懸けたエンシェントドラゴンとのバトル音声を、誰も聞いていなかった現実に泣きたくなるけれど、私は挫けない。


 ライブ配信はだめでも動画がある。

 さすがに動画なら誰か一人くらいは見てくれるだろう。


 だから私は今この瞬間も動画を撮り続ける必要がある。

 というより、この状況を撮らないダンチューバーは世界に一人だっていない。


 私はエンシェントドラゴンの巨大な顔と一緒にカメラに収まる。

 一応、ライブ配信にしておいた。


 同接ゼロであっても、誰かとのつながりを感じたくて――。


「改めてこんばんは。ダンチューバー四葉でーす。うぇいうぇいっ。え、ぇっと、ごめんなさい。は、配信中の途中でとんでもなぃことが起きちゃって、そのとんでもないことってのぁ、今後ろに見ぇているエンチャ……エンシェンチョ……エンシェントドラゴン!! なんですけどぉ」


 めっちゃ噛んだ。

 もう、ドラゴンでいいや。


「石像だったこのドラゴンがいきなり目を覚ましたかと思ぅと、襲われたんです。首振って頭の角で石柱壊して破片飛ばしてきたり、口からぶわああああって炎吹いてきたり、本当ぃ私、死にそうだったんですよっ。でも結果は御覧の通り、私、ドラゴンを倒しちゃぃました。え、えっと、この鉄の扉をバァンって閉めて窒息させて」


 ざつううううっ。

 今のめちゃんこ雑っ!

 

 いつ死ぬかもしれない状況で起死回生の作戦が浮かび、底辺ダンチューバーだけど頑張る自分を失いたくない強い気持ちが最高の奇跡を呼んだくだり、全部省いちゃったっ。


 言葉がでなくて焦ったってのもあるけど、そもそも喋るのが得意じゃない私。

 100人中100人が、〝お前、ダンチューバーに向いてない〟って言うのに、500円賭けてもいい。


「えっと、まぁ、そぅやって倒したんぇすけど、そもそも、ここって、どこ……な……ん……で……す……か……ね」


 今や、私の視線は上に向いている。

 

 

 どこかで、まだまだ起きないだろうと高をくくっていたのだけど、最強のドラゴンは意識を取り戻してしまった。


『貴様……』


「ひっ」


 私は身を縮こませる。

 それでもエンシェントドラゴンにスマホを向け続ける私。

 底辺ダンチューバーの意地である。


『なぜだ?』


「はい?」


『なぜ、我にとどめを刺さなかった? 意識を失ってた我を殺すチャンスだったはずだ。――なぜだ?』


 エンシェントドラゴンを殺す。

 その発想はなかった。


 殺すための武器を持っていないし、意識を失っているうちにライブ配信を終えて、ここから去ろうと思っていたから。ダンジョンなら必ずどこかに存在する、スタート地点に戻る転移門を使って。


 でもその転移門が今のところ見当たらない。

 ダンジョンじゃないから? まさか飛び降りて帰れということだろうか。

 普通に死ぬんですけど。


『おい、人間の女。黙ってないで我の問いに答えよ』


「へ? え、えっと……な、なんでしたっけ?」


『なぜ、我にとどめを刺さなかったのか聞いているのだっ』


 エンシェントドラゴンが声を荒げる。


 そうでしたすいませんっ!!!


 正直に答えようかと思った私に、〝ちょっとカッコつけな私〟が横やりを入れてくる。私らしくない、でもなんかいいなとも思って、〝ちょっとカッコつけな私〟に従うことにした。


「だ、だってあなたが意識を失った時点で勝負は付ぃたじゃない。それ以上やるのは、私の趣味じゃない」


 やばい。かっこよすぎた。

 全然、私っぽくないけど。


 エンシェントドラゴンの両眼が僅かに大きくなる。

 それが何を意味し、あるいはどんな感情の発露があるのかは分からなかった。


『ふん。勝負は付いた、か。確かにな。意識を失った時点で我は死んだも同然とな。ヌハハハハ、よもや人間の女に情けを掛けられるとは思わなかったわ。ヌハハハハハハハッ』


「はは、ははははははは」


 何の笑いだろうか? 

 とりあえず、私も一緒になって笑っておいた。


『貴様――いや湊本四葉と言ったか。お前にエンシェントマスターの称号をやろう』


「エンシェントマスター……って、何?」


『……お前、そんなことも知らずにここにきて我と戦ったのか』


 あきれ返ったようなエンシェントドラゴン。

 エンシェントマスターどころか、エンシェントドラゴン自体、初耳だったし、そもそもここがどこだか未だに分からないんですが。


「す、すぃません。なんか成り行きでここに来ちゃったみたぃで……。で聞きたいんですけど、ここってどこですか?」


 エンシェントドラゴンがぎょっとした表情を浮かべる。

 ドラゴンがぎょっとするところ始めて見るのに、それがぎょっとした表情だと分かるほどにぎょっとしていた。


『お前は不思議な人間だな。あのような知略で我を倒したかと思えば、惜しげもなく無知をさらけ出す。人間などつまらん生き物だと思っていたが、お前はなかなかに愉快なやつだ」


 え? 今、私ドラゴンに褒められた?


「ほめていただきぁりがとうございますっ!」


 ビシッと90度のお辞儀。

 後ろから風に押されて前のめりに倒れる。額が地面にぶつかった。


「いったぁぁい」


『そういうところもまた愉快なり。ヌハハハハ』

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