第5話 底辺ダンチューバーVS最強のドラゴン。


「ち、違うんですっ。帰り方が分からなくてどうしよぅってなって、だったらこの部屋にぁるかなって思って、開けちゃっただけなんですっ。そ、それで先に進んだらあなたがぃたってだけなんですっ!」


『えぇいっ、そんな言い訳が通用すると思うか。潔く――』エンシェントドラゴンが首を振る。『我と戦うのだッ』


 エンシェントドラゴンの角が石柱の一つを破壊する。

 その破片の大小が私のほうに飛んできて、一番巨大なやつが私の鼻先をかすめた。


 炎で焼き尽くすんじゃなかったっけ??

 今の当たったら、絶対死んでたんですけどっ!!


「ひ、ひいいいいいいいっ!」

 

 ここにいたらやばいと私は逃げ出す。

 すると逃げ出した先で、炎の息吹が燃えあがる。


「あっつっ!」


 5メートルは離れているのに、この熱さ。

 当たり前だけど、モロに受けたらもっと熱い。

 瞬時に死ぬかもしれないけど、下手したら灼熱による苦しみが続くかもしれない。


 というより、死にたくない。


 私は炎の熱さから逃れるように、別の場所へ猛ダッシュ。

 したのだけど、近くの石柱をまたしてもエンシェントドラゴンが角で破壊。

 私はすんでのところで、破片での圧死から逃れられた。


 で、また逃げる。

 だって戦う方法がなければ武器もないのだから。

 

 だからといって命乞いなんて通用しそうもないし、私は叫び声を上げながらとにかく圧死と焼死から逃れるためだけに部屋の中を逃げ回り続けた。


『さきから逃げているだけではないか。情けないやつめ。……いや、もしやそう見せかけて秘策を繰り出すタイミングを窺っているのか。そうなのだな』


 全然違いますっ。


 ……でも、でも何かしないと、このままじゃ絶対に


 死がリアリティをもって私に迫ってくる。

 

 いやだ。――死にたくない。

 

 底辺ダンチューバーで同接ゼロで収入もゼロで何者でもない自分。

 でも死んでしまったら、底辺ダンチューバーで同接ゼロで収入もゼロな自分を憐み、それでも頑張ろうとしている自分がいなくなってしまう。


 ――そんなのは絶対に嫌だ。


 頑張って頑張って頑張って頑張って、それでも報われないとしても、頑張る自分をここで失うのは絶対に――ッッ。


 でも、どうしたらいいのっ?

 戦うことは無理。だったら逃げるしかない。選択肢はこれ一択。


 私は扉に目を向ける。

 入ってきたときと同じように、右側の扉だけが開いている。


 あの扉を通る? でも行ってしまえば最後。ここより狭いあの場所で私ができることは、エンシェントドラゴンの炎で焼かれて死ぬか、飛び降りて死ぬかしかない。


 どちらにしろ、死ぬ。

 ふと、脳裏を過る別の可能性。


 もうそれに賭けるしかない。それがだめなら……


「いやだあぁぁぁぁっ、絶対に死にたくなぁぁぁいっ」


 私は全速力で扉へと向かう。


『貴様……まさか本当に逃げることしかできんのか?』


「そぅですっ! だ、だから逃げさせてもらぃますっ! 殺したいならついて来ればいいじゃなぃですかぁ、ポンコツドラゴンさん」


『ポ、ポンコツドラゴンだとぉぉ。貴様ぁ、絶対に許さんッ!!』


 怒髪天を衝いたエンシェントドラゴンが地響きを立てながら追いかけてくる。

 

 背後が熱い。

 炎を吐かれたようだ。

 速度を落とせば、次は私に直撃するかもしれない。


 扉は目前。

 エンシェントドラゴンがもう一度、炎を吐いたのを私は背中越しに感じた。

 その瞬間、私は扉を抜けて神殿に勢いよく転がり落ちた。

 

 扉から炎が噴き出てくる。

 危なかった。あと少し遅かったら丸焦げになっていたところだ。


 

 神殿とエンシェントドラゴンの住処をつなぐ扉。

 ドラゴンの巨体ではこの扉を抜けられない。

 でも頭だけだったらなんとか出せる幅はある。

 

 ただ、期待通りになったとしても、エンシェントドラゴンが力任せに扉を破壊したら終わりだ。


『バカめ、逃げ切ったつもりなのか。そちら側に行ったところで状況は何も変わらんぞ』


 良かった。

 

 ゆっくりと扉から頭、そして首を出してくるドラゴンの王。

 もはや私を追う必要のないことが分かった上での、余裕の行動だろう。

 

 ここまでは予定通り。

 でもここから先はもう奇跡に頼るしかない。


 私は強風によろめきながら開け放たれた右のドアに走り寄ると、ドアの取っ手を掴んで引っ張った。


「んんんんんんんっっ!!」


『何をやっている? 扉を閉めたところで我はもうここにいる。無駄なことはやめて潔く死ぬがいい』


 幸いにもエンシェントドラゴンは私の意図に気づいていない。

 

 ゴオオオッっと強風が吹く。

 ところで扉はピクリとも動かない。


 エンシェントドラゴンの住処に入るときと同じように全体重をかけているけど、左からの強風に押されてしまっているからだろう。


 邪魔な風だ。

 でもこの風は、きっと神風にもなってくれるはず――。


「ん、ンんんんんんんんんっッ!!!」


 私はそれを信じて――、


『人間の女よ。貴様の行動は理解しがたい。だがそれを知るつもりもない。――もう死ぬがいい。炎はあえて弱めにしてやろう。勘違いするな。これは慈悲ではない。我を侮辱したことを後悔する時間を与えるためだ』


 エンシェントドラゴンが口を開く。

 口内に見えるマグマのような赤。

 

 あれが吐き出されるのが先か。

 それとも、私の思いが奇跡を呼び寄せるのが先か。


「私は――死ねない」


 全ての力を両手に注ぎ込む。


「私は、私は――っ」


 力に応えるように扉が、ググッとこちらに動く。

 その幅はあのときと同じ、約10センチ。

 あとはもう――。

  

「星波様のようなダンチューバーになるまで、絶対に死ねないんだからぁぁぁっ!!」


『燃え叫ぶがいい』


 今まさにエンシェントドラゴンが炎を吐こうとした、そのとき。


 ゴオオオオオオオオオオッッッ!!!!


 強風を超えた烈風が右から襲い掛かる。

 その刹那。

 私が取っ手を握っている扉が、風に押されるように勢いよく左へと動いた。


 でも閉まらない。そこにはエンシェントドラゴンの首があったからだ。


『ガアアアァァァッ!!?』


 巨大な鉄の扉に首を挟まれたドラゴンの始祖が、咆哮を上げる。

 予想だにしない扉の強打に気道閉塞させられたのか、エンシェントドラゴンはうめき声を上げながらその頭を地面へと落とした。


 うそ……うまくいったの?


 私は風が収まったところで取っ手から手を離す。

 エンシェントドラゴンを見れば、だらしなく舌を出して白目を剝いている。

 死んではいないけど、間違いなく気絶はしているだろう。

 

 「は、はは、やった……よかったぁ、やればできるじゃん、私ぃっ!!」


 実際、エンシェントドラゴンを倒したのは風と扉だ。

 でもこの作戦を考え、実行したのは私である。


 私ってすごいじゃんっ!

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