第32話 エピローグ2

 アーカムより遥か離れたインスマスの地。(但しいずれもアメリカ国内)その沖合の暗礁に突如として出現した中世の城の玉座に一人の男がうやうやしく膝まづいた。


「只今戻りました。マイルズ様」


「トヨヒサルスか。首尾はどうであったか?まぁ私の腹心であるお前の事であるから万一にもしくじるような事はあるまいが」


 玉座に座る緑色のローブを着た骸骨は臣下のトヨヒサルスに問いかける。なぜマイルズが緑色の服や鎧を着るのか?


「なんだよこの緑色のローブの骸骨は?きっと雑魚に違いないぜwwww」


 と、斬りかかってくる人間をワンパンで倒すのがこの上なく楽しいからである。


「流石ですマイルズ様!さすマイ!!」


 そして物陰から飛び出してくるフード付きローブのさすマイ要員に褒めてもらうのはもっと楽しい。そう。マイルズは承認欲求の塊であった。


「申し訳御座いません。マイルズ様。半魚人達との交易には失敗致しました」


「む?どういうことか。お前には金貨百二十枚を与え、半魚人達との友好関係を築くよう命じたはず。まさか彼ら相手に暴力を振るったのか?人間相手ならばいざ知らず、同胞である半魚人達に危害を加えたのか?」


「いいえ!決してそのような事は断じて!!半魚人達とは友好的な関係を結ぶことは出来ました。しかしただ交易には失敗したというだけでして」


「どういうことだ?申せ」


「これを」


 トヨヒサルスは金塊を取り出した。


「私がマイルズ様から頂いた金貨を村長に与えようとすると、半魚人の長が代わりにこれをやろう。そう言って渡してきたものでして」


 ああ!ああ!なんという事だろう!

 その金塊には両端に柱。上には王冠。中央には盾。PLVSVLTRAの文字!!

 1521の数字が描かれたこの金塊を見て!

 マイルズは!マイルズは!


「どっかの王国の金塊だな。これがどうかしたのか?」


 ああ!ああ!なんという事だろう!偉大なるマイルズ様には考古学の知識が一パーセントしかなかったのだっ!!!

 これがダイアー教授だったらどうであったろう?


「ふむ。これはスペイン王家の紋章だな。1521はそのまま年号。この年はテノチティトトラン陥落の年だ。アステカ王国の首都であり、トラロック神を祭り、繁栄していたがたった五百人のスペイン兵により攻め落とされた。彼らがどのようにして戦ったかは次回の講義で語るとしよう。湖は埋め立てられ、水神を祭る神殿は取り壊され現在はキリスト教の教会が建っている。この金塊はアステカ王国の装飾品を溶かしてヨーロッパに持ち帰る為に鋳造されたもので。まぁ元の装飾品のままの方が貴重だから高く取引されるだろうな現在は。で、この金塊がどうかしたのかね?」


 と、言うだろう。

 だがマイルズはミスカトニック大学の教授ではない。


「半魚人達は普段海で魚を採って生計を立てています。素潜りで」


「素潜り?」


「彼らは半魚人ですから。元から泳ぎが得意ですし、水中呼吸の魔法も不要です」


「わー。魔力消費なしってチートだなあ。で。魚ってこの金塊買えるくらい高く売れるの?」


「いえ。海の底で拾ってくるんだそうです。人間共の沈没船から」


「あ、そうか。半魚人だからそう言うことができるのか」


「沈没船の財宝が引き揚げ放題なんだそうです。金貨でも宝石でも。場所は把握していますし、人間共には取りに行けないから、人間の国の徴税役人が来て、税を寄越せ。そう言う時期になったら必要な分だけ取りに行くんだとか」


「そうか。見た目より賢いのだな・・・」


「そういう訳で彼らとの交易には金貨は使えない事が判明しております。留守中に変わったことは御座いませんでしたか?」


 別に他意はない。留守中に人間共の奇襲攻撃があった。そう敬愛するマイルズ様が仰ればでは城の警備を強化しましょうと進言するだけである。


「ふむ。密偵に送った者より幾つか報告があった。その大半は喜ばしいものだ」


「長らく返答がなかったので人間共に素性がバレて始末されたものとばかり思っておりましたが。思ったより使える様で御座いますな。喜ばしい事です」


「まったく以てその通りだトヨヒサルスよ。だがそれなりの価値はあったようだ」


「と、言いますと?」


「まず人間どもの街に無事侵入した。かなり規模の大きな街ではあるが城壁がなく、さらに市中に鎧兜で武装した兵士の姿もない」


「なんとういう、平和ボケもいいところで御座いますな。よもや我が国は正義と秩序を重んじる諸国を信頼し、外交手段としての戦争を放棄する。国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。このの目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。等と念仏を唱えていればバリアーが張られて自分たちの国が永久に平和だとでも思っているのですかな?人間というのは同じ国の住人同士で盗みを働いたり、殺しあったりするものなのに。まさに他国を信用するなど言語道断。おやマイルズ様。どうかなさりましたか?」


「いや。なんでもない」


 偉大なるマイルズ様はアンデットになってから久々に味わう頭痛を堪えながら玉座に座り直した。


「密偵は魔法学校に入学した。私の指示通りに」


「マイルズ様の的確な命令です。当然かと」


「かなり設備の整った大規模な魔法学校の様だ。世界各地から収集した未知のモンスターの剥製。新しい魔法薬の開発。数々の魔導書を収めた大型図書館等も存在する」


「と、なると大規模攻城戦魔法科高校で焼き払う。というのは出来れば避けたいところで御座いますな。その施設。可能であらば無傷で手に入れたいものです」


「更にその魔法学校には冒険者ギルドが併設されておる」


「冒険者ギルドで御座いますか?」


「受付の男がいてクエストボードがあり、依頼書の紙が幾重も貼り付けられていたとな。もちろんギルドカードがなければクエストが受けれないが、魔法学校の学生証がそのままギルドカードの役目になっているようだ」


「ではキルドカードも手に入れ、冒険者ギルドも見つけたと」


「街中には回復薬を売る店。保存の効く食糧品を売る店。それに剣や防具を売る鍛治屋も存在するとの事だ。このタイプの都市には私は心当たりがある。いわゆる魔法学園都市だ」


「ま、魔法学園都市!?そ、それは一体どの様な物なのですかマイルズ様!!」


「うむ。通常の兵士は殆ど常駐してはいない。一見すると簡単に攻め落とせそうに見えるが実は魔法学校の生徒がそのまま冒険者ギルド養成所を兼ねており、彼らが戦力となって都市防衛を行っているのだ」


「なんと厄介な!!もしや総ての冒険者が魔術を使いこなしてくるとは!侮れませんな!!」


「特に報告にあったダイアーとか言う魔術師はかなりの手練れであるらしい。それらも含めて仔細を調査するように命令していたのだが」


「良い報告が御座いましたか?」


「いや。そのダイアーに引率され、初心者向けクエストを幾つか受けていたようなのだが」


 偉大なるマイルズ様はため息一つ。


「コアラという恐ろしい怪物に出くわした。などど報告してきおったわ」


「コアラ?コアラとはどのようなモンスターなので?」


 トヨヒサルスもまた。リーファ同様。コアラを産まれてこのかた一度たりとも見たことがなかった。


「あーコアラねー。埼玉子ども自然動物園にへいじつ行った時に今日は空いてますし折角ですからどうですかって言われて抱っこした記憶あるわ~


「子ども自然?」


「ふっ?何も可笑しくはないぞトヨヒサルスよ。私はアンデッドになる前は人間だったのだ。ならば普通に子ども頃もあらば赤子の頃もあろう」


「はっ。左様で御座いましたな」


「コアラとは猿程度の大きさの生き物で毛並みは灰色。オーストラリアに住む樹上動物だ。草食性でユーカリと言う木の葉っぱしか食べない」


「草食ではキメラの材料としてはあまり魅力的ではありませんな」


「うむ。密偵からコアラに飛びかかられ驚いたと報告があった。どうせ喰われてはいないだろう。その前は兎を仕留めて皮を剥ぎ、ソーセージを造ったと報告していたからな」


 椅子に座り直してため息をつくマイルズ様。


「仕留めるならもう少し魔術道具の材料になりそうなものにして貰いたいものですな」


「恐らくは初心者向けのクエスト、貴族が輸入した愛玩動物が逃げたので捕まえてくれ。そんな感じの依頼を受けたのであろう。まあランクが上がればドラゴン退治の依頼が舞い込んで来る筈。それまでゆるりと待つとしようではないか」


 この世界におけるマイルズ様の侵略は。

 かなり前途多難な物になる気がする。


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