第31話 ある研究員の日誌

八月二十日

今日より新薬の開発を開始する。

アメリカ国民は伝統的に肉食生活を送っている。

これは我が合衆国がヨーロッパにいた頃よりこのアメリカ大陸に移住し、豊かな生活を人々が享受できるようになったことの証明である。

より多くの土地。より広大な農地。より多くの牧草地。そしてより多くの家畜。それによってアメリカ国民は王公貴族でなくとも肉を口に出来る生活を手にすることができた。

それ自体は大変素晴らしい事だろう。かつてヨーロッパという狭い大地に人類が押し込められていた時代は農民たちはガチョウ一羽を。或いは家畜小屋の床を必死に掃除して鍋一杯に集めた牛の糞を徴税役人達に税金として渡していた。

我が合衆国はどうか。きちんと人々は米ドル紙幣で税金を納めているではないか。素晴らしい。アメリカ万歳。

労働者たちは朝出勤する時、道端でホットドックを購入する。セント硬貨を支払って。庶民が安価に肉を口にする事ができるとは。素晴らしい。アメリカ万歳。

そして労働者たちは昼食を取る際、馴染の店でハンバーガーを購入する。セント硬貨を支払って。庶民が安価に肉を口にする事ができるとは。素晴らしい。アメリカ万歳。

そして友人たちと。そして家族と夕食のステーキを食べる。素晴らしい。アメリカ万歳。貧しい貧困な国家では庶民は結婚して家族を持つ事すらできないだろう。その点アメリカは豊かなので誰もが結婚して家庭を持つことが可能なのだ。アメリカ万歳。

しかし肉が簡単に手に入るということは良い事ばかりではない。それは同時にアメリカ国民があまり野菜を食べないということにも直結している。ホットドッグにかけるケチャップ。ハンバーガーに挟んであるピクルス。ステーキの付け合わせの人参。栄養学的に考えて、これだけでは緑黄色野菜が足りているとはとてもではないが言い難い。

そこで私達研究チームは画期的な新薬の開発に着手する事となった。アメリカの未来の為に。投与された人間が誰もが積極的に野菜を嗜好するように物だ。野菜不足の者がこれを摂取すれば苦手な運動をあまりせずにダイエットが可能となる。需要はあるはずだ。


12月29日

マウスでの実験に成功。投与したマウス十匹中九匹が野菜を好んで食すようになった。死亡例はなし。クリスマスプレゼントとはならなかったがスポンサーにはいい報告ができた。年明けからもう少し大型の哺乳動物で実験を開始する。


4月14日

犬でも実験に成功。投与十匹中九匹が野菜を好んで死亡例はなし。以前薬を投与したマウスの経過観察もしているがチーズを食べない以外は特に異常はなし。素晴らしい結果だ。アメリカ万歳。


5月1日

いよいよ人間への投与実験を行う。市販薬としてきちんとした臨床データはどうしても必要だ。動物実験の段階では特に問題は見られなかった。実験参加者には予め実験の趣旨を詳細に説明し、報酬額を提示。万一副作用で死亡した場合の補償額の提示なども行う。


6月2日

通常の新薬と違う為だろうか。白人の応募者がいない。仕方がないので自分の身体で臨床実験を行うことにする。他は黒人とインディオ。他の研究員には辞めておけと忠告されたがそもそもこれは市販薬となるもので将来的には我々白人も日常的に摂取する事になるものだ。白人である私が臨床試験に参加するのは当然だろう。


7月1日

投与十人中十人が野菜を好んで食すようになった。全員健康に異常は見られない。当然ながら私もだ。マウスも犬も。念の為経過観察を続ける。


10月9日

全米家畜協会の代表が研究所にやってきた。我々の研究を中止して欲しいという。研究の趣旨を説明したが無駄だった。野菜を食べる人間が増加すると食肉の消費が減少し、アメリカ中の酪農家が壊滅的な被害を受けるというのだ。

確かにそうかもしれない。アメリカ国民ならば。アメリカの農業を。アメリカの酪農家を護るべきだ。他国にアメリカ産牛肉を売る様に外交努力をする政治家はいても、金を払って乳牛を殺す様な政治家はアメリカはいないのだ。

我々は愛する祖国の為、全米の畜産業の為。この研究を放棄する事にした。アメリカ万歳。


10月17日

研究所を閉鎖に伴い、問題が発生した。金銭的な物ではない。新薬の開発が失敗する事は当初から考慮に入れているし治験者には保証金も支払い済みだ。問題は開発済みの試薬の処分法である。一応医療用廃棄物なのでその場のゴミ箱に捨てるという訳にはいかなかった。

我々が困っていた所同じ大学のダイアー教授が相談に乗ってくれた。海洋投棄ではなく地中に埋めれば自然界への影響は少なくて済むのではないかとの事だ。確かに土の中に埋めてしまえばこの世の終わりまで掘り起こされることはないだろう。ダイアー教授に処分を一任した。

それにしても野菜が旨い。


18月32日 

かせんじきにいもをうえるー

すごくうまー

じっかからやさいとどいた

そのままかじる

とてもうまかた れす


  月  日

やさ

うま

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る