第30話 エピローグ

「森に化け物退治に行ったんじゃなかったのかい?」


 キャンプ場の管理を担う丸太小屋。予想よりも早く戻って来たウィンゲート達の姿を見て、店主は正直安堵していた。

 まあ四人分の腐乱死体を仮埋葬するのは正直しんどいというのもある。なんにせよよかった。店主は注文もされないのに人数分のコーヒーを用意し始めた。


「恐ろしい怪物だった。まさかあのような物が存在するとは。生きているのが正直不思議な位だ。それに消耗した魔力がちっとも回復しない」


 ふらつきながら歩くリーファ。するとボトリ。と、ドレスの裾から一匹。ヒルが落ちた。


「ふむ。これはもしかして」


 ダイアー教授はタバコに火を着けた。別に吸いたかったわけではなく、必要に迫られて点火したのだ。


「確かリーファ君と、ウィンゲート君は沼に落下したのだったのだな?」


「そうだが?」


「すまないが卑弥呼君、確認したいことがあるのでちょっとリーファ君のドレスを脱がして欲しい」


「ここでですか?」


「なるべく急いでくれ。急を要するかもしれんのでな」


「分かりました」


 卑弥呼がリーファのドレスのボタンを外して上を脱がすと。

 ああ!ああ!なんということだろう!

 そのドレスのしたには!

 もぞもぞと!もぞもぞと!

 ひふにすいつき!はいまわる!むすうのヒルのむれ!

 それらがいくえにも!むすうに!それこそほしのかずほど!かぞえきれないほどに!

 むねにも!はらにも!うでにも!かたにも!

 うごいめいてるのだ!

 卑弥呼はリーファのスカートも外した。

 当然ながら。

 こしにも!ふとももにも!

 ヒルのむれが!ヒルのむれが!

 ダイアー教授は火のついたタバコを押しあてる。ヒルの一匹が床に落ちて死んだ。


「妙に疲れていると言っていたがずっとヒルに血を吸われていたわけだな。これは戻ってきて正解だった。あのまま強行軍を続けていたらアーカムにたどり着く前にリーファ君は確実に死んでいただろう」


 ダイアー教授はタバコの箱を卑弥呼に手渡した。


「すまんが卑弥呼君。シャワールームでヒルを全部駆除してきてくれないか?私は彼等の解放をする」


 と、床で泡を吹きながら倒れているウィンゲートとカウンター内で腰を激しく左右に動かしながらシェイカーを動かす店主を親指で指して言った。


「分かりましたダイアー教授。そちらはお任せ致しますね」


 卑弥呼がリーファをシャワールームに連れて行く。ダイアー教授は念のためウィンゲートのパンツを下ろしてみた。


「やはり一匹もついておらんな。どうやら余程リーファ君の血は旨かったとみえる」


「はっ!何か今俺は恐ろしい物を見たような気がするんだが・・・」


「おや。気がついたようだね」


 店主が正気を取り戻したようだ。


「何か、得たいの知れないものを見てしまったような気がするんだが」


「なあに深くは気にせんでくれ。それよりこいつを使って一つスープを作ってくれ」


 と、ダイアー教授は黒いソーセージをテーブルに置いた。


「ウサギの血を使ったブラッドソーセージだ。少々血液が足りない者がいるのでな。あと今晩は泊まっていくことにするよ。明日の朝に出発する。例の化け物は退治したが夜の森は危険だからね」


「どんな化物だったんだい?」


「それが私は見ておらんのだよ。何しろずっと気絶していたのでね。まあ。やっぱり冬眠を終えて、腹を空かせていた熊か何かだったんじゃないかね」


「熊?」


「ちょうど巣穴から出てくる時期だ。それに沼の淵にかなり大きな穴が相手いたしあちこち爪で引っ掻いた跡もあったからな。ありゃあどうみても熊の物だな」


「そっか、熊かあ」


 管理小屋で塗り薬と包帯を購入。シャワールームにいる卑弥呼達に届ける。アーカムで購入するより二割程割高だが致し方ない。

 夕食はブラッドソーセージのスープ。血の気が少ないせいだろう。リーファはいつもと違い黙々と食事をする。


「にしても昼間のコアラどっからやって来たんでしょうね?」


 ウィンゲートは疑問を口にした。


「そう言えばそうですね。オーストラリアから泳いで来たんでしょうか?」


「おいおい何を言ってるんだね君達。コアラは確かに草食動物だが何でも食べる訳じゃあないんだ。ユーカリの葉っぱしか食べないんだ。そのコアラが十年もこの森の中で生きている訳が無いじゃないか。あれはただの熊さ」


 暫しの沈黙。

 リーファが席を立ってカウンターに向かう。


「おかわり」


「あいよ」


 ブラッドソーセージスープのお代わりをもらったリーファがテーブルに戻ってくる。


「・・・ダイアー教授。今なんと?」


「はっはっ。何度も言わせんでくれ。あれは十年前、ウィンゲート君、君の父がオーストラリア西部砂漠で行方不明になった探検の時の事だ。折角だからお土産にコアラを持ち帰る事にした。動物園に引き渡して今後の研究資金援助をお願いするためだ」


「ほほう」


「しかしキングスポートで積み荷を陸揚げしていた際、檻を繋いでいたワイヤーが切れて落下。その事故で幸い怪我人は出なかったものの肝心のコアラは檻が壊れて逃げ出してしまったのだよ」


「ダイアー教授。そのコアラが十年生きてたんですね」


「はっはっ。非科学的な事を言ってはいけないよ卑弥呼君。コアラはユーカリの葉しか食べないんだ。この森にはユーカリがないから逃げたコアラはとっくに餓死しておるよ。しかしコアラを動物園に寄贈出来なくなったので研究資金の捻出に別の活動をする事になった」


「別の活動?」


「アーカムの病院で発生した大量の医療用廃棄物の処分案について相談を受けたんだ。無論実験用の物も含まれている。海に捨てたら原子力発電所から出るトリチウム汚染水どころの騒ぎではないからねそこで私は」


 ブラッドソーセージスープを一口、味わって、うん、旨い!と言ってから。


「クラークス・コナーズ東に隕石が落着して出来たクレーターがあったろう?丁度いい穴だったからそこに廃棄する事にしたんだよ」


「立派な不法投棄じゃないかよーーー!!」


「不法ではない。キチンとアーカム市の許諾は得ていた。手続きは正式なものだ」


「何言ってんですか教授ーー!!どう考えてもその不法投棄した医療廃棄物を食べて逃げたコアラが突然変異したんじゃないんですか?ユーカリ以外の植物も喰えるように進化したとかさーー!!」


「はっはっはっ。それはないよウィンゲート君。医療用廃棄物を食べた野生動物が突然変異を起こして異常進化するだなんて。実に馬鹿げている。非科学的だ。そんな事はあり得ない。私がそんな実験をしたことをあり得ないよ」


「実験どころかぶっつけ本場やらかしてますよーー!!!」


「ところでダイアー教授。その投棄した医療用廃棄物というのはどのような物だったのですか?」


「念のために言うが合法的な医療用廃棄物だからね。卑弥呼君。あれはそうだな。試験管に入った黄緑色のゼリー状の軟便のようなもので。そう。バップと呼ばれるコアラの赤ちゃんが離乳食として食べる物に似ていたな!ガラス瓶が割れて中の液体が漏れでていたものもあったが。まあ。あんな不味そうな物を食べる人間なんていないだろう。だから何もかも問題はないはずだ」


「人間は食べなくてもコアラなら食べちゃうよねそれ!絶対食べてるよそれ!やっぱりアンタが原因だ教授!!」


「試験管にはちゃんと『DONOTEAT』『CAUTION』『BIOHAZARD』と書かれたラベルがアルカリ問題ないよ。それに貯水湖の計画が持ち上がった際に念のために確認しに行ったら全て瓶が割れていて中身が空になっていたからね。きっと風化したんだ。だから大丈夫さ」


 リーファが席を立ってカウンターに向かう。


「おかわり」


「あいよ」


 ブラッドソーセージスープをよそる。受け取ったチャイニーズの娘はテーブルに戻ると再び黙々とスープを口に運ぶ作業に戻った。

 そう。それが正解なんだ。あの学生はまだ教授にくってかかっているようだがそういう知りたがりやは命を縮めるだけだ。

 俺は何も見てない聞いていない言わない知らないぞ。

店の親父はまだ鍋に半分くらいあるブラッドソーセージスープをかき混ぜる作業に没頭することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る