第23/23話 再度

(それにしても、ラウンド11で、龍東がアクションに失敗した時、やつは、とても驚いていたな……やっぱり、やつには、ポートの内部を透視することができていたんだろう)

 虎義は、西壁の出入り口に向かって、歩きだした。数秒後には、それをくぐって、一号室に入った。

(おれは、ラウンド9で、龍東の罠に嵌まって、感電した後、しばらく、床に寝転んでいた。その時、C箱がテーブルから落ちていて、FMSケーブルが外に飛び出しているのが、目に入った。

 そこで、ふと、違和感を抱いたんだ。「そう言えば、なぜ、龍東は、ラウンド8で、一度は使おうとしたFMSケーブルを、アクションを行う直前になって、別のケーブルに交換したんだ?」ってな……)

 虎義は、茶テーブルのディスプレイに視線を遣った。それに表示されている値は、律義にも更新されており、「臼場 所持ポイント数」の下が「18」、「龍東 所持ポイント数」の下が「17」となっていた。

(感電する前までは、おれは、てっきり、「勘でも働いたんじゃないか?」と考えていた。「龍東は、コネクターを挿入する直前、なんというか、嫌な予感でも覚えて、それで、ケーブルを交換したんじゃないか?」と。

 だが、その時は、あえて、発想を転換させてみた。「龍東は、何らかの理由により、FMSケーブルに細工が施されている、と気がついて、それで、ケーブルを交換したんじゃないか?」と……)

 瑠子が、一号室に入ってきた。彼女は、とても機嫌がいい、と容易に察せるような表情をしていた。

(瑠子は、とても高い電子工作スキルを有している。おれは、ラウンド7で、FMSケーブルを彼女から貰った後、見た目をチェックしたが……何の問題もなかった。外部からは、内部が改造されている、だなんて、わかりっこない、と判断した。

 そこで、思ったんだ。「龍東には、FMSケーブルのコネクターの内部が、見えていたんじゃないか?」「つまり、やつは──科学技術の結晶か、超能力の類いかは知らないが──物体を透視することができるんじゃないか?」「それで、FMSケーブルのコネクターには、細工が施されている、と気づいて、ケーブルを交換したんじゃないか?」とな……)

 須梶が、一号室に入ってきた。彼も、虎義や瑠子ほどではないにしろ、上機嫌な雰囲気を漂わせていた。龍東という怪しい人物でなく、虎義という親しい人物が勝利したことを、嬉しく思っているのかもしれない。

(だが、そう考えた場合、辻褄の合わない点がある。ラウンド8で、龍東が、挿入者としてのアクションに失敗したことだ。

 透視能力、なんてものを有しているなら、挿入者としてのアクションには、必ず成功するはずだ。ポートの蓋を透視して、内部空間の凸部・凹部の位置を確認すればいいんだからな。しかし、ラウンド8では、失敗した。

 そこで、こう考えたんだ。「龍東の透視能力は、すべての物体を透視できる、というわけではないのではないか?」「ラウンド8で使用したアダプターのポートの蓋には、ガムテープが貼られていた……」「龍東は、そのガムテープを透視できなかったのではないか?」「だから、ラウンド8では、ポート向きを確認することができず、挿入者としてのアクションに失敗してしまったのではないか?」と。

 あの、ラウンド8で設置したアダプターは、上面も側面も、ほぼ全体が、ガムテープで覆われていた。そのせいで、視線の角度を変え、ガムテープの影がポートの内部空間を覆い隠さないようにする、ということもできなかったんだろう)

 鳥栖栗に指示されて、虎義たちは、部屋の南西の隅あたりに集まった。彼女は、東壁の扉を、がちゃり、と開けると、室内に向かって、「龍東さま、利根井さま、入ってきてください」と言った。

 その後は、鳥栖栗も、部屋の南西あたりに移動し、虎義たちの前に立った。彼らが、龍東たちから危害を加えられることのないよう、警護するために違いなかった。

(もう一つ、龍東の透視能力について、気づいた点があった。ラウンド2・8では、やつは、挿入者としてのアクションを行う直前、眉間に力を込めて、ポートを凝視していた。さらに、ラウンド8では、その後、FMSケーブルのコネクターを右目に近づけ、凝視していた。

 そこで、思ったんだ。「龍東は、透視能力を行使している間、視力が、いちじるしく低下するんじゃないか?」とな……)

 龍東が、一号室に入ってきた。彼は、相変わらず、不機嫌そうにしていたが、虎義が二号室にいた時よりは、迫力が低下していた。冷静さを取り戻したのかもしれない。もともと、激情に駆られ続けるような人物でもないのだろう。

(それから、おれは、龍東の透視能力を逆手にとって、やつに、挿入者としてのアクションに失敗させる方法がないか、考えを巡らした。そして、最終的に、ある作戦を思いつき、実行に移すことにした。

 おれは、ラウンド10で、設置者としてのアクションを開始した時、最初に、A箱に入っている、各種のアダプターを調べた。この計画を成功させるには、二ラウンドにおいて、同じモデルのアダプターを使う必要があるからな。最終的には、そのようなアダプターを、いくつか見つけられたので、それらの中から、LINアダプターを選んだ。

 次に、ショルダーバッグから、ガムテープや鋏、ピンセットを取り出した。今日の午前中、スーパーの文房具コーナーで、シールと一緒に購入した物だ。

 その後、鋏を使って、ガムテープを、とても小さな長方形に加工した。そして、それを、ピンセットで摘まんで、ポート凸部の前面に貼りつけた。

 ラウンド10における、おれの目的は、設置者としてのアクションに成功することではなかった……龍東に、「LINアダプターのポート凸部の前面には、透視できない素材が使用されている」「ポート内部空間の上下のうち、透視できるほうが、凹部である」と思わせることだった)

 利根井が、一号室に入ってきた。彼女は、相変わらず、気だるげな表情を浮かべていた。

(ラウンド11では、おれは、設置者になった。……それにしても、あの時──嬰佐さんがインサーター・ダイスを振った時は、祈りに祈ったよ。「どうか、【龍】の目が出ますように」ってな。

 で、おれは、設置者としてのアクションを開始した後、A箱からLINアダプターを選び、それに対して、ラウンド10の時のような細工を施した──ただし、今度は、ガムテープを、ポート凸部の前面ではなく、ポート凹部の底面に貼りつけた。

 ラウンド10を経て、龍東は、「LINアダプターは、ポート内部空間の上下のうち、透視できないほうが凸部」「透視できるほうが凹部」と学習しただろう。しかし、このラウンド11では、それは、逆になっている──「透視できるほうが凸部」「透視できないほうが凹部」になっているわけだ。そして、やつは、それに気づかず、コネクターの向きを、ラウンド10での経験に基づいて決定するはず……ひいては、アクションに失敗するはず。そう考えた)

 龍東たちは、部屋の北西あたりに集まって、ひそひそ、と小声で話をしていた。「──ドを持っている人を探──」だの、「──シュに呼んで賭──」だの、「──登半島の財──」だの、よくわからない台詞が漏れ聞こえてきた。

(まあ、「龍東が、ラウンド11で、挿入者としてのアクションを開始した後、LINアダプターのポート内部空間の上下が、『透視できるほうが凸部』『できないほうが凹部』となっていることに気づく」という可能性も、ないわけではなかったが……おれとしては、かなり低い、と思っていた。

 なぜなら、おれは、「龍東は、透視能力を行使している間、いちじるしく視力が低下するらしい」と考えていたからだ。

 おれは、いつも、コンタクトレンズを使っている……視力が低い状態での視界について、よく知っている。「龍東に、ポート内部空間の上下のうち、透視できるほうを見られても、そこが凸部である、とは気づかれない可能性が高い」「そこに、部品のような物が多数あるのは、わかるだろうが、それらについては、『凹部の底面より奥に位置しているのだろう』と考えるはずだ」「それらの部品について、よく観察されれば、『凹部の底面より手前に位置している』『凸部を構成している』と気づかれるかもしれない」「だが、なにせ、とても視力が低いらしいんだ、ぼやけて、よく確認できないに決まっている」と判断した)

 そう胸内で呟いたところで、嬰佐と菱門が一号室に戻ってきた。彼女は、虎義に近づくと、「臼場くん、確認してちょうだい」と言って、右手に持っているレジ袋を差し出してきた。

 彼は、それを受け取ると、内部を見た。そこには、新品のパッケージにセットされているスタンダード・ハンドレッドと、龍東たちがドロップ・マルチのカードを保管していたケースが入っていた。

 虎義は、後者を取り出すと、蓋を、ぱかっ、と開いた。中には、ちゃんと、目当ての物が収められていた。

「はい、これで問題ありません」そう言うと、彼は、ケースの蓋を、ぱたん、と閉じて、それを袋に戻した。「次は、事前にお伝えしたとおり、パソコンを貸してください。スタンダード・ハンドレッドに、パスワードロックを設定しますので」

「わかったわ。それじゃあ、事務室に行きましょう」

 そう言うと、嬰佐は、南壁の出入り口に向かって歩きだした。虎義と瑠子、菱門は、それの後に続いた。


「ふうー……」

 座席に腰かけている虎義は、意図的に、大きな息を吐いた。左右の掌を、ズボンの腿に押しつけ、ごしごし、と擦りつけて、汗を拭う。唾が苦く、胃が重く、脚が堅く感じられた。

「虎義さん……大丈夫ですか?」左隣に座っている瑠子が、心配そうな顔をして、話しかけてきた。「何か──飴でも、舐めますか? 気が紛れるかと……」

 二人は、瑠子の父親が手配したライトバンに乗っていた。三列あるシートのうち、中央列にいる。最前列の運転席には、菱門がいて、ハンドルだのシフトレバーだのを操作していた。最後列には、段ボール箱だのボストンバッグだの、さまざまな荷物が置かれていた。

「あー……ありがとう。でも、必要ないかな。食欲がなくてね……」虎義は、今度は、ふう、と自然に息を吐いた。「……やっぱり、どうしても、緊張してしまうなあ。今日の、ロボット・バーリトゥード、優勝できればいいんだが……」

「できますよ! 絶対にできます!」瑠子は、ふんふん、と軽く鼻を鳴らしながら言った。「昨日、行った、レイ・フレックスの最終テスト、まったく問題ないどころか、想定値をはるかに上回る結果だったじゃないですか。スタンダード・ハンドレッドを搭載したおかげですね……一般的なマイコンでは、こうはいきません」

 虎義が、龍東とのギャンブル対決に勝利してから、約三か月が経過していた。その間、二人は、龍東たちや、彼らの手先に襲われないよう、瑠子の父親が手配した警護員たちに、常時、付き添われていた。

 さいわいにも、今まで、そのような事態は、まったく起こっていなかった。虎義は、瑠子と、「もうしばらくの間、何も、危険な目に遭わなければ、警護のレベルを下げてもいいかもしれない」と話していた。

「……あ。虎義さん、見えてきましたよ」

 そう言って、瑠子が、フロントウインドウを指した。そちらに、視線を遣る。車の数百メートル前方に、ロボット・バーリトゥードの会場であるドームが建っているのが、見えていた。

「よし……いよいよだな……!」

 虎義は、唾を飲み込んだ。ごくり、という音および振動が、全身を揺るがしたような気がした。

(……そうだ……)

 そう心中で呟くと、虎義は、右手を、シャツの胸ポケットに伸ばした。それの口に設けられているファスナーを、じいっ、と開ける。内部から、薄型の名刺入れを取った。

 虎義は、それの蓋を、ぱかっ、と開けた。その中から、ドロップ・マルチのカードを出して、眺め始める。

「……うん……」

 緊張を大きく上回るほどの勇気が湧いてきた。虎義は、数秒間、ドロップ・マルチのカードを眺め続けた後、元の場所に戻した。名刺入れも、シャツの胸ポケットに入れた。

「優勝するぞ……!」腹の底から、自信が込み上げてきて、口から出、ふふ、という笑い声と化した。「レイ・フレックスがやられるわけがない……! 対戦相手なんて、全部、スクラップにしてやるぜ……!」

 虎義は、フロントウインドウに視線を遣り、ドームを睨みつけた。視界の左端では、瑠子が、笑みを浮かべていた。

 それから約二時間後、虎義は、一回戦第一試合の対戦相手として、龍東および利根井と再会し、レイ・フレックスは、彼らのロボット──どうにか入手したらしいスタンダード・ハンドレッドが搭載されていた──と、壮絶なバトルを繰り広げたのだった。


   〈了〉

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