参「一つの終わり」

 生命の管理者アカネとして、死に逝くあらゆる生命を『向かうべき場所』に導くという使命を追ってから、どれ程時間が経っただろうか。そもそもこの『死生の狭間しせいのはざま』に時間なんていう概念はあるのだろうか。ただ現世で死んだ生命を天国や地獄に導くだけの世界で。


「……貴方、生前に暴力団に入っては三度も強盗をしてるのね。それにお金を得るために家族にも手を出して……問答無用で地獄行きよ。その心に深く刻みなさい、己の犯した罪の深さと被害に遭った人々の怒りを――」

(はぁ……)


 今も果てしなく魂の行列が出来ている中、こうして一人一人的確に向かうべき場所に導いている。

 一方で私は心の中で深くため息をつく。未練を残したままここに現れた魂、自ら命を絶った魂、死刑となって合法的にその生命線を断ち切られた魂……それぞれの『叫び』がざわめき声のように私の耳を通り抜ける。それを聞いているだけで心身共に疲労が溜まる。この職の存在として決して抱いてはいけないはずのストレスが積み重なっていく。


(こんな事して……彼に会えるの? というかそれより前に私が先に逝ってしまいそう……)

「はぁ……」


 行列が無くなり、落ち着いたところで私はその場に座り込む。四方八方白紙のようなこの世界は何をしていても感情のかの字も湧かない。要するにここは虚無そのものだ。


「いつになったら会えるの……オロチ君っ……」


 一人寂しく、静かに涙を零す。頬から落ちていく雫は白の世界に消えてなくなる。


「助けて……私、もう辛いっ……! ただ私は、地獄でもどこでも君と一緒にいれるだけで幸せなのに……! また君に会えるって信じて今までやってきたけど、もう嫌だ……こんな辛い思いをしたまま君に会えても……私、その時にはもういつもみたいに笑えてないよ……」


 その時には、もう彼への愛を忘れているくらいに私の心は壊れているのだろうか。感情どころか、これまでの記憶を全て消し去ってしまうくらいにただ単に数多の魂を導くだけの存在になっているのだろうか。想像するだけで恐怖が背中をそっと撫でてくる。


「……それとも、あの人は私にこの職を託したのかな……なんて」


 駄目だ、悪い妄想しか浮かんでこない。考えれば考えるほど心を蝕むような未来しか想像出来ない。こんな事してる内にどんどん私という存在も、消え去って――


「――ダメッ! 今はもう信じるしかないでしょ私! これしか今の私に出来ることは無い……ほんの少しの可能性でも、信じながら職務を果たし続ける事しか……今の私には、出来ないでしょ」


 悪い事ばかり考える自身に両頬を両手で思い切り叩いて気持ちを切り替える。左腕で涙を拭き、再びできた行列に目を向ける。


(――君みたいなネガティブ思考は私らしくないよね、オロチ君……)



 いつも通り、自分のやるべき事をしようと心に誓い、私は数多の魂をあるべき場所へと導く。


(私はやり遂げる……彼との再会のために……!)


 ため息一つつく事無く、私は一つ一つ魂を導く。ある人は再び現世へ、ある人は天国へ……


「えっと、次が最後ね……」


 ――その途中、私はふと目を丸くした。



「え……」


 最後列にいたそのヒトと目を合わせた刹那、私は思考を止めた。呼吸が止まった。まるで時を止めたかのように。


 そんな私の目の前に立つ魂は、ただ一言呟く。


「――運命の終わりハッピーエンドを告げに来たぞ、エレイナ・ヴィーナス」

「オロチ……君……!!」


 それは彼が自らの意志で歩み、抗ってきた……私達を呪う運命を終わらせる道の一つだった。

 嬉しさと涙が溢れる。あぁ……嬉し泣きってこんな感じなんだ。


「――うん」


 また木漏れ日が照らすあの場所で……その話、じっくり聞かせてね。


 涙をポロポロと零しながらも、自然とふにゃりと微笑み、彼の右手をぎゅっと握る。


 その数秒後、彼もまた優しく握り返して――


「行こっか、オロチ君」

「あぁ……果てしなく長い、夢のような旅へ――」


 じんわりと伝わる彼の温もりに私は身を委ね、その時が来るのを待った。


 白くも暖かい無数の粒が感覚を奪う。唯一つ望んだ幸せへ二人を導く。


 しかし、まだこの夢は終わりの一つであり、同時に始まりに過ぎない――

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星虹の涙、復讐の果て Siranui @Tiimo

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