弐「新たな使命」

 ――。

 ――――死んだ。身を灰にして、私は天界から姿を消した。成仏される。愛の炎に包まれながら。もうあの炎の熱さは感じないけど、オロチ君の温もりはいつまでも感じる。炎とは違って、ほんのりと温かい、木漏れ日のような。


「――起きて、愛に焼かれた幸福の子よ」

「うぅんっ……って、えっ……??」


 突如誰かに呼ばれて目が覚めた。辺りを見渡すと一面が木々に囲まれており、正面には赤い鳥居が勇ましく私を待ち構えていた。


「あ、貴方は……? というか、何で私、生きてるの?」

「今の貴方は言わば亡霊のようなもの。かつての貴方の身体は既に塵となって消えた……」

「そう……なんだ」


 なんだ……結局死んだんだね、私。つまりここは天国へと導く場所なのかな。あの巫女服を着た女性が私を天国に連れて行ってくれるのかな。


 そう思ったのも束の間、巫女服の女性が放った一言で私は口をポカンと開けた。


「……貴方には、これからある者の身体に憑依してもらいます」

「え……?」


 突然そう言われ、目の前に現れたのは仰向けになって眠っている同じ巫女服を着た桃色の長髪の綺麗な女性だった。しかし、それを見た途端、私は思わず息を呑んだ。だってその人は……


「お母さん……」

「早速気づいたのね。この身体は貴方の母親。死んでからかなり時間が経っているものの、いつまでも綺麗な身体を維持している。そして娘である貴方なら、この身体を取り込みやすいと思って頼んだんだけど……」


 私のお母さん……テレシア・ヴィーナス。私を含む七人の子を産んですぐに息を引き取ったからあまり話した事は無い。

 それでも白く透き通るように綺麗な肌、さらさらな髪、眠りながらも慈愛に満ちた微笑み……その全てが、私の母親だという事を改めて認識させられる。


「私には……出来ません」

「……これは貴方にしか果たせない使命なの。この身体に宿し、至る所に彷徨う霊を天へと導くのが、貴方のこれからの務めよ」

「私はお母さんじゃない! このまま成仏して、いつか来るあの人と天国でまた会えるまで待っていたいのっ……! それこそ私にしか果たせない使命なのっ!!」

「……」


 女性は途端に黙り込んだ。感情を表に出さず、険しい表情を浮かべている。

 そして、ようやく口を開いたと思いきや、またもや衝撃的な一言が放たれる。


「そもそも普通、魂が私と話せるなんてあり得ないんだけどね」

「えっ……?」

「私とこうして会話している以上、貴方はまだ。なのに、こうして『死生しせいの狭間』に来ているとなれば、貴方に今の私の職を譲る時が来たということ。即ち、貴方にこの使命が今与えられたという証拠になる」

「うそ……」

「その代わり、貴方にチャンスをあげる。かつて愛した、あの男との再会の機会を……ね」

「――!!」


 初めはこんな使命なんて背負いたくないって心の底から思ってた。私はあくまで神族の女神の子であり、お母さんのような万人に愛を分け与えられるわけではない。それも、私の愛は全て彼に注いだから。

 でも、もう一度会えると分かった時、私の心は逆の道に進んだ。


「……あなたのこと、信じるよ? この使命を果たしたら、また彼に……オロチ君に会えるんだよね?」

「もちろんよ。これは取引みたいなものだからね」

「じゃあ……私を、お母さんの中に入れて。お母さんみたいに出来るか分からないけど……もう一回彼に会うためなら、私頑張るよっ!!」

「ふふっ……愛の力は正に最強を超えて無敵、か。余程その人の事を愛してるんだね。いいよ、じゃあこれから頑張ってね…………」


 そして、名前も知らないその女性は両手をかざし、私と母の身体を白い光で包んで――


「待っててね、オロチ君。この使命を果たしたら……また必ず君に会いに行くから。それまで私の事、忘れないでね」


 こうして、後に青年を残酷な運命の中で支える生命の管理者アカネが誕生するのであった――

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