星虹の涙、復讐の果て

Siranui

壱「不燃の愛」

 遥か昔、私――エレイナ・ヴィーナスは愛した一匹の竜に天界ごと焼かれた。あらゆる者は悲鳴を上げながら炎の波に追われ、飲まれ、焼かれていく。取り残された子供は泣きながら消えていった親を探す。無論、私も取り残された子の一人。


「お……ろち、君っ……」


 パチパチと火の粉を散らしながら建物が燃える音がする。普段は感じない、あらゆるものが焼け焦げた臭いがする。否、それは炎の香り。全てをむしばんで最終的に残った、少し嗅ぐだけでも分かるほどの残酷と絶望がこびりつくような臭いだ。

 おまけに皮膚が溶け、身体の感覚もほとんど無く、まるで灰にでもなったかのように腕や足、髪までもが塵となって地に消える。


「どう……して…………」


 君は本来、こうも荒っぽい事はしなかったのに。なのに何で罪もない人まで殺したの? 何で天界を……私達の思い出の場所までも焼き払ったの?


 あれだけ私の事を、愛してくれていたのに――





 天界 聖水の湖――


「冷たっ! あははっ! やったな〜!?」

「……先に仕掛けたのはお前だろ」

「でもやったはやったの! それっ、仕返しだ〜っ!!」

「っ……! おい、魔法を使うのは反則だろ!」

「魔法を使っちゃいけないなんて言ってないよ〜っ!」


 私は時々魔界から来てくれる彼……オロチ君と家族に隠れてこの湖で遊ぶのが好きだった。誰よりも愛する彼と綺麗な水をかけあって、お互い全身をびちゃびちゃにしてしまう以上に爽やかな気分になるものは無かった。

 何より私に会いに来てくれる時だけ、神話でよく見る竜の姿ではなく私と同じ人型の姿になってくれている。だから種族の距離を置くことなく接することが出来る。


 でも、それはオロチ君が家族を裏切ったからこそこうして一緒に過ごせている。本来なら今ここで消し去るべき敵。だけど、彼は家族を捨ててまで私と生きる道を選んでくれた。

 ……そこもオロチ君なりの気遣いだと思うととても嬉しい。もっと好きになってしまう。本来は敵種族同士なのに……本当は恋心を抱いてはいけないのに、どうしてもこのときめきを抑えられない。



「……ねぇ、オロチ君」

「……何だ」

「……もしさ、この対立が終わって二つの世界の平和がやってきたらさ……」



 ――君と一緒に、これからの未来をいろどっていきたいな。


「……!!」


 オロチ君は珍しく驚いた表情を私に向けた。普段から表情を表に出さないからか、ふと彼が感情を表に出した時はいつも新鮮な目で見られてとても楽しい。もちろん、それを理由にからかっている事もある。


 そんな私に、オロチ君は目を瞑りながら答えた。


「――当然だ。そうでないとお前だけのために家族を裏切ったりなどしない」

「……ありがとう。本当に大好きだよっ!!」


 私は飛び込む勢いでオロチ君に抱きついた。離れろと怒られるも、離したりなんてしなかった。ここで離したら、もう二度と触れ合うことなんて出来ないと思ったから――




「ぁ…………ぁ………………」


 ――でも、何度愛を囁いても、返ってきたのは厄災の炎だけだった。きっと、地獄でその愛をはぐくもうと思っているんだろう。普通に返事をしないところも、何だか彼らしくて、愛おしい。


 私は涙を流しながらその炎を全身で浴び、身を焼いた。それも全て、彼を愛しているから。


 いつまでも共に生きると、決めたから――

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