【短編小説】ぬいぐるみウイルス

@deruta-kaku

ぬいぐるみウイルス

20XX年。日本にある新型のウイルスが流行した。




そのウイルスは、人間には感染しない。そして、動物や虫にも感染しない。




日本語で「ぬいぐるみウイルス」と呼ばれるその新型ウイルスは、なぜか「ぬいぐるみ」にだけ感染し、人々が気付かぬうちに増殖を続けている。




「・・・クママ、ずっと一緒だからね・・・。」




この少年が抱きかかえるクマのぬいぐるみも、気付かないうちに「ぬいぐるみウイルス」に感染してしまっていた。




このウイルスに感染したぬいぐるみは、自分の意志を持つようになり、自分で動き出し、そして・・・




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僕の一日は、決まって毎日こんな感じだ。




夜はクママと一緒に寝て、朝もクママと一緒に起きる。




「ナツナ!ご飯できたよ~」




朝は目覚ましをしているけれど、だいたいすぐには起きれないから、母さんが布団のそばまで起こしに来てくれる。僕はクママを抱きかかえたままリビングに向かう。




僕がちゃんと起きた時には、いつも母さんがもうご飯を作り終わってくれている。お弁当の余りとか、昨日の晩御飯の残りとかをうまく使っているだけだけどね。




母さんの仕事はいつも朝が早くて、いつも夜は遅い。僕がご飯を食べはじめると同時くらいに母さんはスーツに着替え始める。そして、僕の「ごちそうさま!」と同時に「行ってきます!」といつも言うのだ。




「ナツナ、家から出るときはちゃんとカギ閉めといてね!この前開けっ放しで泥棒に入られそうだったんだから!」




「分かってるよ母さん~。でもこの家に泥棒が入っても盗むものなんて何もないでしょ。」




僕がそう言うと母さんは「確かにね」と言って笑って、ドアを開けて仕事に向かった。僕の住んでいるこの家は、母さんが親戚から譲り受けたボロ家だ。誰も泥棒になんて入るわけがない。




「また今日も学校かァ~」




僕はクママにそう言って、学校に行く準備を始める。




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学校で一番楽しいのは、国語の授業だ。次に楽しいのは理科の授業かな。




学校で一番楽しくないのは、昼休みだ。次に楽しくないのは休み時間だ。放課後は早く帰ればいいだけだから僕は好きだ。




「ナツナ、デーモンハンターそろそろ買えたか?」




昼休み、机の上で寝たふりをしていると、クラスメイトの男子が頭を掴んで顔を無理やり上げようとしてくる。




「・・・買ってないし、買う気もないよ。つまらないでしょそんなゲーム。」




「・・・お前んちビンボーなのな。このクラスでデーモンハンターしてないのお前くらいだよ。」




「はぁ・・・。」




僕は顔をゆがめる。




「この前、お前の顔がデスデーモンに似てるって皆で爆笑してたんだ。その顔まじそっくり。じゃあな。」




彼はそう言って、他のクラスメイトの方に去って行った。




(なんだよ、デスデーモンって。絶対キモイじゃん・・・。)




そう思いながら僕はまた顔を机に伏せた。




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放課後になると、僕はすぐに教室を出て下校する。学校からやっと帰れる放課後のこの開放感が僕は好きだ。




学校に友達はいないけれど、家に帰ればクママがいる。クママは僕のことを悪く言わないし、僕を仲間外れにしたりもしない。




「ただいま~」




鍵を開けて家に帰ると、すぐにクママを抱きかかえて僕は話し出す。




「クママ、今日もさクラスの奴に悪口を言われたんだ。」




「僕の顔がデスデーモンって奴に似てるんだって。なんだよそれ。ひどい奴らだよなぁ。あんな奴らと仲良くなんかならなくて正解なんだわ。」




僕の顔は勝手にゆがんでしまう。




「・・・デーモンハンター、僕もやりたいのにさ、母さんはいつになっても買ってくれないんだよ。」




何故だか涙が止まらなくなってしまう。あんなクラスメイトのことなんか気にする必要ないと分かっているのに。




「なにがデスデーモンだよ!!!ふざけるな!!」




そう叫んだ僕は、抱きかかえていたクママを壁に叩きつけるように投げた。




「うぐ・・・。うわあああああああ。」




僕は辛くなって、耐えられなくなって、ただひたすらに泣いてしまっていた。




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それからどれくらいの時間僕は泣いていたのだろうか。




ガチャン!!!!




キッチンから大きな音がして、僕は我に返る。




「・・・母さん・・・?もう帰ってたの?」




僕は涙を手で何度もぬぐって、泣いていたことがバレないようにできるだけ普通の声で尋ねてみる。




「・・・。」




返事はどこからも無かった。本当に母さんは帰っているのだろうか。




さっきの音が何の音だったのか不安に思った僕は、急いで音が聞こえたキッチンへと向かう。そして、キッチンのドアを開けようとした瞬間、僕はあることに気づく。




(あ・・・。もしかして泥棒かもしれない・・・。)




この家に泥棒なんて入ってこないだろうと、家に帰ってから鍵をするのを忘れてしまっていたのだった。




「・・・気づかれたか。」




(ヤバい・・・!泥棒に殺される・・・!)




キッチンのドアを開けた僕の前には、鋭く尖ったナイフを右手で持つクマのぬいぐるみが立っていた。




「・・・クママ?!」




僕の頭の中はパニックになる。




「ナツナ、さっきは酷いことをしてくれたな。」




クママは低い声でそう言って、僕を睨め付ける。右手に持ったナイフは僕の方を向いている。




「・・・ごめんなさい!クママ!!」




何が何だか分からないけど、僕にできるのは謝ることしかできない。今のクママを怒らせるとどうなるか分からない。




「もう君にやつあたりしたりなんてしない!ごめんなさい!!!」




泣きながら、僕はクママに土下座をした。ぬいぐるみに土下座が通用するのかなんて分からないけど、ひたすらぼくはクママに謝った。




「・・・。」




土下座をする僕の頭の上にクママが飛び乗る。僕は震えながらも、土下座を止めない。




「・・・悪いのはキミじゃないよ。」




クママはそう言うと、キッチンを出て去って行った。ひとまず、助かったのか・・・?




・・・




「ただいま~!」




突然、玄関のドアを開ける音と一緒に、母さんの声が静かな家に響く。




「ナツナ~!また家の鍵開けっ放しだったでしょ!泥棒にでも入られたらどうするんだって・・・」




「・・・母さん!!!逃げて!!」




母さんが、危ない・・・!そう気づいた僕は玄関へと走り出す。急がないとクママが母さんを殺してしまう。




・・・バタッ!!!




玄関に着くと、うつ伏せで倒れた母さんの上にクママが立っていた。そして、右手に持ったナイフで母さんを刺そうとしている。




「クママ!!母さんを殺さないで・・・!!」




僕は大きな声で叫んだ。




「ナツナ、お前が苦しんでいるのは全部こいつのせいなんだ。」




「俺は知っている。お前がどれだけこいつのせいでしんどい思いをしてきたか。周りの奴らの普通の暮らしに、お前がどれだけ嫉妬してきたか。」




「こいつがいる限り、俺はずっとお前の怒りや嫉妬を受け止めることしかできない。でも、それじゃあ何の解決にもならないんだ。」




クママは、僕の怒りや嫉妬の力で動いているようだった。そして、その力は母さんの方に向かってしまっている。母さんが死んでしまったら、全部僕のせいだ・・・!




僕の頭の中に、母さんとの思い出が次々と浮かんでくる。




いつも朝早くに起きて仕事に行って、いつも夜遅くにヘトヘトで帰ってくること。




学校から帰って一人で泣いていたら、帰ってきた母さんが何も言わず抱きしめてくれたこと。




夜中にふと目が覚めてリビングに行くと、母さんが一人で泣いていたこと。




僕が6歳になった誕生日に、お金もないはずなのに欲しかったクマのぬいぐるみを買ってくれたこと。




無意識のうちに僕は走り出し、クママの体を全力で掴み母さんから引き離そうとする。




「ナツナ邪魔をするな!このナイフがお前にも刺さるぞ!」




クママは体のバランスを崩しながらも、まだ母さんを殺そうとしている。




「構わない!!母さんが死んだら、これから僕はどう生きたらいいんだ!それにまだ母さんに親孝行の一つもできてないんだよ・・・!!」




僕にとっての恐怖は、自分がナイフで刺されてしまうことよりも、母さんが殺されてしまうことの方だった。




グサッ・・・




クママがナイフを振り下ろした瞬間、僕は自分の体でそのナイフを受け止めていた。




クママは、悔しそうな顔で僕の顔を見ている。




「・・・これは子供には効かないんだ。」




クママの握っていたナイフが、先の方から毛糸になりほつれていく。母さんにも僕にもナイフは刺さっていなかった。




「感情的になってすまなかった。俺とお前が出会えたのも、母さんのおかげだったな。」




そういうと、クママはピタッと動かなくなった。




しばらくすると母さんは意識を取り戻し、そして涙を流した。僕とクママが言い合っていた会話は聞こえていたらしい。




「ナツナ、ごめんね・・・。私のせいで苦しい思いをさせてしまって。」




「・・・母さん、そんなことないよ。お金が無くても、母さんと一緒に居れれば僕は幸せだ。それに、母さんの作ってくれるご飯は世界一美味しいしね!」




僕は笑いながら、泣いている母さんを抱きしめた。




「僕の方こそ、学校でうまくいかないのを母さんのせいにしてごめんね・・・。」




クママのおかげで、僕は自分の中にある怒りや嫉妬の気持ちに気付くことが出来たのだった。一時はどうなることかと思ったけど。




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「ナツナ、お前まだデーモンハンターやってないのか?クラスでまだやってないのお前くらいだぞ。」




昼休み、机の上で寝たふりをしていると、クラスメイトの男が頭を掴んで顔を無理やり上げようとしてくる。




僕は笑ってこう返す。




「やりたいんだけど、ゲームを買うお金がないんだよ。デスデーモンってやつ、倒しに行きたいんだけどね。」




クラスメイトの男子は、驚いたような顔で僕の方を見る。




「そ、そうなんだ。・・・俺んち、弟のデーモンハンターのソフトがあるから、それ使って一緒にデスデーモン倒しに行くか?」




「え・・・。いいの・・・?」




「当たり前じゃん!!・・・ずっと俺はナツナとデーモンハンターやりたかったんだよ!」




その日の放課後は、すぐに家には帰らずクラスメイトの家に行くことになった。すぐに自分の家に帰らない放課後も案外楽しいものだった。








クママとの一件の後、こうして僕に初めての友達が出来た。








・・・話は変わるが、最近、ニュースを見ていると、「ぬいぐるみウイルス」という新型のウイルスに関する話題ばかりが放送されている。




ウイルスに感染したぬいぐるみが突然動き出し、そして人を襲おうとするという事件が日本で多発しているのだ。なんと恐ろしいウイルスだろうか。




でも、「ぬいぐるみウイルス」に感染したぬいぐるみが、人をケガさせたという事例はいまだ一つもないらしい。確かに、クママが動いた時も、誰もケガをすることは無かった。




ぬいぐるみウイルスの目的は、誰にも分からない。

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