第6話 推しが転校してきた

 合同イベントから1週間足らずが過ぎた。

 トラブルがあったものの、しかしそれがきっかけとなって注目されることになり、2人の知名度は日に日にうなぎ上り。

 現に教室内でも耳をすませば、クラスメイトたちの間からも真希たちの話題が上っている。


「あっ、そのファッション雑誌宏美ちゃん表紙じゃん!」

「まじ美人だよね!」

「ほらこの動画見てみ、クールな真希ちゃんとの相性い良すぎ」

「今度武道館でライブだっけ? 今からチケット取れるかな!?」


 その内容は初期の初々しい彼女たち、1番の推しは誰か、PRイベントでの印象に残った場面など。教室内はどこもかしこも彼女たちの噂で持ち切りだ。

 そんな光景を目にした康行は、真希たちが全然売れていなかったデビュー当時のことを知っていることもあって、感無量で思わず涙ぐむ。

 うんうんと頷き、彼女たちの話題を優しく見守る、いわゆる後方腕組み彼氏面になってしまうのも仕方がないというもの。


 ふと考えてみると、万年筆の件以降、真希からの連絡は何もない。

 それが当たり前なんだ。所詮は一介のファンと推し。アレはただの偶然であり、いわば神様が見せてくれた夢のようなもの。

 そのことに一抹の寂しさを覚えるものの、以前に戻り、これからもただ推すだけである。



 やがて予鈴がなり、皆自分の席へと忙しなく戻っていく。

 そして担任教師が入ってくると共に、大きく目を見開いた。


「今日は急ですが、転校生がいます。じゃあ、自己紹介よろしく」

「あ、姉崎あねさき真希です。マ、マカロンズの宏美推しですっ!」

「「「おおっ!」」」


 教室が一気に騒めき出す。康行の心の中も同じく騒めいている。

 真新しい少し大きめの制服に身を包み、前髪で目元が隠れた地味な相貌は、あの日バイト先で初めて訪れた推しである真希そのもの。

 なぜここに? いったい何をしてる? 夢か幻か……? ぐるぐると思いが錯綜する。


「静かに。それじゃあ姉崎さんは……坂井君の隣の席が空いてますからそこに。坂井君、休み時間にでも校内を案内してあげてね」

「は、はい」


 こちらに気付いた真希と目があい、彼女はパッと瞳を輝かす。

 見間違いではない、彼女は推しである真希本人だ。

 朝のホームルームが終われば即座に真希はクラスメイト達に囲まれ、転入生への先例とばかりに色々と質問を投げかけられる。


「ねえねえ、宏美ちゃんのどこが好きなの?」

「えっと、立ち振る舞い、性格、その見た目すべてです!」

「わっ、わっ、やっぱ推しがいる人はそう答えるんだなあ……いいよねえ宏美ちゃんあこがれるなあ……」

「女神さまみたいです」

「あたしさ、今度宏美ちゃんと同じ髪型にしようと思ってるんだ……」

「か、髪質も似てますし、す、すっごくセミロング似合うと思います」

「そうかなあ……あっ、真希ちゃんってマカロンズについても詳しいの?」

「は、はい……たいていのことはわかると思います! なんでも聞いてください!」


 そう言って胸をドンと叩く真希。

 そりゃそうだろう、と頭を抱える康行。正体を隠す気があるのやらないのやら、ハラハラしてしまう。


「それじゃあさ、この前のイベントの時大活躍したって謎のファンXってもしか知ってる?」

「えっ……」


 そんな中、ファンX《康行》についての話題が飛び出した。目をぱちくりさせた真希は、どうしましょうと言いたげに視線を投げかけてくる。ドキリとした康行は、即座に言葉を被せた。


「……あ、姉崎さん、ちょっと校内案内するよ」

「あっ、はい……」

「おい康行、自分だけ転校生独占とかずるいぞ」

「そうだそうだ!」


 男子たちの歯がゆいような視線を受けながら、廊下へと飛び出す。

 真希はキョロキョロと物珍しそうに周囲を見回している。

 そして教室の喧騒が聞こえなくなった辺りで話を切り出した。


「何やってんだよ、一体。その、正体とかバレたらどうすんだ?」

「はあ……えっ、私はこの格好なら気づかれたことないですよ」

「……そりゃあ、そうかもだがあまりに無頓着すぎてもだなあ……」


 確かに、ガチ勢である康行も最初は気付かなかった。そうなのかもしれない。

 しかし、他にも気になることはあった。


「で、これはどういうことなんだ?」

「これ……?」

「転校だよ。いきなり過ぎるというか、なんていうか……」


 すると不意に真希の纏う空気が変わった。神妙な顔で周囲を見回し、誰もいないことを確認してから重々しく口を開く。


「その、実は武道館ライブを中止しろって脅迫が事務所にありまして……」

「はぁ!?」

「警察とかにも連絡して、悪戯か何かだと思うんですけど、どうも嫌な予感が拭えなくて……一応、規模を縮小して警備を厚くという案も出ているのですが……でも私、せっかくの武道館をちゃんと盛り上げたくて!」

「…………っ」


 康行の頭の中は真っ白になっていた。

 武道館ライブの規模縮小、それは事情を知らないファンから見たら始まる前から白旗を上げたとも受け取ってしまう。

 せっかく合同イベントが大成功して、満員御礼の舞台で躍動する推しを想像できるのに、今更規模縮小なんて……そんなの絶対にダメだ!


「くそ、そんなことはさせない! 俺に出来ることがあれば言ってくれ!」

「し、師匠っ!」


 こうしてまたも康行は厄介ごとの渦中へと自ら踏み込むこととなった。

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家事代行先は無口で不愛想と評判な推しのアイドルの家~話をするうち実は弱点だらけだということを知ってしまった俺は、なぜか慕われて悩みを相談される仲になった件~ 滝藤秀一 @takitou

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