第10話 手助けしたくないなんて思うなよ!?(失踪ごぬん。けど、また失踪するかも……)

「……ん〜、あれ〜?」

「いや、あれ〜って!」


 着ぐるみ越しとはいえ、男性である玻璃とガッチリ握手している紫闇。

 彼女の特性上、男と触れ合ってしまったら……いや、目を合わせてしまっただけでも気絶してしまうというのに──これはどういう事なのか。


 嫌い嫌い言い合っている仲だというのに、それでも物すっごく気を遣って守ったりしてやっていた光からしてみれば、そうも言いたくなってしまうのは仕方がない事だろう。


「夜見ちゃんって、どうして男性恐怖症? ……なのかな?」

「ああ、それは……」


──夜見紫闇の両親は物凄く過保護であった。


 幼少の頃は蝶よ花よと育てられ、幼小中高大は教師すら女性しかいない完全女子校。

 男との接触は完全に断たれていて、人生でまともに話した事のある男性は父親だけ……しかもその父は美しすぎて女性らしいときたものだ。


 そんな状況で20年間生きてきてしまったのだ。

 同じ生き物でありながら異なる『男性』というイキモノに恐怖こそすれども、仲良く手を取り合うなんて出来やしない。


「社会に出て初めて、肉親でない男性というものと対面して……、あの時の恐怖と言ったらそれはもう凄まじくて……ねぇ」


 近くも遠い過去の事を思い出してぶるぶると震える紫闇。彼女の中には初めての恐怖が濃く深く刻まれてしまっている。

 そんな彼女が現在、Vtuberとして生計を立てているのも、全てはそこが原因だったりするのだが……それはまた別のお話だ。


「──それじゃあ、ぼぉくが特別って事なのかな?」

「あ〜。玻璃さんって見た目はおっさんですけど、声とか雰囲気は割とそこまで男おとこしてませんし、紫闇コイツのセンサーに反応していないのかもしれませんねぇ」

「ちょっと〜っ! おっさんってどういうコト〜?」

「褒め言葉ですよ、ほめことば〜」

「それなら……いや、それでも良くないんだけど……」


 形の良い小さな顎に指を当てて、殺人ウサギとなる前の玻璃の姿を思い浮かべた光。

 猫背の長身にパーマがかった茶髪。無造作に剃り残っているヒゲ、目の前を見ているはずなのに遠くを見ている様なその瞳。そして、大して歳を食っていないはずだが、どこか達観しているように見える奇妙な魅力──おにーさん、オジサン、おじーさん……なるほど確かにおっさんが適しているように思える。


 だが、玻璃は納得いかなかったようで「う〜〜〜ん」と頭を捻るばかりであったが。


「……もしかして、ぼぉくが克服の糸口になったりするかな?」

「どうでしょうね……? 協力してもらえるのなら、こちらとしてはありがたい……というか都合がいいんで」


 こうして紫闇と光が遊んでいる裏では、マネージャーさんが『とある計画』の為に奔走してくれている。

 『計画』はかなりの規模のものであり、一人でそれを調整するのは厳しい。


 だというのに、マネージャーさん一人に重荷を背負わせてしまっている原因の半分は、紫闇の特性男性恐怖症が原因だった。

 故に、それが治ってくれればマネージャーさんの負担減らせる。


──だからこそ、光としては早く治してくれる事に越した事はないのであるが……。


「──無理でしょうね」

「えぇ……即答そくと〜?」

「そりゃ即答もするでしょう。そもそも思い出してみなさいよ、ここにいる理由」


 貰った巨大ガラス作品にいつの間にか抱きついている紫闇。

 そんな彼女は至極冷静といった様子で光に言葉を吐いた──ガラス作品への興奮を隠せていないのが残念であるが。


 紫闇の言葉を受け止めた光と玻璃は、二人して「ここにいる理由?」と呟きながら首を傾げる。

 二人の視界には巨大ガラス作品を除いて質素な仮眠室。


 そして思い至った──


「──そういやアンタ、既に気絶した後だったわね」

「気絶しちゃったから雷坂ちゃんがここに運んで、ぼぉくはこの着ぐるみを着たんだった」

「でしょう? 結果はもう証明されてしまっているのよ」


 理路整然と言葉を並べ立てて、試練から逃れようとする紫闇。

 だが、光も引き下がりはしなかった。


「けど、さっきは接近されたからだったじゃん! もう少しレベルを下げて……え〜っと、手を繋ぐとかから始めればっ!」

「それ、接近されるよりもレベルが上がっている気がするのだけれど……」


 ガッツリパーソナルスペースを侵されるか、多少の肉体的接触をしなければならないか。

 どちらがキツイかは個人差があるだろうが、少なくとも紫闇からしたら後者の方が重いらしい。


──もちろん、紫闇にとって両方『恐ろしいで……』なのは間違いないのだが。


「そもそも、どうしてそんなに克服させたいのよ?」


 何を目的にしてそんなに克服させたいのか──紫闇は問うた。

 頭痛や悪寒は当たり前、酷い時には吐き気を催す──そんな恐怖症の効果は絶大。出来れば食らいたくない。


 だからこそ、おふざけ半分ならば絶対に拒否るつもりだったが──


「──マーちゃんの負担を減らしてあげたいの。けど、アタシはバカだから交渉も調整も……何も手伝えない。だからっ、せめてアンタが……紫闇がマーちゃんの助けになってほしいの」

「…………」


 マネージャーさんに重荷を背負わせてしまっているもう半分の理由は──光の低学歴。

 中卒の彼女は社会活動において、良くてコンビニバイトくらいでしか年上の人間と関わった事がない。


 話している相手を気持ちを良くさせる方法だって分かっていないし、交渉術なんてもってのほか。

 何となくの敬語は扱えるが、それも付け焼き刃──失敗出来ない仕事である以上、光が肩代わりするのは厳しい。


──故に、大卒である紫闇にどうにかやってもらうしかない。


 光のそんな思いは紫闇が十二分に知るところであり、改めて彼女の必死な思いを聞いた紫闇は──


「はぁ……分かったわよ。一度だけよ?」

「……本当?」

「まあ、男性恐怖症これとおさらばしたいのは確かだから」


 『仕方がないな〜』といった雰囲気を纏いつつ、「仕方ないなぁ」と心の中で呟きながら光の提案を了承した──つまり、『仕方がないなぁ〜』なのである。

 しかし、そんな調子でも了承は了承。光はパーっと表情を明るくして言った。


「それじゃあ、玻璃さん……お願いします!」

「おっまかせ〜!──ダイレクトハンドモード、オン!」


 玻璃は元気よくそう声を上げると、メカニックな音を立ててガシャンガシャンとふわふわもこもこだった手が変形。

 折れたり曲がったり何度か変形を経ると、やがて動きが静かに停止して……パカッと音を立てて手首が開いた。


 そしてその開いた手首の部分から──ニョキニョキニョキッと生の人間玻璃の手が生えてきた。


「──いや、怖いっ!?!?」


 謎の変形の一部始終を見届けた光は一言──そう叫んだ。

 だって仕方がない、殺人ウサギの人形から急に生の手が伸びてきたのだ。恐怖映像に他ならない。


 だがしかしbutバット──


「──か、かっこいい……っ!」

「えへへ〜っ、でしょ〜? やっぱり分かってくれるねぇ」

「……アタシ、アンタってイキモノがよく分からなくなってきたわ。アンタが良いならなんでも良いんだけどさ……」


 光には恐怖映像でも、紫闇にとってはロボアニメの変形シーン。

 キラキラと目を光らせる彼女に、光はさっきまでの調子は何処へやら、呆れまじりの半目を向けた。


「これなら大丈夫かもしれないわ!」

「そう。なら、早く手を繋いでもらって。……これがフラグにならないと良いけどね」

「私のこと、見くびりすぎよ。この程度、簡単に出来るかしら」


 紫闇は得意げにそう言いながら、殺人ウサギから飛び出る玻璃の手に自らの手を伸ばしていく。

 細いのにガッチリとした五指、血管が浮き出る手の甲──明らかな『男』の手に、一瞬竦みながらもそれでも伸ばす。


 伸ばして、伸ばして、伸ばして、指が触れ……意を決してガッチリと掴んだ。

 すると──


「うくっ──きゅうぅぅ…………」

「夜見ちゃん!? よみちゃ〜〜ん!!!」


 玻璃の手を掴み、握手をした瞬間──紫闇の顔色は一気に悪くなり、バタりと倒れた。

 そんな彼女を目の前に、触れたいのに触れてはならないもどかしさを伴いながら焦る玻璃。


 そんな光景を目の前にして、光はやはり呆れた様子で呟いたのだった。


「……即落ち2コマ」


──と。

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萌え成分100%の超『てぇてぇ』Vtuberコンビが裏でも仲良く『てぇてぇ』してるなんて思うなよ!? これはビジネス……そう、ビジネスフレンドなんだからなっ! ゆみねこ @yuminyan

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