第9話 激高美術スキルが何物にも通用するなんて思うなよ!?

「──ん……んん? ふわぁ〜。ここ……どこ?」

「……はっ! やっと起きたの?」


 何の前触れもなくムクっと起き上がった紫闇は、まだ思考が纏まらなくてぼんやりした頭のまま、見慣れぬ天井を見上げた。

 視線を周囲に移すと仮眠室の役割を最低限果たせられる程しかない小さな小さな小部屋に、座ったままうつらうつらとしている光。


 だが光がうとうとしていたのも束の間、気配の変化を感じ取ったのかパッと目を覚ました。

 そんな彼女に向かって紫闇は一言。


「……私、またやっちゃったかしら?」

「またやっちゃってたよ。しかも今回は器物損壊」

「うわぁ、やっちったわねぇ」


 まだぼんやりとする頭で他人事のようにそう言った紫闇だが、残念ながら彼女自身が犯人だ。

 いや、その自覚があるからこそちょっとでも罪の意識から逃れたいと思っているのか……。


「──失礼しますよっと」

「……っ!!!」


 光と向き合って肩を竦めていると、不意に扉の外からの声がした。

 それを聞いた瞬間、紫闇はぼんやりとしていた意識を覚醒させて震え上がった。


 まるで悪鬼か何かから逃げるのように、扉から最大限離れて身を小さくした紫闇。

 それどころか、光の身体を盾にして扉と自分の間に障壁バリアを張った。


 そんなこんなをしている内に、声の主は扉を開けてその姿を現して──


「……え?」


 隠れはしたが、それでも一応は敵の姿は認めなければならないと光の髪の間から扉の方を見ていた紫闇。

 それは男を見ると自然と拒絶反応が出てしまう彼女にとって地獄のような時間だった……だったのだが──


 扉の奥から姿を現したのは──青と白をメインにしていて手首や足首にもふもふなシュシュを装着した、何故か所々に人参がブッ刺さっている二足歩行のウサギの着ぐるみ……だったらまだ可愛いかったのだが、身長170cmを優に超える長身に、充血した目カッと見開かれている上にちょっと出てボヨンボヨンしているウサギの着ぐるみだった。


 その手にはお茶が入った湯呑みを載せたお盆が握られていて、紫闇たちの方へ近付くとサイドテーブルに静かに置いた。

 置かれた湯呑みを静かに一口。茶道のようにお茶の奥行きを楽しむと、テーブルにコトリと音を立てて置くと光は言った。


「──いや、怖いんですけど!?」

「あっ、やっぱり? 前にこの店の宣伝した時に着たんだけど、子供に泣かれちゃってね」


 そう言って「えへへ〜」と薄く笑った声の主は、聞き紛う事なき『amorphous』店長──玻璃だった。

 しっかし、ガラス工房の店長がどうして珍妙ウサギの着ぐるみを着ているのか──それは意外にも本人から買って出た事だった。


ぼぉくの作品を何度も買いに来てくれているんだ。折角だし、お話したいってのが製作者クリエイターさがってもんだよね」

「まあ……、その気持ちは分からなくもないですが……」


 動画配信者も立派なクリエイター、成果物の評価は気になるかと聞かれたら素直に否定出来ない。

 だが──


「いくら何でもその格好は……」

「やっぱりダメかぁ。いやぁ、お店の子にも不評でね」


 玻璃は自らが創るガラス細工達がこの世で最上級であるという誇りと自信を持っている。

 その自信は『他系統の作品もイケるのでは?』という自信に繋がらせて出来上がったのが──真っ赤でギョロッと飛び出したおめめと謎にんじんが特徴の、最高サイコ〜にサイコなウサギが出来上がったという訳だ。


 本人としてはここに更にバニーガールのモチーフも足しても良かったと思っているのだが、周りから止められたらしい。

 それを聞いて光は目の前の存在に初めて──いや、殺人ウサギで登場した時を含めると二度目の恐怖を感じた。


「ほら、紫闇コイツもこうやって怖がって……」


 紫闇は極度の男性恐怖症。

 常人の光でさえ恐怖を感じているのだから、自分の背後に隠れている紫闇が怖がっていない訳がないと容易に予測出来る。


 それに光は感じていた──現在進行形で自分の背中に触れている紫闇の手が小さく震えている事を。

 そんな彼女を守るかのように手に触れようとすると、紫闇は口の端から声を漏らした。


「か……」

「か?」


 その声とも言えない音はあまりに小さくて、間近の光にしか届かない。


「かっ…………」

「かっ?」


 今度は静かな促音が部屋の中に響き渡る。

 それはオオカミに首を絞められたアヒルの様に弱々しく、今にも死に絶えそうな声。


 明らかに様子のおかしい紫闇に、光は手を伸ばそうと背後を振り返った。

 その直後、紫闇は大きく息を吸って──


「──かぁわいぃ〜〜〜っ!」

「なんでっ! そうなるっ! のよっ!?」


 光の想像の中では怖がって震えていた紫闇。

 だが実際は──おめめぱっちり(?)にんじんウサギさんのあまりの可愛さに打ち震えていただけだった。


「おっ、分かる? この良さが?」

「はいっ!」

「やっぱり、ぼぉくの作品を心から愛してくれる人は分かってくれるんだなぁ〜」

「──かぁわいいい〜〜〜!」


 うんうんと頷いては完全に接着されていない目をボヨンボヨンと揺らす殺人ウサギこと玻璃。

 その姿を見てさっきまでの様子は何処へやら、紫闇は揺れる目ん玉にご執心。『キラーン☆』と目を光らせては視線で追いかけていた。


 そんな姿に余程嬉しくなってしまったのか、目ん玉を指で弾きながらナルシスト味溢れる言葉を吐いた。


「皆んなには否定されてきたけど、やっぱりぼぉくの美術スキルは何物も通用してしまうって事だね♪」

「そうだと思いますっ!」

「よ〜っし、着ぐるみ店も開店させるぞ〜!」

「──いや、やめときなよ。いやホントマジで」


 謎に盛り上がっている二人を落ち着かせるべく、第三者である光は冷水をぶっかけるかの様にそう告げた。

 告げた……のだが──


ぼぉくの芸術を理解してくれるなんて君、中々見どころがあるね? ご褒美の飴ちゃんはないから、代わりにこれあげちゃうっ♪」

「……? えっ、良いんですか!?」

「モチのロンの助だよ。ぼぉくの美を分かってくれる人にこそ、最高傑作を持っていてほしいからね」


 玻璃が質素な仮眠室を少しでも飾り立てようと置いていた一つの巨大ガラス作品。

 それは──シャチに鷹、コヨーテと狸、そして真ん中に丸っこいカラスが完璧なバランスで配置されている──もはや細工とは到底言えないほど巨大な作品だった。


「作ったはいいものの、つぎ込んだ労力を考えると中々手頃な価格に出来なくてね」

「因みにおいくら?」

「──ざっと五十万?」

「「ごごごご五十万!?」」


 殺人ウサギの口からポロリと出てきたとんでも価格。

 光はもちろん、流石にこれにはテンションが上がっていた紫闇も口にこそしなかったが『マジかよコイツ』と言いたげな視線を向けていた。


 そんな二人の前で未だにテンションが高まっている玻璃は言う。


「価格ってのは謂わばの妥協点。そんな妥協が出来なかったこの作品を──君に送りたいんだ」

「あっ、ありがとうございます」

「……それに、君ほどガラス細工が好きでいてくれる子も中々居ないからね!」

「それは勿論です!」


 あまりの意気投合する二人、青色のウサギハンドと紫闇の小さな手がガシリと握られた。

 そんな光景を無言で見ていた光は大きく息を吸って──

 

「アンタ、男性恐怖症は何処にいったのよ?!」


──半分怒鳴っているような声でそう叫んだのだった。

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