第47回 なぜいまSFなのか? (4)

 カクヨムの正式オープンは2016年ですが、じつはSF業界でもウェブ発のSF小説が書籍化する機運きうんが存在しました。早川書房の主催する第4回ハヤカワSFコンテスト(2016年のこと)で、吉田エン「世界の終わりの壁際で」と黒石迩守にかみ「ヒュレーの海」が優秀賞を受賞して書籍化しました。当時はなろう作家がハヤカワSFコンテストを受賞したという話で盛り上がっていました。以降、小説家になろうの作家やカクヨム掲載作品の書籍化は珍しくなくなっていきます。

 例えば三方行成氏や十三不塔氏がそうした作家であったというのは有名な話です。カクヨムのランキングに左右された作品が書籍化することはなくても、カクヨムがSFを掲載する場所であることは文化として根付いたのです。


 ここでもっとも影響力を及ぼした作品はさきほど挙げた「横浜駅SF」でしょう。ほかにも赤野工作のSF小説「The video with no name」が「ザ・ビデオ・ウィズ・ノーネーム」として書籍化し、さらに碌星ろくせいらせんの仏教SF「黄昏のブッシャリオン」が書籍化されます。こうした流れは早川書房とKADOKAWAのふたつの出版社が見事にユニゾンして起こったひとつの潮流ちょうりゅうなのです。

 早川書房もウェブ発の小説にアプローチし、すべてが成功したわけではありませんがそうした流れを定着させたのです。

 そのころ、つまり2016年ごろからSF業界もウェブ発を甘く見てはいけないという立場を取り始めます。しかし2018年以降はもとからKADOKAWA自体がSFに強い版元ではないというところからだんだんとKADOKAWA発のSF小説は姿を消します。


 このへんから面白くなっていくのはSFの版元である早川書房とウェブ小説、おもにカクヨムで掲載されている小説との絶妙な距離感でしょう。なにを言っているかというと、たとえば純文学系の公募ではウェブや同人誌に発表された作品はNGであることが多いです。しかし早川書房の主催するハヤカワSFコンテストは投稿サイトに掲載済みでも改稿をして、非公開になっていればOKという比較的ゆるい募集になっているのです。これ、作家からしてみれば、かなりありがたいと思いませんか。なんらかのフィードバックを得てから、改稿して提出できるという点です。

 なので、ハヤカワSFコンテストに出す前にカクヨムでいったん様子を見る作家はいます。

 

 さきほど書いた「SFというジャンルはそもそも、そこに属するレビュワーや評論家、翻訳家、編集者、大学SF研から出てきたレビュワーなどの相互評価によって成り立っているジャンルであると言えます。」というのは、SFに造詣ぞうけいのある人間のギルド的、ファンダム的、コミュニティ的な見方で作品価値が決まるという見方です。

 で、「第44回 なぜいまSFなのか? (1)」で紹介した奥村勝也氏にもういちど登場していただきます。

 なにか見えてきませんか?

 そうです。

 つまりKADOKAWAは優秀なたったひとりのSFを手に入れたのです。これ実は地味なようでいて、すごい話なのです。単なる転職だったかといえばそうかもしれません。しかし、基本的に閉じたコミュニティにいるSFの仕事をしている人間がカクヨムで「ウェブ=SF文芸」という図式の仕事をしているのです。これだけ頼もしい構造になっているのにSFを書かない意味がわかりません。

 さて、そうして形になった宮野優「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」(https://kakuyomu.jp/works/16817139557634186477)、SF界の反応はどうでしょうか。じつはSFマガジンの書評欄で掲載されています。(https://twitter.com/uranichi/status/1674092953588076544)ライターのタニグチリウイチ氏の仕事ですね。こうした相互評価の連鎖れんさが起こるのがいま2023年のカクヨムという場なのです。


 すこし大きな話になってしまいましたね。では私たち、作家は何をしていくのがいいかと言うと、ひとつはSFってどういう小説なのかという問いを立て、学ぶことです。もうひとつは作家同士で良かったことを伝え合い、自身の作品をブラッシュアップしていくことです。やれることはけっこう普通です。しかし、建設的でもっとも明るい道であると言えます。


 参考文献「2016-2018年のウェブ小説書籍化③ SF系ウェブ小説の書籍化と純文学が狙った「足し算」型のウェブ小説|飯田一史」(https://monokaki.ink/n/n51587a3dbcad)

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