第39話

「お前っ! 梨花たちに何をした!?」


 どうやら俺がこの二人に何かをしたと勘違いしているようだ。傍に倒れているゴブリンを見れば、すぐに何があったのか分かりそうなものだが……。


「待って卓也! その人たちは、多分この子たちを助けてくれたのよ!」


 俺を擁護してくれたのは、駆け寄って来た女の方だった。


「え? ……そ、そう……なのか?」


 男から敵意が薄れていく。

 そんな俺たちのもとへ、阿川たちも近づいてきた。


 そして今、ここで何があったのかを説明しようとするが――。


「あれ? もしかして阿川くんと雨流さん? それに……そっちは一年の井ノ海さん、だよね?」


 擁護してくれた女が、阿川たちを見て驚いたような顔でそう言った。


「あら、金沢さんだったのね」

「? 雨流、知り合いか?」

「私のクラスメイトよ。そっちは高岸くんに、斎藤さん、それと……」

「え、えと! わ、私は高岸香苗です!」

「高岸……? もしかして高岸くん、あなたの?」

「ああ、香苗は俺の妹だ」


 雨流のお蔭で関係性が分かってきた。

 モンスターと戦っていたのは、ポニーテールが特徴の金沢と唯一の男子である高岸卓也。そして腰を抜かしている長髪の女子が斎藤梨花で、ショートボブが高岸の妹の香苗。


 雨流が名を知っていた者たちは、彼女のクラスメイトらしい。ちなみに香苗の方は、現在中学三年生で、雨流との関わりはなかった。


「あなたたちも無事だったのね」

「そういう雨流さんこそ。けどそっちの男子は……えと……」

「まあ知らなくても無理はないわ。彼は非常に影の薄い男子生徒だもの。むしろ知っている人も稀じゃないかしら?」

「それだと教師にも認識されてないことになるだろうが。さすがにクラスメイトだったら俺のことくらい知ってるわ。……多分」

「多分なんですね、センパイ……」


 うっせ、ちょっとあれだ! 自信がないだけだ! だからそんな憐れむような目で見てくるなアホ!


「……あ! もしかして君が大枝くん?」

「は? ……知ってるのか、俺のこと?」


 突然俺の名前を言い当てた金沢にビックリした。


「うん。顔は知らなかったけど、大枝くんの名前は結構有名なんだよ?」

「……嘘だろ?」

「本当だってば。だって学園でも特に人気の高い三人を侍らせてる人だもん」

「ちょっと待て! 誰が侍らせてるって!?」

「え? だって有名だよ? 二年で一番の美少女である雨流さんと、一年でアイドル的人気の井ノ海さん。それに全学年の男子で最も可愛いランキング一位の阿川くんの三人を、部室に閉じ込めてハーレムを楽しんでるって」

「おい誰だそんな根も葉もない噂を広げやがったのは!」

「誰かは分からないけど、昼休みに食堂でそんな感じのことを楽しそうに江波先輩が話してるのを聞いたよ?」

「あんのクソ先輩がぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 薄々そうじゃないかって思ったが、やっぱりアイツの仕業だったかっ!


 江波先輩というのは、元部長のことである。天真爛漫で大胆不敵。自分の楽しむことしかしないという俺にとっては危ない性癖の持ち主だ。


「いいか! あの先輩が口から発せられることは九割誇張されてることだ! つまりほとんど嘘! だから信じるんじゃない!」

「え? そうなの? ここにいる人たちって、大枝くんのハーレム要因じゃないの?」


 キョトンとしながら、真相を確かめるように金沢が阿川たちを見る。


「あはは、少なくとも僕は男だし……ハーレムじゃないと思うよ? あ、で、でもツキオのことは大好きだよ! それは絶対だから!」

「阿川……!」


 俺もお前のことが大好きだ! できることなら結婚相手として選びたいが、いかんせん日本の法律が邪魔してしまう。……てかあれ? よく考えりゃ、この状況で法律とか関係なくね? ということは俺は阿川と一生をともにすることが……!?


 俺が人生の勝ち組のルートに入ったと思った直後、現実に引き戻したのは井ノ海だった。

 何と俺の腕にしがみついてきて、とんでもないことを口走ったのだ。


「違いますよぉ! この人は、わたしだけのもので、わたしはこの人だけのものですからぁ! ねえ~、あ・な・た?」


 んな爆撃めいたことを言いやがったのである。

 金沢以外の女子たちは、俺たちを見て顔を赤らめているが、金沢だけは面白いものを見たかのようにニヤニヤとする。


「ちょ、何をお前!? てか離れろ! おい、金沢だっけか? コイツのことも信じるなよ! 歩く虚言みたいな奴だからな!」

「もう! そんなに照れなくてもいいじゃないですかぁ! 何ならいつも二人っきりでしてる過激なアレ、ここで見せつけちゃいますぅ?」


 過激という言葉に何を想像したのか、益々女子たちの顔が真っ赤になる。いや、さすがに高岸も同様に頬を紅潮させてしまっていた。

 そこへ、おほんっと、咳払いが一つ響く。

 その音を出した主である雨流へと、皆の視線が向かう。


「はしたないわよ、雲理さん。それにいつ大枝くんがあなただけのものになったのかしらね?」

「えぇ、そんなにわたしとセンパイの馴れ初めを聞きたいんですかぁ? それともただのヤキモチですかねぇ?」

「くっ……だ、誰がヤキモチなんかを焼くものですか。それにそうやって息をするように嘘を言うのは感心しないわよ。人間としての格が下がるだけだわ。大枝くんだって迷惑しているじゃない。それに彼のような面倒臭いシスコンバカを、あなた程度に制御できるわけがないわ。いいえ、他の誰だって無理ね。そうね、できるとしたらすべてにおいて完璧で、品行方正、文武両道、才色兼備という言葉に相応しい人物ではないかしら? 彼の傍にいる者たちの中で、その言葉に最も適している人物がいるとすれば……まあ、私しかいないのだけれど、大枝くんのような女心の欠片も解さない男が、私と釣り合うわけがないわね。それでもまあ、このままだと彼は一生孤独に過ごすだろうから、泣いて土下座するなら私が泣く泣く傍にいてあげてもいいわよ。泣く泣くね。だからさあ、土下座しなさい、シスコン野郎」


 ……………………泣いていいですか?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファンタジー化していく現実の中で俺は無双していく 十本スイ @to-moto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ