第3話-② 「ネネ、ちょっと下がってて」



 「難しいです。この反応だと、こちらの探索を避ける魔除けか魔術を使っていると思います」

 「どうにもならんか……」

 「でも、次の事件が起きる場所はわかります」


 揺れていた水晶がぴたりとあるところを示す。


 「ここは……。ユスフ家の屋敷があるあたりだな」

 「衛士長。応援を呼びましょう。場所が絞れるのなら、みんなで取り囲んで犯人を捕まえられます」

 「そうだな……。そうしてみるか」


 衛士長が、私に向かって深々と頭を下げた。


 「礼を言わせてもらう」

 「いえ……」

 「君のことは誰にも漏らさない。約束する」

 「はい……」

 「今晩には事件を片づけられる。そうだろ?」


 衛士の人が考え込みながら言う。


 「そうですね……。もう安心させてあげないといけませんね」

 「そういうことだ。ネネさん、また何かあったら協力して欲しい」

 「私にできることなら」


 ふたりが居間から出ていく。エルヴィラさんがそれを見送りながら、いらだちを隠せないでいた。


 「どうせ痛い目にあったらすぐ話すくせに。衛士はどうも信用できないのよ。あの日だって……」

 「エルヴィラさん、私は大丈夫です」

 「もう、ネネは……」


 ノーチがいつのまにか自分の皿を咥えて、私達の前に持ってきた。

 床に皿をそっと置くと、期待に満ちた目で私達を見つめだす。


 「ノーチはえらいな。そうだね。お昼ご飯にしよっか」


 ようやくエルヴィラさんは笑ってくれた。



■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 占いの店『コーシュカ』 1階居間 フェヴルア小月(2月)4日 13:30


 パンと干し魚のスープを食べ終えたあと、私は温かいカップを両手で抱えながら、薄緑色のソファーに座ってぼんやりと考えていた。

 洗い物を終えたエルヴィラさんが、居間に戻ってくるなり、そんな私に声をかけた。


 「何しかめっ面してんの?」

 「どうしてあのふたりはここに来たのでしょうか?」

 「まーた、そんなこと考えてるの?」

 「結果はいつも必然です。結果というものは誰かがそうしたいと思ったことが成したものです。よく占いの先生に言われました」

 「何にも言ってなかったわね、あのふたり。適当に誰かから噂を聞いてやってきたんじゃないの?」

 「そうだと良いんですが……」


 置きっぱなしにしていた砂盤を見つめる。灰の上に置かれた6つの小石……。これは単純な呪術じゃない。あれとこれをつないだら……。

 うーん。試してみるしかないか……。


 指先で魔力をつむぐ。白く光る魔力がほとばしる。小石と小石を犯行が起きた順番になぞっていく。白い軌跡が六芒星を作る。その真ん中上半分は陰の位置。そしてこれから起きる事件の場所は、もう半分の陽の位置。それを閉じ込めるように二重の円を描く。そして、たぶん犯人が魔法陣に刻むと思う言葉を、指先で宙を滑るように書いていく。


 ――滅せよ。滅びよ。沈めよ。閉じ込められよ。汝の希望はただひとつ。漆黒の泥濘へと自らを追い立てること……。


 白い魔法陣が色あせる。黒い泥が軌跡からにじみだし、ぽたりと雫を落としていく。


 ぎゅっと縮む。

 力を凝縮した小さな黒い球が浮かぶ。


 灰が盛り上がった。黒い球の力を押さえようと包み込む。


 パンっ!


 はじけた。


 私とエルヴィラさんは、とっさに顔をそむけた。

 恐る恐る砂盤を見る。灰が少し飛び散っているだけで、とくに何もなかった。


 ありがとう、みんな……。

 灰に宿るみんなのおかげで、私たちには被害がなかった。


 エルヴィラさんがまだびっくりしながら、私にたずねた。


 「なに、いまの? どういうこと?」

 「これはあとひとつ汚れた魂を捧げれば完成する魔法陣なんです。呪う相手を自殺に追い込む魔法と言うか……。この真ん中にさっきの何万倍もの呪力が集まります」

 「そこって……。北の離宮、雪華の宮じゃない?」

 「そうですね……。たぶん狙われているのはオリガです」


 ふはーという大きなため息をつきながら、エルヴィラさんが天を仰ぐ。


 「またか……」

 「今度の呪いは力が強すぎます。起動に7日もかかる大規模なものです。王家の結界ですら防げるかどうか……」

 「心配っちゃ心配だけど……。まあオリガ妃殿下も微妙な立場だしね。結界にこっそり穴を開けられないともかぎらないし」

 「ええ……。少し手伝ってもらえますか?」

 「いいよ。どうすればいい?」

 「砂盤に手を添えてください。刺された猫に聞いてみます」

 「よしきた」


 ふたりで砂盤に手を置く。すぐに灰が震えだす。灰が猫の形になった。とてもおびえている。私が話すことを許す前に、その灰の猫は叫び声を上げた。


 「いやあああああ!」

 「大丈夫。安心して」

 「でも! レフが死んじゃう!」

 「落ち着いて。レフは飼い主のこと?」

 「うん! ああ、たくさんの手がレフを引っ張ってる……、もうダメ……。なんで……。死んじゃやだ……。やだよ……」

 「誰かそばにいる?」

 「女の人。でももう人じゃないの」

 「人じゃない?」

 「人の形じゃないの……。ああ、私、言われた人を殺さなきゃ……。でも、それもいや……。いや……」


 灰が崩れていく。形を保てなくなる。


 「あなたに安寧と永久の安らぎを……」


 人の形をしていない。それは……魔族かもしれない。

 エルヴィラさんが、厳しい表情で砂盤を見つめたまま、言葉を漏らした。


 「許せないな……」

 「そう……ですね……」


 外の扉がコンコンと叩かれる。

 私達は玄関へと向かう。新しいお客さんかな? エルヴィラさんが扉を開いた。


 さっきの人たちとは違う、衛士の格好をした5人の男がそこにいた。

 男たちは傘もささず、冷たい雨に打たれたままでいた。


 雰囲気がおかしい。エルヴィラさんが慎重にたずねた。


 「何の御用でしょうか?」

 「いえね、ちょっとお話しを……」

 「さっき他の衛士さんが来てましたよ」

 「ああ、そいつは同僚なんだ。そうだ。忘れ物したらしくて。家へ上がってもいいかな?」


 その男たちは、じっと私達を見つめていた。


 雨粒が唇に伝わりあごの先から下へ雫が垂れていく。

 それでも男たちは身動きひとつせず、私達を見つめていた。


 ノーチが「ぼふっ!」と後ろから吠えた。

 エルヴィラさんが腕を伸ばし、私をかばう。


 「ネネ、ちょっと下がってて」


 5人の体が膨らんだ。それは生き物としてでたらめな形になる。足には無数の小さな足があふれ、腕には無数の小さな腕が生える。顔にはたくさんの目が浮かんでいた。

 エルヴィラさんが叫ぶ。


 「低級魔族ごときが! おまえたちはダンジョンの奥にでも引っ込んでろ!」

 「言うねえ」


 下卑た笑いを男たちは一斉に浮かべる。

 何本もの細い腕が背中から突き出た。その腕の先を鋭い鎌のようなものに変化させる。


 ノーチが私の服を噛み、後ろへ引きずり倒した。私がいたところに鎌が風を切ってやってきた。

 エルヴィラさんが、その刃を背中越しに指でつまむ。動かせない。それを背中から前の方に持ってきてひねり上げた。そのまま力を一気に込める。腕がねじ切られた。黒い血が道端の雪に飛び散り、雨に流されていく。


 「あんたたち運がないね。これでも私は王家直属の武装メイドだったんだよ」


 顔色を変えた魔族たちが、一斉に飛び掛かってきた。


 「刀を!」


 エルヴィラさんに叫ばれて、私はあわてて家の中に戻る。廊下にかけてあった一振りの刀をつかむと、エルヴィラさんへ放り投げた。

 防御結界の魔法陣で魔族の猛攻を防ぎながら、エルヴィラさんは後ろ手で剣をつかんだ。


 「ありがとう、ネネ」


 刀を前に回す。鞘を抜く。反った刃が雨粒に濡れる。


 私は玄関の陰からそっとのぞき、エルヴィラさんを見守る。


 「ぶっ殺す」


 それは神速だった。



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