ノーチと私と貴族の息子の母だったニャンコの話

第2話-① 「私、この子に呼ばれたんだね……」


■アシュワード連合王国 北都グレルサブ センナヤ通り 新年市 ジニア大月(1月)1日 12:00


 センナヤ通りは、その昔には魚市場があって、いまでもその名残で塩漬けや干物を扱う乾物屋さんがぽつりぽつりとあった。普段は人も少なく寂しいところなのに、今日はたくさんの露店が、通り沿いにみっちりという音がしそうなぐらい並んでいた。


 簡単な木組で作られた露店は、それぞれにカラフルな布の屋根を載せていた。昨日の雪が積もりぽわんと垂れ下がっているのを、店の人が中から棒で押して雪を下へ落としている。それを私はじっと見つめていた。

 振り返ると、行き交うたくさんの人たちがはしゃいでいる。露店を巡りながら、売られている木の彫り物を見たり、串焼きを食べたりして楽しんでいる。


 みんな幸せそう……。なのに、私は……。

 きっと喜ばないといけないんだろうな。


 いい匂いがする。これは肉を焼いている匂いかな? それとも魚かも……。

 ノーチがひはひは息を荒くして、舌を出している。白い息がふわふわと漂う。


 「ノーチは食いしん坊さんだね」


 そうだよと言わんばかりにノーチは「ぼふっ」と低く吠えた。


 人に押されながら通りを歩く。

 ノーチのおかげで人が避けてくれて、その隙間から露店で売っているものを探すことができた。


 これはコケモモの飴……、これは飴だけど、はさみで木の形に作った飴細工……。


 エルヴィラさんに言われたりんご飴が、なかなか見つからない。

 通りの半分まで来たところで、私の体は音を上げた。頭痛とめまいが襲い掛かる。


 「ごめん、ノーチ……。ちょっと座りたい」


 人に酔ったのかもしれない。

 露店の隙間を通り、知らない家の階段のところに座らしてもらう。


 ノーチがそばにやって来る。私に体をくっつけながら、その場でお座りをした。

 深呼吸をする。冷たい空気が体を巡る。少し気分が安らいだ。


 膝を抱えながら、露店越しに行き交う人たちを見つめていた。

 男の子、心配する母親、手をつないだ男の人と女の人、私と同い年ぐらいの女の子たち……。


 「私ってだめだな……」


 息を吐く。それは私のあきらめたような想いといっしょに、白い煙となって消えていった。

 落ち込む私へノーチがもぞもぞと身を寄せる。その温かさが私を少しだけやさしくしてくれた。


 しゃん。

 しゃんしゃん……。


 鈴の音がした。心地よい音だなって思った。視線を落とす。ふさふさとした白と茶の毛の猫が前を歩いていた。なんかこう……とても綺麗な猫。ガラス玉のような青い瞳が、一瞬だけ私を捉える。


 「寒くないのかい、君は?」


 猫はそれに返事することなく、私を気にせず歩いていく。人々が歩く通りを横切っていく。


 あれ……。

 大勢の人がいるのに、誰も目の前の猫に気がつかない。


 「ねえ、ノーチ。あれはどっち?」


 ノーチが立ち上がった。私の袖を噛んで一度だけひっぱる。それから鼻をひくひくとさせると、通りの向こうに行ってしまった猫を追いかけていった。突然犬が出てきて、びっくりしている人々の間を歩いていく。


 「やっぱり、私にしか見えていなかったんだね」


 立ち上がると、ノーチのあとを走って追いかける。家と家の隙間を、その影を何度も過ぎる。家と家の角を何度も曲がる。鈴の音が聞こえてきた。ノーチが「ぼふっ!」と吠える。


 ノーチが軒下で止まっているのが見えた。駆けつける。激しい息が耳にうるさい。膝に手を置き、苦しくてどうにかなりそうなのを耐える。だって目の前には……。


 「……ああ。そうだね。私、この子に呼ばれたんだね……」


 そこには、雪溜りの中に半分埋もれるようにして、美しい猫が亡くなっていた。



■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 占いの店『コーシュカ』 ジニア大月(1月)1日 13:00


 「ああ、おかえりネネ。どうだった?」


 玄関でコートを脱ぎながら、私はエルヴィラさんに詫びた。


 「ごめんなさい。買い物袋を汚しました。あとで洗います」

 「え、どうしたの?」

 「猫が通りのそばで死んでて」

 「あ? この中、それ?」

 「はい……」


 エルヴィラさんに怒られると思った。りんご飴も変えなかったし、ましてや死んだ猫を持ち帰ってきて……。


 「しょうがない奴だな。薪いる? 中庭はちょっと雪避けといたから」

 「……ごめんなさい」

 「それはいいよ。早く月に送ってあげな」


 微笑むエルヴィラさんが、私には怒られるよりもつらく感じた。なんでだろう……。私は涙があふれる前にやることを急いだ。

 廊下を進み、突き当りの小さな台所に出る。棚の下から小さな薪をいくつか取り、中庭へ続く小さな扉を開ける。冷気が吹き込むと、1本の大きな木と、家の壁に囲まれた小さな庭が見えた。

 エルヴィラさんは扉が開けられるように、その周囲の雪だけ片づけたようだった。扉から少し離して、薪を重ねるように置く。


 「ごめんね。あと少しだから」


 猫の遺体を買い物袋から取り出すと、薪の上に置いてあげた。木の枝でできたベッドで寝ているように見えた。

 手を前に掲げる。それから印を作って指先を素早く動かし、細かく織り込まれた白い魔法陣を6つ作る。魔法陣は静かに落ちると、寝ている猫の周りを囲った。


 「この者にとこしえの安らぎを。月の導きがあらんことを」


 魔法陣が燃え出す。お互い反射しあって、遺体を強い炎で包み込む。やがて立ち上った白いの煙が、そっと冬の青空へ吸われていった。



■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 占いの店『コーシュカ』 ジニア大月(1月)1日 15:00


 私が猫を送っている間に、エルヴィラさんは砂盤を居間に出してくれたようだった。私は手にした白い紙を砂盤の上で傾ける。拾い集めた灰と小さな骨がさらさらと下へ落ちていく。


 鈴の音がした。


 「何か心残りがあるのかな……」


 足元がくすぐったい。さっきの猫が私の足に体をなすりつけている。姿がまだ見える。まだ、はっきりと……。


 エルヴィラさんがあたたかいお茶を持ってきてくれた。たくさんある椅子のひとつをテーブル代わりにして、湯気の立つカップを置く。


 「いるの?」

 「はい……。鈴の音、聞こえます?」

 「ううん。でも、きっといるんでしょう?」


 エルヴィラさんが薄緑色のソファーに座る。猫もソファーに飛び乗り、その隣で礼儀正しく座った。


 「ええと……。隣に座ってます」

 「そうなの? なでてあげたいな……」


 そう言うとエルヴィラさんが右手で何もないところをなでるようにした。

 猫が少し動き、その手に触れるように体を合わせる。それからゴロゴロという機嫌の良い音を立てた。


 「いま、ちゃんとなでられています」

 「そっか。良かった……」


 優しい顔をしてエルヴィラさんが、目には見えない猫をなで続ける。


 「砂盤を使えば声を聴けますけど……」

 「いいよ。ネネの魔力を使っちゃうだろ?」

 「はい……」

 「あんただけでもいいから、この子の話を聞いてあげて」


 私は「わかりました」とうなずくと、猫に手をかざしながら呪文を言う。


 「我は玉折なる汝の主人である。我が我を持ってして汝に語ることを許す」


 猫が私のほうを向いた。青い瞳が私をまっすぐに捉える。


 「私はアドラスの母親です。どうか! どうか、アドラスを、私の息子を助けてください!」



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