第1話-終 「許してとは言わない。君がまた生を受けたら、私を殺しに来て」


 私は手のひらをまっすぐ彼女に向ける。

 白い魔法陣が幾重にも広がる。


 「我は冥獣の王なり。我にあだなす者に罰を! ……ごめん、みんな。助けて!」


 雪が形を作る。道の上にぼこぼこと形ができる。それはすぐに犬や猫の形になった。

 それは死霊術による召喚魔法。近くで亡くなった子たちの霊を呼び寄せ、雪でできた仮初めの体へ憑依させて使役する。ううん。使役じゃない。私はこの子たちにお願いをしているだけ。


 雪でできた犬猫達が彼女へ一斉に飛び掛かる。手で叩く。足で蹴る。もろくも体は崩れるけれど、すぐに別の体を得て、反撃する。氷でできた牙が、彼女を少しずつ追い詰める。


 「ええい、やっかいな!」


 彼女が呪う。胸元の顔が一斉に叫ぶ。溶けろ、爆ぜろ、消え失せろ……。

 ボンという音を立てて、白く爆発した。彼女の周囲にあった雪が蒸発した。漂う白煙の中から笑い声が聞こえた。


 「あはは。私、わかっちゃった。さっきから動物霊ばかりだし。きっと人の霊を召喚できないんだ。なんだ、この……。半端物が!」


 あっという間だった。黒いもやが立ち上る剣が足元に刺さり、円形に取り囲む。


 ……動けない。動きを封じられた。


 「私に歯向かおうとしたおまえが悪い!」


 彼女の胸元にある口から大きな悲鳴が轟き、私の耳をつんざく。


 いびつな形をした大きな黒い剣が彼女の前に形を作る。あちこち生き物の血管のようなものが浮いて脈動しているのが、ここからも見えた。


 「呪われよ!」


 私に向かって剣が飛び出した。


 ノーチが吠え、それに飛び掛かる。剣を咥えると、大きな体をねじるようにして組み伏せた。何度も転がり、頭をぶんと振り、叩きつけるようにして呪いを砕いた。


 「なんだと! く、来るな!」


 何度も呪いの剣を投射する。それをすべてノーチは噛み砕く。何度でも。ノーチが距離を詰める。恐怖に顔を歪ませた彼女へ、大きな体で飛び掛かった。


 「殺しちゃダメ!!」


 ノーチは後ろの首筋を噛み、ぐるんとまわすようにして彼女を地面に引き倒した。そのまま胸の上を前足で押さえつけた。胸元にある顔達はノーチの大きな足で踏まれ、口をふさがれた。


 私を押さえていた呪いは、黒い霧になって散っていった。動ける。逃れようとまだ暴れている彼女に、私は近づく。


 「離せ! 殺してやる!」

 「教えてください。あなたの黒幕を。呪う方法を授けたのは? 私のことを教えたのは誰ですか?」

 「……教えない」

 「私の父ですか?」

 「誰それ」

 「イグナチェフ公爵です」

 「ふふ、本当は知ってる」


 やっぱり父の仕業か……。


 「教えてください。あなた達は何を企んでいるのですか? 呪いを強くすることで、王家を、そして連合王国そのものを転覆させようとしているんですか?」

 「知らない。知ってても教えない」

 「リシチュカはあなたのために死んだんですよ!!」


 私の沸騰した怒りを、彼女は笑った。


 「ふふ、あはは! 尊い犠牲って奴なんだよ。そんな悲しい話だったってこと。だって私が主人公なんだからっ!」


 ノーチが飛び退いた。それを見て私もとっさに後ろへ後ずさった。


 パンッ。


 彼女の体がはじけた。

 臓物のひとつひとつが丁寧に細かい肉片へと変わった。


 汚れた雪の上に、赤黒いものが降り注ぐ。


 口封じ。それとも……。


 メガネにかかった血しぶきをコートの袖で拭う。彼女の血が薄く広がるだけだった。

 私は小声で空に向かって詫びた。


 「ごめん、リシチュカ。君の大切なお姉さんを殺しちゃったよ。許してとは言わない。君がまた生を受けたら、私を殺しに来て」


 雪でできた子犬が私の足に身体をなすりつける。そしてすぐに崩れていった。


 命ってなに……。

 なんなの……。


 悔し涙があふれる


 私は父を許さない。絶対に……。

 魔族を称え、幾多の人を操り、ノーチと私を貶めたあの人を……。


 震える手を握りしめる。

 いつまでもそうしている私に、ノーチがコートの袖を噛んで引っぱり「くぅん」と寂しそうに鳴いた。


 「そうだね、ノーチ。おうちに帰ろうか」



■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 占いの店『コーシュカ』 デケンブリ大月(12月)16日 6:00


 玄関の扉をそっと開ける。すぐに温かい空気があふれた。どうしてだろう。暖炉の炎は寝る前に落としたはず……。不思議に思っていると、エルヴィラさんの声が居間のほうから聞こえてきた。


 「ああ、やっと帰って来た」


 あわてて居間のほうにいくと、薄緑色のソファーに毛布をかぶって寝ていたエルヴィラさんがいた。私を見ると、あくびをしながら体を起こす。


 「ネネ、どうしたの? ひどくぼろぼろだね」

 「その……」

 「寒かったでしょ? そう思って暖炉の火を絶やさないようにしてたから」

 「……ごめんなさい」

 「嘘吐き」


 それからエルヴィラさんは私に微笑んだ。


 「まあ、座りなよ」


 私は怒られることを覚悟して、エルヴィラさんの隣に座る。でも、それは少し違っていた。エルヴィラさんは毛布をばさっと私にかけると、想いを願うように言った。


 「ネネ。たまには私を頼って欲しい」

 「でも、普段からあんなに頼ってて……」

 「あんたほどじゃないけどさ。私だって結構強いんだよ」

 「知ってます……」

 「だからさ。ひとりで抜け駆けすんなってこと。寂しいじゃんか」


 エルヴィラさんは困ったように笑っていた。


 私はエルヴィラさんの指先を、そっとやさしく握った。

 それはいろいろな感情がしたけれど、エルヴィラさんへの贖罪なんだと自分では思った。


 「……いまはこれだけ頼ります」

 「いいよ、それで。それだけでもさ」


 エルヴィラさんが私にやさしく微笑む。

 私はぎこちなく笑い返す。

 揺れる暖炉の炎がそんなふたりを温かい橙色に照らしていた。


 ノーチはそれをじっと見つめていた。



■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 占いの店『コーシュカ』 ジニア大月(1月)1日 11:00


 新しい年は誰にでもやってくる。それは死に近づくことでもあるのかな。年を越えられなかった人や生き物たちは、私をどう思っているのかな……。

 そう、私のお母さんとか……。


 庭でさっき取ってきた若木を暖炉にくべると、ぱちりぱちりという小気味の良い音がした。炎を守る見えない妖精たちに「今年もよろしくお願いいたします」と感謝の礼をしていたら、エルヴィラさんがやってきた。


 「年迎えの儀式、もう終わった?」

 「はい。台所のほうもしておきました」

 「ありがとうね。それでさ」


 エルヴィラさんが買い物用の布カゴを私に手渡す。


 「今年はセンナヤ通りで市が立ってるんだって。去年は行けなかったからさ。ネネだけでも行ってみなよ」

 「いえ、私は……」

 「思い詰めてばっかりじゃだめだよ。あ、りんご飴のおみやげ、よろしくね。いちばん赤い奴で」

 「でも……」


 黒いしっぽをぐるぐるとまわすように振ると、ノーチは「ばふっ!」と嬉しそうに吠えた。それから私の袖を噛んで引っ張る。


 「ほら。ノーチはわかってるし」

 「わかったよ、ノーチ……。エルヴィラさん、ごめんなさい」

 「楽しんできな」


 すぐに支度すると、ノーチと私は雪が積もる灰色の街へと歩き出した。



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反響が大きければ連載させていただきます!

続きは4/20までにもう2話ぶん公開できたらと思っています。

お父さん出てきたり、ノーチちゃんは実は……。

よろしくお願いいたします。(*- -)(*_ _)ペコリ

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