第1話-④ 「あなたの役どころは賢者? それとも愚者?」


 「呪いが成就されるたびに誰かの噂話となり、それが別の誰かの恐怖を生み出す」

 「それでは転がる雪玉みたいに恐怖が膨らんでしまいます」

 「そうだ。これからも呪いでの殺害は続けられる。人々の恐怖を餌に力を強め、いままで抗力があった呪い返しぐらいでは、抑えられなくなるぐらいに」

 「それが狙い……」

 「はっきりとそうだとはわからない。貴族、王家、教会、そして魔族……。誰が誰を呪い殺そうとしているかもわからない。でもな。いまは、ひとつだけ確かなことが言える」

 「……なんですか?」

 「おまえはこの呪いを調べようとしている。気づいた者がおまえへ会いにやってくるぞ」


 ことりと置いたカップの音が私を責める。これ以上心配させないでくれと、フェリクスが奏でている。


 「……私はそれを望んでいます」

 「そんなことを言うな」

 「いまの暮らしを守りたいんです。占い師として生きるしかなくなった私には……」

 「考えろ! 生きていくためには頭を使わなければならない。おまえも僕もそうなんだぞ」

 「わかってます、それぐらい。でも私は……」

 「僕はあきらめていない。一緒に暮らして、こんな心配の種をいつか全部無くす」

 「私はあきらめています。だって私はもう……」


 気まずい空気が流れる。

 こうして身分が違う兄に会えるだけでも奇跡に近い。

 こうして兄に心配されるだけでもじゅうぶんなのに……。

 こうしてノーチといっしょに生きているだけでも……。


 女主人が私の前に湯気が立つカップを置いた。


 「ミルク、置いとくね」

 「ありがとうございます」

 「はい、ノーチちゃんも。人肌ぐらいの温かさにしといたからね」


 しっぽを大きく振りながら、すっかりノーチ専用になった白い皿を舐めていく。

 女主人がしゃがみこんでノーチの背をなでる。しっぽをますます大きく振り出す。


 ノーチが喜んでいる。この光景を取り戻すために私がしたことは……。そうだね。私は大勢の人を犠牲にした。きっと悪人なんだと思う。兄であるフェリクスにとっても……。


 わかっていないのは私のほうなんだろうな、きっと。

 でも、わかってしまうのは……。


 だから私は兄にひとつだけお願いをした。私らしく、悪人らしく、狡猾なお願いを。



■アシュワード連合王国 北都グレルサブ スネグラチカ通り近くの路地裏 占いの店『コーシュカ』 デケンブリ大月(12月)15日 17:00


 夜に向かう空は、風が強くなっていた。コートのフードをかぶりながら、雪のつぶてを防ぐと、風の音がやさしくなった。


 家に着き、エルヴィラさんにすぐ玄関の扉を開けてもらう。雪が吹き込むので、ノーチが中に入ると急いで扉を閉じた。


 ノーチはその場でお座りをして、足を拭いてもらうのを待っていた。

 私は雪で濡れたフードを降ろしながら、エルヴィラさんに言った。


 「フェリクスは私のことを他の人へ教えていないそうです」

 「変ね……。あの人は、ほかのお客さんから聞いたのかしら」

 「それならフェリクスの名前を出さなくても良いはずです」

 「うーん、それはそうだけど……。ねえ、ちょっと。もしかして私達まずいことに巻き込まれている?」

 「はい、私もそうかなと……」


 閉じたはずの扉が開く音がした。エルヴィラさんが私の後ろに向けて言葉をあげる。


 「すみません、お客さん。今日はもう……」

 「つまらないわ」


 その声を聴いて、思わず振り向いた。金髪を優雅に束ねた少女が、私達をすり抜けて家に入っていく。濡れた赤いコートを脱ぐと、それを驚いたままでいるエルヴィラさんに押し付けた。少女は言葉を続けながら暖炉がある居間へと向かう。


 「唐突に現れた人物が、そこにいる人たち全員と戦ったほうが面白いのなら、それまでに紡がれた物語はつまらないものだとよく言いますけれど……。さて、この物語はどうかしら?」


 少女は居間の中に入る。けれど忘れ物があったように入り口から顔を出し、私に向かって少女はたずねた。


 「あなたの役どころは賢者? それとも愚者?」


 少女は笑うと、居間の中へと再び消えた。

 私は追いかけるようにして少女がいるところへ向かう。居間に入ると、その少女はぐるりとあたりを眺めていた。


 「占いの店だと聞いてきたのに、異国風でもないし、これじゃ普通の平民の家じゃないの。本当につまらないわ」

 「あの……」

 「私なら、南方風にするわ。アサラーム産の奇怪な模様を織り込んだ壁掛けをかけて、あちらの木々を……。ああ、違うわ。黒を基調にして、もっと神秘を感じさせるようにするべきよ」


 そんな部屋ではくつろげない気がする。

 困惑している私へ少女が腕を伸ばす。そのまま私の胸ぐらをつかむと、ぐっと顔を引き寄せた。


 「言え。私は怒り狂っている」


 ノーチがとととっと早足でやってきた。がばっと立ち上がると全身で少女に覆いかぶさった。少女は「ふぎゃ」という変な声を出して床に押し倒された。銀糸が入った高価そうな深紅の服を、ノーチは汚れた足で遠慮なく踏み、少女が動けないように押さえつける。それから嬉しそうに顔をべろべろと舐め出した。


 「こ、こらっ! ちょっと止めて。もう、なんなの!」


 私はノーチの背をぽんぽんと叩く。


 「やめなさい、ノーチ」


 しっぽをぶんぶんふりながら、ノーチは少女から名残惜しそうに離れた。私のそばにお座りすると、まるで捕まえた獲物を主人に披露しているように得意げな顔をしていた。


 少女は身を起こすと、そばの椅子につかまりながら立ち上がった。ポシェットからハンカチを取り出し、すぐに顔をごしごしと拭く。


 「不愉快です」


 私は少女に頭を下げて「申し訳ございませんでした」と詫びる。すると、少女が今までと違う真剣な表情を私へと向けた。


 「そうだ。あなた」

 「なんでございましょう?」

 「今夜、お化けが来ますよ」


 そして視線をそらす。寂しそうな表情を少女は浮かべていた。


 ……ありがとう、オリガ。


 私はオリガにだけ届くぐらいの小さな声でつぶやいた。


 「アンナ・ペトローヴナ。金髪、灰色の瞳、白い肌。20代ぐらい」


 オリガの口元がにやりと歪む。それから何かをごまかすように、大げさな手振りで大げさな声をあげた。


 「すっかり汚れてしまいましたわ。まったく。この店はなっていません。これでは占いといってもたいしたことはないでしょう。他の店に行くことにします」


 それからポシェットに手を入れると、今度は香水の瓶を取り出した。


 「この家の匂いはどうにもなじめません。これでもお使いなさい」

 「ありがとうございます」


 それを受け取ると、コンコンという音が聞こえた。振り向くと、無精ひげにまみれた垂れ目の男が、開いていた部屋の扉のほうから見ていた。


 「済んだかい、お姫さん」


 オリガがにっこりと笑う。


 「ええ、レオニード。もう用事は済みました。他の店へ行く前に屋敷へいったん戻ります。舐められた顔を拭いたいです」

 「わかった。ああ、ふたりとも。邪魔したね」

 

 私が「いえ……」とあいまいに返すと、ノーチが代わりに「ぼふっ」と低く吠えて、本当にその通りだ……みたいな返事をした。


 エルヴィラさんが垂れ目の男のそばに来ると、キッと睨んだ。


 「なんでいるの?」

 「ふふ、さてね。またな、エルヴィラ」

 「は? 本気?」


 垂れ目の男が苦笑いする。それからオリガをエスコートするようにして、玄関のほうへ去っていく。やがて扉が閉まる音が聞こえた。

 エルヴィラさんが頭を掻き上げながら怒り出す。


 「またな、じゃないって。オリガ妃殿下まで連れてきて」

 「元気そうでしたね、オリガもレオニードさんも」

 「まったく。ここに顔出しちゃダメだって言ってるのに、うちのぐうたらアホ先輩は……」


 そばに来たノーチの頭をなでながら、私はエルヴィラさんに言う。


 「さっきフェリクスに、王家へ呪いの使用について警告を出すようにお願いしました」

 「ああ、だから来たの?」

 「いえ、違います。私は3日後に警告を出して欲しいと頼みました」

 「はい? じゃ、なんでいま来たの?」


 青白い私の顔が、湧き上がる恍惚に歪んでしまう。


 「これでわかりました」


 私は椅子に座ると、暖炉の炎を見つめながら言う。


 「貴族の娘が、私のところにやってきて、消えた犬と話したいと願いました。呪いの身代わりで亡くなった犬がいました。調べ出すと、王家から私達に知らせが来ました。それもすぐ直接に」

 「今日起きたのは、そんなとこね」


 エルヴィラさんが私のそばに来る。私はその姿を見ずに話を続ける。


 「まず王家は何かを探している、または警戒している最中だったのでしょう。そこに私が引っかかった」

 「……まあ、そうなるわね。でも、どうして?」

 「お化けはオリガと私が決めた暗号です。それは魔族を意味します。これって私達に関係深いことですよね?」

 「ああ、そういうこと? あのクソ親父のせい?」

 「イグナチェフ公爵と魔族には私達も関わりがあります。王家が私とフェリクスを監視していても不思議ではなくて……。呪いの話もどこかで聞かれたはずです」

 「あいつらめ……。そんなこと一言も……」


 ノーチが座っている私の膝にぽすんと頭を預けた。私は要望通りになでてあげた。


 「エルヴィラさん、たぶん王家はあわてたと思います。私達のところに調べていたものがやってきた。私達に監視のことがバレても知りたかった」

 「それがあのお客さん?」

 「はい。あの人は私が亡くなった犬と話せることがわかってました。そのことを誰かに教えてもらったのです。だから不安になって、ここにやって来たんです」

 「うーん。つまり、どういうこと?」


 私はエルヴィラさんへ振り向く。暖炉の揺れる炎に照らされた彼女に、考えてみた真実を告げる。



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