第34話 妖刀事変【1】


 天文14年(1545年)。


 そこは名も無い小さな神社であった。

 境内では巫女服を着た20代ほどの女性が箒を片手に掃除をしていた。

 どこか神秘的な雰囲気を醸し出している女性は、陽気に鼻歌を口ずさむ。

 神社を囲うように生えている木の1つが、風が吹いていないにも関わらず音を立てた。


「おらぁあああああ」


 少年は声を上げ、木刀を振り上げた状態で女性へ向けて木の上から飛び掛かった。


「甘いねえ、少年」


 女性は手に持っていた箒で木刀を弾き、箒を一回転させると、少年の鳩尾へ箒を先端を突き立てた。

 木から飛び降りてきた勢いがあった事からも、鳩尾への一撃は少年へ大ダメージを与える事になる。

 少年は咳き込みながら、あまりの苦しさに手にしていた木刀を地面に落とし、鳩尾を両手で押さえた。


「まったく。巫女に対して木から襲いかかるなんて……。そんなのだから、『尾張の大うつけ』と、周りから呼ばれるんだ、吉法師クン」


「……ぐっ。ぅうう。俺だって、襲う相手は選ぶぞ」


「いや、選んだ末になんで襲う相手が私なの?

愛と平和をこの上なく願っている一般神の私を襲うだなんてさ。

バカなのかな? バカだよね。

そんな事を続けるようなら、神罰として将来、家臣の反乱にあって死ぬ呪いをかけちゃうゾ」


「う、や、やめろ。輝夜。お前が呪いとか言うと、本気で呪われそうだ」


「ふふふふ」


 阿頼耶識輝夜は、黒いオーラを出しながら笑顔で吉法師に言った。


「ま、私は宇宙のように心が広いから、そんな呪いはかけたりはしないけど!

そもそも毎回毎回、なんで襲ってくるの」


「――刀」


「うん?」


「この神社に奉納されている刀をくれ!

輝夜が本殿に保管されている刀を振るっているのを見た!!

一目みたいだけで、俺はあの刀と出会うために、此処に来たんだと感じたっ」


(……この子、アレに魅入られちゃったかあ)


 輝夜は目を輝かせて、見た刀がどんなに素晴らしいか語る吉法師を見て溜息を吐いた。

 本殿に奉納している刀は、妖刀と呼べる一品である。

 あれは輝夜が、神々の権能を全て注ぎ込み本気で造った刀。これよりも後の世であれば「最上大業物」に分類される物だ。

 ただし、あれは斬る事や破壊する事の概念を詰め込みすぎた事で、使用者を不幸にしかしない物だと判断した輝夜は、悩んだ結果、この神社の奥の本殿に奉納することにした。

 破壊するという選択肢はあった。

 しかし制作者の輝夜は、自らが造ったという事を抜きにしても、その見事さから、破壊を躊躇ってしまったほど。


「分かった分かった」


「お、それじゃあ、アレをくれるのか!?」


「駄目だよ。

……吉法師クン。アレを扱うには、まだ若い

今渡したところで、あの刀に乗っ取られて、この辺り一帯の生きとし生けるものを全て殺してしまうがオチだね」


「……じゃあ。どうしたら、あの刀をくれるんだ」


「諦めるという選択肢は」


「ない!!」


 吉法師は胸を張って言った。


(この子――面倒くさっ)


 呆れたように輝夜は溜息を吐いた。

 このまま放置していた場合、盗みに入られて知らない内に大量虐殺という事になったら目覚めが悪い。


「……しょうがないか」


「お。くれるのか!」


「一々、襲われるのはイヤだしね。

とはいえ。タダではあげられない。条件がある」


「条件?」


「吉法師クンの格を見せてくれればいいよ。

……そうだね。今川を倒すことが出来たら、あの刀を贈呈しよう」


「本当だな!」


「私は『嘘』は付かない。

そろそろ元服……大人の仲間入りだ。

あの刀が欲しかったら、鍛錬を積んで頑張って今川を倒してみることだよ」


「ああ。……っと、そろそろ城へ帰らないと、喧しいのが来そうだ」


 神社の外からは大人達の声が聞こえてきた。

 どうやら吉法師を探している人達のようである。

 吉法師は頭を掻きながら、面倒くさそうに神社から去ろうとした所で振り返り輝夜に聞いた。


「なあ輝夜。あの刀の銘はなんだ?」


「……第六天魔王」


「気に入った。絶対にあの刀は、俺が貰い受けるから、綺麗に保管しておけよ!」


「はいはい。期待せずに待っておくよ」



 後に吉法師こと織田信長は、桶狭間の戦いにおいて今川義元を斃した。

 そして輝夜は嘘付けない性質のため、封印していた妖刀「第六天魔王」を信長へ渡すことになる。。

 妖刀「第六天魔王」を飼い慣らした信長であったが、古今東西の伝説にあるように、魔剣・妖刀所持者は不幸になるというジンクスは例外では無く、最後は天下統一ならずに本能寺の変で命を落とすこととなる。


 そして月日は流れた。


 現代、日本。

 東京都西多摩郡某所。

 舗装もされていない、草木が覆い茂った森の中に社がポツンと建っていた。

 ただ普通の社とは違い、社自体に鎖が巻かれ、札が幾重にも貼られている。


「な、なあ、本当に壊すのか?」


「当たり前だろ。その為に、奥多摩まできたんだぞ!!」


「でも、本当にあるのか。この中にお宝が――。

無かったら、俺達に待つのは」


 20歳から30歳ほどの青年3人の手には斧などが握られている。

 パチンコや風俗、地下カジノで無計画に散財をした挙げ句にヤミ金にまで手を出して金を借りてしまった3人は、藁にも縋る思いで国宝級の宝物があるとされる場所までやって来た。

 強盗などをする勇気の無い3人が短期間に金目の物を手に入れるには、窃盗などの悪事をするしかない。

 しかも借金は膨大。

 ただの窃盗では焼け石に水の状態だ。

 ネットの噂程度の信憑性だったが、藁にも縋る思いで多摩郡までやって来て、目標の社を発見したのだった。


「行くぞ!」


「あ、ああ」


「やるしか、ないな」


 3人組は手に持つ獲物で、社を囲っている何十もの鎖へ叩き付ける。

 金属と金属がぶつかりあう音が、激しく森の中に響き渡った。

 幸い今は深夜で、音が聞こえる範囲に家などはないため、問題は無かった。

 もし、周辺に民家でもあり、その民家の住人が警察に電話していれば、違った未来があったことだろう。


「よしっ。壊れたぞ」


「こっちも、大丈夫だ」


「それで入れるな」


 鎖は無残に地面に落ちた。

 三人はライトで照らしながら、社の中へと入る。

 社の中には、1つを除き何もなかった。あるのは刀が一振り飾られているだけ。


「刀が一本だけかよ!! 本当に国宝級なんだろうなっ」


 3人の内、リーダー格の男は飾られている刀を無作為に掴むと、柄を握り抜刀した。

 長年、手入れをされていなかったにも関わらず、まるで新品のように妖しく煌めく刀身。


「……? 清、い、ち」


 抜刀して刀身を見たまま動かない青年の名前を呼んだ一人の頸が地面へ落ちた。


「お、おい。ど、どういう、つもりだ。

換金して、三人で、分け合、う、」


 文句を言ったもう一人も、最後まで文句を言えずに頸を落とされた。

 社の中、頸を落とされた二体の死体が転がる。

 青年は気にすること無く社を出た。

 眼は深紅に染まり眼球結膜は白から黒に変わっている。

 社から出た青年は、振り返ると刀を横に振った。

 すると社は幾重にも切り刻まれた跡が発生し、音を立てて崩れ落ちた。

 もうこの場に用はない為、青年はこの場を無言で去っていく。




 死傷者数百名を超える惨事となった後に『妖刀事変』と呼ばれた事件の幕開けであった。


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最強と謳われ畏れられた超魔神皇という前世持ちの現役JCは、ダンジョンが存在する現代日本で人間生活を謳歌する 華洛 @karaku_f

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