エピローグ
翌朝いつものように目覚めたパットは、肌寒さに思わず身震いした。
それは彼女が良く知る、孤独が呼ぶ寒さである。
胸騒ぎを感じた彼女はパジャマの上から上着を羽織り、居間兼食堂に駆け込む。
ここ数日、のほほんとした表情を浮かべ先に起きているはずのフォースの姿はそこになかった。
嫌な予感がしてパットはその格好のまま外に走り出る。
小さな家が体を寄せ合うように建ち並ぶ方ではなくて、町外れの高台へ。
果たしてそこに人影を認め、パットは一気に駆け上がった。
「……フォース?」
息を切らせながら呼びかける彼女に、フォースは振り返った。その背には漆黒の翼がある。
「いつもより、少し早いお目覚めですね? 」
「そんなの、どうでもいいじゃない。……どうしたの、こんなところで? 」
風が、フォースの黒い髪と翼を揺らす。
「道端で拾っていただいた時、お話したと思いますが……行かなければならない、と」
そう。
確かにパットが倒れていたフォースを拾った時、彼は言った。
行かなければならない所がある。
けれどそれはどこなのかはわからない、と。
「でも……それはあたしに謝ることじゃなかったの?」
見上げてくるパットの茶色の瞳にフォースは寂しげに笑い、首を左右に振った。
「私は、欠陥品……造られた物です。このままあなたと行動を共にすれば、確実にご迷惑をおかけします」
「だって、あんたはミリオンと同じ力を持っているんでしょ? ハンドレットを言いなりにできるなら、何も問題ないじゃない?」
「追っ手がハンドレットだけなら、確かにそうでしょう。でも……」
一度言葉を切り、フォースはパットの顔を正面から見つめる。
その表情はいつもののほほんとしたものではなかった。
その真剣な眼差しに、パットは言葉を失う。
「自分一人ならまだしも、複数のミリオン達からあなたを守れる保証はありません。残念ながら……」
うつむくフォースの顔を、黒髪が覆い隠した。
両の手を固く握りしめながら、パットは次の言葉を待つ。
「申し訳ありませんが、私はあなたと行くわけにはいきません。……あなたを守りたいから……」
「だから……だからまた逃げるの? あたしから逃げるの?」
半ば叫びながらパットはフォースにしがみつく。
癖のある茶色いその髪を、フォースはいとおしげになでた。
「お別れです。……すみません。そして……ありがとう」
肩に手をかけ、フォースはパットを引き離す。
そして黒い翼が広がる。
風を孕み、その体は次第に地上から、パットから遠ざかる。
「待って! 行かないで!」
叫びながらパットはフォースを追う。
だが追い付けるはずもなく、フォースの姿は空の彼方、地平線の向こうに消えていった。
呆然とその方向を見つめていたパットだったが、ふと足下に視線を落とす。
と、黒い羽根が一枚、忘れ去られたかのように落ちている。
それを大切に拾い上げると、パットはきゅっと握りしめる。こらえようとしても、大粒の涙があふれ出る。
袖口でぐいとそれをふくと、深く息を吸い込みパットはフォースの消えた方向に向かって叫んだ。
「馬っ鹿野郎ーっ!」
✳
それから数週間後。
パットは久しぶりに故郷の町へ戻っていた。
住む人のいなくなったかつての住居は、見る影もなく荒れ果てている。
けれど、顔見知りのかつての隣人達は、突然戻ってきた彼女を温かく迎えた。
「そう言えば、何日か前よ。墓地で見慣れない人を見たの」
かつて向かいの家に住んでいた噂好きの妙齢の婦人は、パットを見かけるや否や、聞いてもいないのに色々と話し出す。
「花を持ってたから、お参りですか? って聞いたのよ。そしたらうなずくもんだから」
でも、この町であんな人、あとにも先にも見たことがない、と婦人は首をひねる。
けれど、パットは心当たりがあった。
このタイミングで墓参りに来るのは、『あいつ』しかいない。
いや、あいつに違いない。
パットは挨拶もそこそこに、墓地へ向かって駆け出した。
息を切らせてやってきた父親の墓。
その墓前には、多少枯れかけていたが、色とりどりの花が供えられている。
けれど、これだけではあいつが来たという確証はない。
パットはさらに注意深く墓を見やる。
そしてようやく、墓の裏側である物を見つけ出した。
鳥の物にしては大きい、真っ黒な羽根。
紛れもなくそれは、パットの前から姿を消したフォースの物だった。
「……どうせ来るなら、一緒に来れば良かったのに。ねえ、父様? 」
泣き笑いを浮かべながら、パットは墓前に語りかけ、こみ上げて来る物をこらえるため空を見やる。
そこには、雲一つない真っ青な空が広がっていた。
『直し屋』は黒づくめの男を拾う
終
『直し屋』は黒ずくめの男を拾う 内藤晴人 @haruto_naitoh
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