第4話、保障局の愉快な仲間たち part1

 〈偉大なる魔法使いたちマギカ・グランデ〉、それは、今や数十億人いる魔法使いたちの頂点に君臨している世界レベルの魔法使いたちのことである。


 時代によって10人以上いる時もあったが、今は青野楓を含めて7人しかその席にいない。今後増える可能性もあるが、現状は極めて低い。


 彼らの存在理由は、世界の均衡を維持する事。

 文字で書くとたいそれた事に聞こえるけれど、実際は核兵器で威嚇している大国と同じようなもの。単なる抑止力だ。

 『俺のナワバリを襲ったらどうなるか分かってるな?』とけん制しあっているだけ、という非常につまらない関係でしかなかった。


 魔法使いたちがその権力を利用し、合法的に独裁政権を樹立しないようにしていた。無論、それでも例外が出てしまうのが人の常ではある。


 青野楓もそんな中、国家安全保障局と言う組織を5年ほど前に設立し、そこで部下の育成と魔法使いとしての研究に勤しんでいる。本文であるはずの『国民の安全を保障する事』の8割は自分の部下に任せていた。


 そして、残りの2割に珍しく励んだにもかかわらず、現実は。


『続いてのニュースです。本日午後2時、都内の小学校においてテロ事件が発生しました。犯人グループの目的は、〈月〉に囚われている仲間の救出のようでしたが、国家安全保障局局長の青野楓氏により事件は解決しました。なお、この事件で怪我人は確認されていません。

 しかし、小学校の校舎は青野楓氏の戦闘により大破してしまっており、授業の再開の目処めどは立っておらず、人質の精神的ショックの問題を含めて保障局の責任が問われることが予想されています』

 今の時刻は夕方4時。ニュースのキャスターが先ほどの立て篭もり事件について報道しており、今は近隣住民へのインタビューに変わっていた。


『怖いですね。安全な街だと思っていたのに、まさか外国人が銃で武装してるなんて、まるでアメリカみたい』

『やはり、青野楓なんていない方が良いんだよ。アイツがいなかったら、こんな事件そもそも起きなかっただろうし』


「メチャクチャ言われてるな……じゃあアメリカで銃の乱射事件で人が死ぬのは良いのかよ、対岸の火事ってか?被害者は同じ人間だろうよ」

 なお、時刻はまだ夕方だが、楓は缶ビールを飲みながらニュースに不満を漏らしていた。


「つうか、学校ぶっ壊したのは俺じゃねえだろ。この言い方だとまるで俺がぶっ壊したみたいじゃねえかよ……たく」

『でも、トドメを刺したのは局長マスターだよ?「トドメだ!」って言ってたし』

 PCのモニターを占拠している少年とも少女とも解釈できる中性的な人物が青野楓に話しかけた。

「別に校舎にトドメ刺したかったわけじゃねえし、そりゃ不可抗力だよ村雨」

『こちらに言い訳されても、世間が理解してくれるわけじゃない』

「……ごもっともだ」

 村雨と呼ばれているソレは、正式には〈村雨システム〉と言う青野楓によって作られた電脳精霊サイバーエルフである。

 西洋の使い魔技術と東洋の式神技術を併用し、現代のAIシステムに組み込んだ青野楓渾身の大傑作。


 その実力は非常に高く、はあるものの、保障局の運営に必要なことの5割は村雨1人(電脳精霊の単位が「人」なのかは怪しいが、ここではそう表現する)で問題がないレベルである。


『今回の失敗点としては、学校を破壊される前にテロリストを全員倒すべきだったね』

「簡単に言うな、それができれば苦労はしない」

『もちろんさ。分かってないわけじゃない。でも、使?』


「……は、くだらねえぜ」

 そう言いながら、缶ビールを飲み干す楓。

「(ごくごくごく)……ぷはぁ!!今日も酒が美味い!」


 こんこんっ、と執務室のドアがノックされる音がする。

「へーい!!お待ち!!ご注文のカツカレー大盛りだよ!!」

 メイド服姿の女性が返事を待たずに入ってくる。

 女性の名前は長月ながつき由香里ゆかり、23歳。

 職業は食堂の料理人であり、メイドではない。メイドではないのにメイド服を着ているのは単純に彼女の趣味だからである。


「って……あっ!!?」

「うん?どうした?」

 カツカレーをお盆ごと楓に向かって投げ飛ばし、由香里はリモコンでテレビのチャンネルを変える。

『えー、本日はマーボー豆腐を作っていこうかな、と思います』

 小太りの中年女性が司会を務めている料理番組が始まった。


「なにしてんねん」

 投げ飛ばされたカツカレーは空中で停止し、おまけに空中で飛散したカレーソースも時間が逆行したように皿に戻りながら、楓の前に到着した。

 それに手を伸ばしながら楓はリモコンを使わず、魔法でチャンネルを戻す。


『やはり、あんな若造が世界を仕切るなんてあり得ないんです!民主主義に反することであり、日本の安全神話がこのままでは崩壊してしまいます!』

「だから!!」

 急いでチャンネルをまた変える由香里。

『きゃんきゃん!』

 今度は小型犬、おそらくポメラニアンが女性アイドルか何かの若い女の子と戯れている映像が流れる。


「いや、見てるんですけど?」

 文句を言いながら、再度チャンネルを戻した。

『魔法使いが世界を牛耳ると言うのは現代的とは思えません。凶悪な犯罪者が生まれているから、同様に武力を行使することが正当化されるのでしょうか?いいえ、武力を持つだけなら軍隊で問題はありません。保障局が国の組織ではないのが問題なのです!』

 

「だから!見せるつもりはないんだって……あ!リモコンが動かない!!」

「そりゃ動いたらまた変えられるし」

「きぃっ!!」

「なぜ睨む……分かったよ」

 楓はチャンネルを変えて、小太りの中年女性の料理番組を流した。


「そんなにこれが見たいのか?マーボなら作れるだろ」

「私がマーボも作れないボンクラとでも!!……ごめん、取り乱した」

「馬鹿にしたつもりはねえが、、、(やば、料理ネタイジリは禁句だったな」

 長月由香里は家庭の事情で軟禁生活を送っており、そのため、料理くらいしか誇れるものがなかった。


「ともかく!あんなニュース見てたら頭が腐るよ!ただでさえ楓はバカなんだから」

「誰に向かってバカだとか言ってんだ、世界最強の魔法使いだぞ?自分で言いたくねえけど」

「確かに魔法使いとしては、最優だと思うよ。でも、実際はどうよ?世間からの評価は低いし、夜は夜で焼肉パーティで散財、昼間は黒崎くんや天宮ちゃんに仕事を押し付けて公園で居眠りしたり日向ぼっこしたり、エトセトラエトセトラ」


「何をあほなことを堂々と」

 すべて事実であるが、完全に棚に上げている。

「あ、ルナ!」

「!?!?!?」

 急いで机の下に隠れる約183センチの25歳男性。

 その姿は先ほどまでの威風堂々とした姿とは異なる。滑稽の極み。


「…………は?」

 しかし何も起こらない。

「ざんね~ん!ウソでしたぁー!」

「……この野郎!」

「だって楓が悪いんだもん。焼肉パーティ開くって聞いてたからてっきりおごりだと思ってたのに、まさか経費で落とそうとするなんて、そりゃルナも怒っちゃうって」

「良いじゃねえかよ、少しくらい。赤戸はうるさ過ぎるんだよ、もうちょっと接待交際費として認めても」

「嘘じゃん。楓が一人で20万分くらい食べてたじゃん」

「…………お前だって5万円くらい飲み食いしてたじゃねえか」

「高いお酒飲んで良いって言ってたから飲んだんだよ。人のせいにされても困る」

「ぐぬぬ……村雨、お前の意見を聞きたい」


『なんで副局長に殺されるって分かってて経費で落とそうとしたの?』

 辛辣な一言、そこには慈悲は全くない。

「…………酔ってたんだろうな、ワンチャン行ける気がした。今は後悔してる」

『チャンスなんてあるわけない』

「反省じゃなくて後悔って言うあたり、楓は楓だなぁ」


「うるせー!こんなんにビビってたら人生なんも楽しめねえだろ!!」

「経費で落とさなければいい話なんじゃ……?」

『同じく』


「あのな?ジャックとか何やってるか知ってるか?ラスベガスで毎週末豪遊だぜ?渚さんだって毎日ハワイでバカンスだ。

 俺も8年くらい前はドバイの高級ホテルのスイートルームでぐうたらしてたりしたんだがな」

「その生活は確かに憧れるけど、楓は楓だよ?」

「……うん、まあ俺は俺だな。どうしてこうなった」

 世界最高の魔法使いであるにもかかわらず、組織の金で焼肉を食っただけで死ぬほど怖い部下にびくびく怯えたり、頑張って仕事を片しても、世間からは厳しい声で批判され続ける現実。

 そりゃ夜を待たずに酒を飲みたくもなるだろう。


「そりゃ楓だからだよ」

「うん……悲しいな」

「ど~んまい☆」

 全く慰める気がない言い方である。

 だが、その言い方の方がなぜか楓にとっては心地よかった。

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マギカ・グランデ 田野中小春 @koharu_tanonaka

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