第3話、誰がための正義か

 青野楓は一言で言うとダメ人間である。

 平日の昼間から公園で日本酒を飲み、夜には組織の金で焼肉をむさぼり食う。


 魔法使いでなければ人として終わっているレベルでダメ人間であり、世間からは『クズニート』と嫌われており、知名度と人気が反比例している。


 だが、そんな男でも国家安全保障局という対テロリストを目的とした組織を設立し、日本の治安維持に貢献しようとするくらいには人間性を失っているわけでもない。


 彼にとって、最も重要なのは民間人の安全であり、テロリストの生死まで気にするほどの博愛主義者というわけでもない。

 基本的に生け捕りするよう善処しているが、場合によっては首をはねることに躊躇はしない。


 テロリストを相手にするということは、フィクションの世界で描かれるほど甘くはなかった。

 それゆえに、青野楓は容赦しない。戦力に決定的な差があったとしても、余力を残す理由にはならなかった。獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすのである。


「来いよ、カス。テメエの狙いが俺ならお望み通り相手してやる。覚悟はできてるか?テロリスト相手に加減してやるほど俺は慈悲深くねえぞ」

 楓は構えた。

 構えた腕は魔力で内側から硬化しており、その色も深紅に変わっている。


 体勢は空手のそれに近い。

 彼の体術は「青野流戦闘術」と呼んでいる比較的新しいもの。彼が始祖というわけではないが、空手、中国拳法(八極拳)、テコンドー、ムエタイ、プンチャックシラットなどアジア圏の体術を組み合わせた我流のそれに近い。


 楓は各武術に関して精通しており、一部からは魔法使いではなく武闘家だと思われてもいるレベル。

 けれど、テロリストの男は、そんなことどうでも良いと言わんばかりに剣を構え、迎撃の準備を整えていた。


 先に動いたのは楓の方、他のテロリストたちを一瞬で倒したように、打撃を繰り出す。

 テロリストはそれをミスリルソードで防いでみせる。刹那の速さの攻防がそこにはあった。


「テメェは殺す!」

「やってみせろよ、その前にぶちのめしてやるから!」

「クソ野郎!!」

 激昂したテロリストは、楓に突撃し、剣を振りかぶる。

 その迅さは楓に勝るとも劣らない。しかし、楓が反応できない迅さではない。

 素手でありながらも、当たり前のように剣戟を披露してみせる。対等、互角。


 テロリストは、素早い斬りつけを行ってみせる。しかし、楓はその動きを見極めながら、軽くかわす。

 その最中に男の腕を掴み、それを軸にするようにオーバーヘッドキックで頭をかち割ろうと試みた。


 けれど、それより早く、楓に向かって蹴りを繰り出すテロリスト。楓は攻撃を中断し、慣性を無視した動きでその蹴りを回避。

 重力が働くよりも速く、楓は着地し左フックでテロリストの脇腹を殴る。

 軽い一撃、分厚い筋肉の前にダメージは少ない。


 ジャブ、ストレート、左アッパー、上段蹴りにローキック。

 斬り下ろし、斬り上げ、斬り払い、突き。

 

 互いが互いの動きを冷静に分析し、自分の身体能力を最大限に発揮した攻防。

 だが、真に拮抗しているわけではない。

 手刀と足刀を器用に使った疑似4刀流の楓と、長剣1本のテロリストで手数に差が出ないわけもない。


 剣戟の中、甘いながらもどんどん攻撃が決まっていく楓。

 それは詰将棋のように確実に攻勢に転じてる

「っ!」

「どうした?殺してくれるんじゃなかったのか!」

 怒涛の攻め合いの中で生まれた一瞬のスキ、それを見逃すわけがない。

 畳みかける。サンドバッグを殴るかのごとく、顔面や胴体に加減なく殴り続けた。


 けれど、テロリストはひるまなかった。

 痛みを感じてないのか、剣を大振りできた。

 だが、楓は全く動じず、その剣閃を必要最低限の動作で避ける。

 剣閃の衝撃で、楓の後方の校舎が亀裂が走った。


「俺を殺すんじゃなくて、学校を壊したいのか?」

 テロリストの顎を蹴り飛ばす。

「ぐっ!」

「力を振り回したいだけなら、山の中ででもやれや!!」

 蹴り飛ばされたテロリストがまだ空を漂ってる間に、後ろまで回り込み、渾身の右ストレートを決める。


 まるでボールを飛ばすかのように、瓦礫(ガレキ)の中に突っ込む。


 吹き飛ばした楓は、上空に飛び上がり、そこから急降下する形で飛び蹴りで追撃した。

「トドメだっ!!」

 落雷のように激しく、空気を切り裂いて瓦礫ごとテロリストの巨体を襲う。

 轟音、激突し大きな轟音が鳴り響いた。


「……今のを直撃してもまだ生きてるか。耐久力は認めてやる、見事だった」

 自分の実力を理解しているがゆえの賛辞。

 だが、当のテロリストはもはや生きている方が悲惨なのではないかと思えるような状態。

 そこまで叩きのめした楓は、勝利の余韻に浸るわけでもなく背を伸ばす。


『あー、あー、もしもし?局長マスター。大丈夫?腕が吹き飛んだところまでは観測できたけど、そこから先が見えなくてさ?』

 付けっぱなしだったヘッドセットから再び声が聞こえてくる。


「なんだ、他の連中のサポートをしてくれてたと思ってたんだが、村雨、お前も俺に似てサボりが板についてきたか?」

『よく言うよ……こっちも情報が錯そうしてて困ってたんだ。局長が頑張ってくれて助かってるよ、割と本気で』

「テロリストだし殺しても全然良かったし、殺す気だったんだが……まあ、わざわざ殺す理由もねえし、殺した後にマスコミや政治家たちからいろいろ言われたくねえな」

『お手数おかけします』


「お前もご苦労さん。後で適当に報告しててくれ。……ふわぁ……疲れ。……帰る。後のことは黒崎たちに任せるよう指示頼む」

了解オーケー、人質の人たちは?』

「なんか適当にいい感じでお願い」

『分かった。こっちでやっとく。何か問題が出たらそのときは連絡するよ』

「ダメだ、俺が対応しなくちゃいけないほど重大で緊急性が高そうな事案以外は全部そっちでやれ」

『酷いご主人マスターだ……』

 ポルン、と通信が切れる音がする。


「何が酷いだ、主人オレのために行動するのがお前の存在理由だろ?電脳精霊サイバーエルフなんだから」

 ご主人マスターご主人マスターならば、従者もまた従者である。

 けれど、これが、この実力こそが〈世界最強の男〉の実力であった。


 世界に約30億人いると言われる魔法使いたちの頂点、〈偉大なる魔法使いマギカ・グランデ〉となったのは楓が12歳の時。それからおよそ13年間もその座に君臨している。

 彼と対等に戦うことができる魔法使いは、この地球上に数えられる程度しかおらず、並み以上の実力ではこのように圧倒されてしまう。


 実際、この10年間の間、1度の戦闘で1000機を超える有人搭乗型魔導機兵ゴーレムを駆逐したり、東洋最強の霊獣である九尾の妖狐をたった4人で討伐したりとその実力に嘘偽りはない。


 さて、物語の導入としては、いささか駆け足になったことは否めないが、ここまでがこの物語の導入であり、これからが本編である。

 この物語は、世界最強の魔法使いである青野楓という青年を中心にした物語。

 他人から見れば非日常なのかもしれない、人によっては羨望してしまうよくある英雄譚かもしれない。


 だが、これだけは明言しておくべきだろう。そこには栄光も名声も何もない、空虚と罵られるような平凡な日常があるだけである。

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