第2.5話、強者が背負うべき責任

※この回は、主人公の青野楓の解像度を上げるために用意したお話です。読んでいただいた方が主人公の人間性が分かっていただけると思いますが、飛ばしていただいても問題はありません。たぶん。


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「はじめまして。今日から私が君の姉弟子おねえちゃんだ」

 俺こと青野楓には、20歳も離れた姉がいた。

 姉の名は夜崎よるさき千尋ちひろ


 なに?苗字が違う?

 そりゃそうだ。血がつながっている遠い親戚だと言っても、辛うじて繋がってると言うレベル。


 どのくらい遠いかというと、父方の曽爺ひいじいさんの又従兄弟の甥の嫁の兄の孫くらいに遠い親戚である。

 もはや他人でしかない、というツッコミは俺にとってどうでもいい。


 大切なのは、俺にとって、夜崎千尋は姉であり兄のようであり、父のようでも母のようでもあった。


 俺には、両親が居なかった。

 居ない、と言っても生まれてから居た期間が全くなかったわけじゃない。

 でも、両親は俺が3歳の頃に、研究中の実験に起きた事故で死んでしまったと聞いている。


 その後、父の友人を名乗る〈ゲオルグ・マクガギウス〉という魔法使いに保護され、育児放棄に近い適当な環境で生きてきた。


 そして、姉弟子ねえさんと出会ったのがその2年後の5歳の頃だ。

 姉弟子は、俺に魔法使いとしての全てを教えてくれた。


 魔法について、魔力について、魔道について。

 神経の使い方、術式の使い方、パンチの打ち方、ガードのやり方。


 それまで本能的な感覚でしか理解していなかった事を頭で論理的に理解できるようになった。

 友達と呼べるような存在を知らず、俺はゲオルグと姉弟子とゲオルグの使い魔たちに囲まれて育ってきた。


 今にして思えば、ゲオルグのずさんな放任主義も異常だが、姉弟子も姉弟子だ。


 海パン一丁でエベレストに登れと言われたこともあったし、水遊び感覚でマリアナ海溝に沈められたこともあった。


 だがすべては過去、今はなき貴い思い出でしかない。

 夜遅くまで魔道書を読みふけって寝不足になった時は「ちゃんと寝ろと言っただろう!この莫迦バカ!」と怒られたり、姉弟子の仕事でイタリアに出張した時に通りがかったレストランを凝視していたら「食べたいのか?スパゲティが。……ゲオルグさんには内緒だぞ」と渋々ながらおごってくれたりした。


 あの頃は楽しかった。毎日が、人生のすべてが楽しかった。

 多くの子供たちがその平凡な日常を幸せだと感じるように、俺もまたそうだった。


 姉弟子は俺に期待していたのだ。

 俺こそが次の世代の代表として、多くの魔法使いたちを先導する存在として期待していた。


 各言う俺は、その期待に応えるように〈マギカ・グランデ〉となった……わけではなく、ただ何となくなったのだ。


 世界最高の名を冠することに何の意味も感じてなかった。

 そこら辺のガキが、ただ当たり前のように小学校を卒業して中学生になるように、俺は世界最高の名を受け入れた。

 それが当たり前だと、その時は思っていた。


 だが、この称号がどれだけ重い存在なのかを、俺は取り返しのつかない事態になってからようやく理解した。


 端的に言おう。

 姉が死んだのだ。

「ごめんね、一緒にいてあげられなくて……」

 それが姉弟子の最期の言葉だった。


 俺は目の前で死んでいく姉弟子をただ見ていることしかできなかった。

 泣くこともできず、怒ることもできず、こんな未来を避けられなかったのか?と問いかけ続けたが、その答えは永遠に出てこない。


 姉離れというには強引すぎるその展開を、俺は受け入れるしかなかった。

 だけど、姉弟子が俺に魔法使いとして大切なことを教えてくれたという事実だけは残ってる。


「良いかい?キッド」

 キッド、というのは幼少期の俺のあだ名だ。

 小僧だからキッド、というのは犬に対して「イヌ」とか「ワンワン」とか呼ぶくらい安直だろ、とは思う。思ってた。


「この世には強い魔法使いと弱い魔法使いがいる。強い魔法使いは自分の好き勝手に弱い魔法使いたちをイジめることができる」

 イジめる、というのは婉曲的だが「殺す」という事を指していたんだと思う。

 あぁ、知ってる。俺はそれを知りすぎるくらいに見てきた。


「強い魔法使いは、その力を正しく使う義務がある。フランス語でこれを『ノブレスオブリージュ』と呼んで、意訳すれば『大いなる力を持つ者たちが背負う義務』的な感じになる。

 私たちは魔法使いだ。だが、良い魔法使いだ、なんて言っちゃいけない。思っちゃいけない。私たちが良い魔法使いになれたかどうかは他人に判断してもらわないといけない。

 もっと分かりやすく言うと、誰かに『ありがとう』と言ってもらえるような魔法使いにならなくちゃいけないんだ」

 あぁ、そうだね。姉弟子。

 俺もそう思うよ。


 でも、じゃあ俺たちは具体的に何をすれば良いんだ?どう生きたら誰かに「ありがとう」って言ってもらえたんだ?

 俺が、俺たちの悪を殺したとしても、民衆は俺を支持なんてしない。自分たちが助けられたという自覚もなく、当たり前のようにある明日を当たり前のように謳歌する。


 湖を泳いでる白鳥が、水面の下で足をバタバタさせていても、優雅に泳いでる姿しか見えないのと同じだ。

 俺たちは誰に評価される?誰に感謝してもらえる?


 分からないよ、姉弟子。

 悪を憎み、悪と戦い続けたあなたに、俺はなりたい。


 なのにどうして俺は、ただひたすらに誰かを殺すことしかできないんだろうね?

 だから俺は、誰も守れず、誰も救えず、誰も助けられない。


 助けたかった人が死んだという事実に悔し泣きをしながら、生き残った者から「どうしてお母さんを助けてくれなかった?」と刃のような言葉を向けられる。


 あぁ、本当にやりがいのない仕事だよ。魔法使いというヤツは。

 でも、それが世界最強の魔法使いが選べる唯一の人生だって言うなら、俺は、喜んでこの道を歩み続けるよ。

 俺が殺したヤツが、誰も殺せなかったという事実が残るなら、きっと俺の正義は俺の所業を許してくれるだろう。

 俺の断罪が、そのまま贖罪になってくれるだろうから。


 殺されるべきでない人が死ななくて済む世界。それを実現するために、俺は世界最強で居続けなければならなかった。

 ゆえに、いつまでも強くなる必要がある。停滞すらも許されない。

 に報いるためにも、俺はに尽くし続けた。

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