第2話、世界最強の男

 楓に向けられたサブマシンガンから無数の弾丸が発射される。

 立て篭もり犯と楓の間合いは約20メートル。

 片手で乱射したとしても当てるのはそう難しくはない。

 当然ながら棒立ちであれば楓は3秒で蜂の巣のはず。


 にもかかわらず、楓は銃弾の雨の中を突進し、銃弾をすべて『すみれ色の風』で薙ぎ払った。


 テロリストとの間、20メートルを1秒未満で詰め寄った。

「なっ……!?」

 驚愕する立て篭もり犯の顔面に、容赦なく飛び膝蹴りが決まった。

 立て篭もり犯の鼻の骨や前歯はへし折れ、当人もすでに気絶してしまっている。


「侮りすぎなんだよ。この俺をな」

 立て篭もり犯が膝から倒れこむのを楓は達成感もなく当然の摂理だと言いたいような顔で見ていた。

(まずは1人、か……)


 瞬殺という言葉はこのためにあるのではないか、と思えるほどの電光石火。

 誰もが目を疑うようなレベルの戦闘を楓はやってみせた。

 勝因は特にない。楓にとって、この程度の戦闘は赤子の手をひねるようなもの。

 ゆえに『勝てて良かった』などと安堵することもなく、他の立て篭もり犯残り4名の無力化をどうするかということしか考えていない。


「ケガはありませんか?」

 楓は横で呆然としている人質(元)に、ぎこちない作り笑顔で質問した。

「え…………?は、はい……」

 質問されていた人質(女性職員)は自分が助かったという感覚に乏しいのか、それとも単純にパニック状態に陥ってしまっているからなのか、たどたどしく応えた。


 しかし、楓にとって別にその程度で構わなかった。

 


「村雨、残りのテロリストはどこにいる?」

 ヘッドセットに手をかけて『村雨』と通信する。

『白人男性のうち2人と女性が体育館で人質にされてる教職員の人たちを見張ってる。最後の1人は、校内を巡回してるね。仲間が倒された事に気付くまでそんなに時間はかからないと思う』

(なら、先に倒すべきは人質を見張ってる方だな。体育館から攻めるか)

 楓は体育館の場所を目で確認すると、また刹那の速さで移動する。


 楓の狙いは体育館の中央付近の2階の窓だった。

 理由は単純、1階の分厚い鉄の扉を破壊するよりも2階の窓の方が修繕費が安そうだったからだ。


 バリーン!!

 音を立てながら豪快に突入していく。

「保障局か!!バカめ!こっちには人質が……!」

 楓が空中で人質の位置と立て籠もり犯を目視するのとほぼ同時に立て籠もり犯もまた楓に気付いた。

 気付くと同時に、楓ではなく、銃口が人質に向けられ……なかった。


「人質がなんだって?」

 だがしかし、テロリストの男が銃に手をかけるよりも早く、楓のグーパンが顔面に炸裂する。

「な、なんで……」


「なんで、じゃねえよ。敵勢戦力の把握もしてねえのか?」

『さっすがぁ。我らが局長マスターだ』

 能天気で緊張感のない通信が耳に入ってくる。

 だが、その時にはもうすでに、楓は2人目のテロリストに上段蹴りを決めてた。


「は……?え?はぁ……!?」

 いともたやすく自分たちを圧倒してみせた楓の実力にテロリストの女性は驚愕した。

 そう、彼らと楓の実力はここまでの差があったのだ。

 野球未経験者の小学生がメジャーリーガーのフォークボールを初見でホームランするなんて絶対にありえないくらいには絶望的な差だった。


「茶化すな。まだ敵は一人残ってる」

 そう言いながら、テロリストの女性にパイルドライバー(投げ技)で倒した。

『だいじょぶだいじょぶ。心配無用だって』

「それをサポート役が言うんか……それより」

『すでに病院への連絡は済ませてるよ。救急スタッフにはスタンバってもらってる。早く終わらせてあったかいホットココアでも飲んでゆっくりしようか♪』

「あのなぁ、そういう事を今言うと不謹慎さが……」


『どうして、お母さんを助けてくれなかったの……?』

「!?」

 脳髄に焼き付いた声が急に再生された。

局長マスター?どうかした?もしかして、そんなに怒っちゃった?』

 今のセリフが幻聴だったことに気付く。

「い、いや、そういうわけじゃねえ。…………だけど、油断するな。日本ではよく言われてるだろ。家に帰るまでが戦争だって」

『家に帰るまでが遠足、ね。分かってる。引き続き、警戒するよ』

 ポルン。

 通信が切れる音がする。


(まったく村雨の奴め、誰に似たんだか……。しかし、最近は割と落ち着いていたと思っていたんだが、やっぱり治ってくれねえか)

 

 火の海。それまで当たり前にあった平穏は悪意というなの凶弾によってすべて破壊される。

 当たり前にあると思っていた未来は、テロリストたちの都合で奪われる。そこにどんな正義や大義があるのかなんて被害者には関係なく、無慈悲に殺人が繰り返される。

 血の匂いが鼻を襲い、知っている人と知らない人たちの死という事実が脳を襲う。

 さらに吐き気と共に震えが今の楓を襲った。


(やめろ……今日は誰も死んでないだろ。何を怖がってる?)

 そうだ。誰もまだ死んでいなかったのだ。

 だが、楓は無自覚に気づいている。

 自分が公園で呆けてた間に誰かが死んでいたかもしれなかったという事に恐怖していることに。


「……切り替えろ。まだ敵は1人残ってるって言ったばっかりだろ。ソイツが逃走したら、逃げてる間にまた誰かを殺すかもしれんぞ」

 自分に言い聞かせる。

 どれだけ楓が強くても、殺された人を生き返らせる事なんてできない。

 誰かが殺される前に、何とかするしかない。


 精神的に最悪な状態で楓は体育館を後にした。

 しかし、


「おいおい、これは何の冗談だ?」

 仲間が倒され、救出対象はもう死んでいる、という事を把握しているのか?と疑いたくなるこの状況で、最後のテロリストが戦意を喪失せずにそこにいた。

局長マスター?どう……』

 切れたはずの通信がまた来た。

 だが、それに返答するよりも速く、テロリストは楓との距離を詰めて剣を振るう。


 ダァン!!

 『すみれ色の風』を纏った腕で楓はテロリストの斬撃を防ごうとするも、それは無残にも通用せず、右腕が吹き飛んだ。

局長マスター!?』

「やかましい!心配すんな!」


 吹き飛んだ右腕をかばうどころか、むしろ無事な脚で蹴り返す。

 だが、その蹴りをテロリストも剣でいなす。

「……チッ、にしても痛いことしやがる」

 斬られて吹き飛んだ右腕がまるでロケットでも内蔵してたかのように楓の体に戻った。


(あのロングソード、もしかしなくてもミスリルソードだな。このテロリスト、そんな貴重な代物をどこで手に入れたんだ?)


「ずいぶんな体だな。お前はやっぱり化物だ」

「あ?なに急に褒めてんだよ。当たり前だろ、世界最強の魔法使いが凡人なわけあるか」

 皮肉な賛辞に乗っかって応える。余裕だった。

「青野楓、お前は、お前だけは殺さないといけない」

「なんだテメエ。俺がなんかしたか?恨まれるようなことは確かにしてきた。だが、テロリストにそんなことを言われる覚えはねぇぞ?」

「そう言って、お前は姉さんを殺した」

 楓はその発言の意味を理解できなかった。最初の立て篭もり犯が解放を要求している〈レイン・アンダーソン〉という人物は男性である。どう考えても『姉』ではない。


「テメエの姉ちゃんの事なんて俺が知るわけねえだろ。仮にそうだったとしてテメエは何がしたい?復讐か?仇討ちかたきうちか?ずいぶんと偉そうだな」

 もはや楓と一騎打ちすることだけが目的だったのではないか、と思えるほど殺気に満ちた闘志を放っているテロリスト相手に、楓もまったく動じず煽り返す。

「ご存じの通り、俺は人殺しの専門家スペシャリストだ。何人も殺してきた。数えたくもねえほどにたくさんの人を殺してきた。でもこれだけは言える。。」


「自己正当化か。クソ野郎にふさわしい」

 ぷっつん。

「じゃあテメエはどうなんだ?無関係で何の罪もない一般人巻き込んで保障局にケンカを売ったテメエらの方がクソだろ」

「必要な犠牲もある」

「ねえよそんなもん!!」

 今まで余裕をかましていたが、そんな余裕もなくなる。

 精神的に負けたのは楓の方だ。


「命は誰にだって平等だ!テメエの姉貴はそんなことも教えてくれなかったか!?」

 理不尽に奪われた人たちの最期を見てきた。

 奪いたくない命を奪ってきた。

 戦争だから、罪人だから、という理由で人を殺してきた。

 それが本当に正しかった事なのか、楓は今でも分かっていない。


「人を殺すってことは、そいつらの死の責任を負うってことだ!テメエだってそうだろ?俺に殺された姉のために今そこにいる!!なにが必要な犠牲だ!割り切れてねえからここにいるくせに、偉そうな御託並べて俺以下の蛮行に及んでんじゃねえ!!」

 血涙を流しながら激昂してしまう。

 感情が抑えられていない。どうしても無理だった。それだけは楓にはできなかった。殺された人たちの死を切り捨てられない者同士だからこそ、楓には目の前の男が許せなかった。

 それができていたのなら、楓はもっと楽だっただろう。


「あぁ、クソ、頭来た。ちょっと出向いてボコって、民間人救出して万事解決オールオッケーのつもりだったのに……」

 青野楓は基本的に短気な部類である。そのうえ、仕事に対して精力的な人間でもない。テロリストの鎮圧など10分もかけるつもりはなかった。実際、まだ楓が学校に現れてまだ10分も経っていない。


 だが不快、あまりにも不愉快だった。

 使命感など関係なく、目の前の男を叩きのめしたいと思っても仕方がなかった。

 超えていいラインを平然と超えている。逆鱗に触れた。


「来いよ、カス。テメエの狙いが俺ならお望み通り相手してやる。覚悟はできてるか?テロリスト相手に加減してやるほど俺は慈悲深くねえぞ」

 常勝無敗の魔法使いとして楓は罪人を裁く。

 畏怖するわけでもなく畏敬するわけでもなく、不遜にも堂々と立ちふさがる男に敵意を放つ。


 誰も青野楓を咎められない。

 なぜなら、正義が彼の味方をしているから。

 

 彼が正義の味方なのではない。

 青野楓は正義という概念に呪われ続けている生粋の反英雄アンチヒーローである。

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