マギカ・グランデ
田野中小春
第1話、青野楓は魔法使いである。
「平和って良いよなぁ……」
平日の昼間、誰もいない公園。
コンビニで買ったサンドイッチを頬張りながら平和を享受している男がいた。
男の名前は
服装はGパンにファストファッションのTシャツ(1500円)、そしてオレンジ色のジャージのトップスを着ている。
服装にはあまり特徴はないが、白髪で顔の右半分に幾何学的な紋様の
「仕事を忘れて公園でサンドイッチを食う平和。最高じゃねぇか……」
仕事を部下に押し付けているだけであり、有給休暇ではない。
彼自身も本来は職務を遂行しなければならないが、彼はそんなヤル気勢ではなかった。
青野楓という男は、平和を愛してはいるものの、平和には愛されてはいなかったのである。
「あ、かえでだぁーっ!」
「ホントだ、かえでだ!」
楓の元に2人の小学生の子供がやってくる。
楓とその子たちは面識があるようで「てけてけ」と効果音が聞こえてきそうな走り方をしている。
「ん?なんだ、お前たちか。あのな、何回も言ってるけど、かえで『さん』な」
「分かったよ。かえでオジさん!」
「わかってねぇだろ!」
きゃっきゃっと子供たちは笑い、楓をいじって楽しんでいた。
「それで、かえでさん。かえでさんはこんな所で何してるの?お仕事?」
「見れば分かるだろ。昼飯だよ。お前らはどうした?まだ学校のはずだろ」
楓の質問に対し、子供たちは「ぽけぇー」という顔をしていた。
「はぁー、これだからかえでは」
「ダメだよね、かえでは」
「だから『さん』を付けろと……まぁいいわ。それで、今日は休校だったのか?」
小学校が平日の何でもない日に休校になることが滅多にないことは楓も理解していたが、そこは無視して子供たちに質問した。
冷静に考えれば2人ともランドセルを背負っていない。
となれば下校中である可能性は低いのだ。
「ううん。立て篭もり」
「は?立て篭もり?」
「そう。立て篭もり」
子供たちは冗談を言っているわけでもなく、言葉の意味を理解していないわけでもないらしい。
だが、楓が状況を把握するには情報不足だった。
「なんかね。変な外国人のおじさんが来てね。先生たちに銃を向けてね」
「うん。そのあと、先生たちが
「だから学校終わったの」
「「ねぇー!」」
学校が早く終わってラッキー!くらいのテンションだったが、楓はこの異常事態に呆けていられなかった。
小学校の教師相手に外国人が銃を向ける、目的が不明である分、狂気しか存在しない。
私怨か、何らかの抗議活動か。
とりあえず断言できたのは楓が求めていた平和は此処には無いという事である。
「あー。分かった。とりあえず何かが起きたのは分かった」
情報を収集する必要があると察した楓は食べかけのサンドイッチを急いで飲み込んだ。
「お前ら、急いで帰れ。寄り道すんじゃねーぞ」
「えー?」
「あそびたいー!」
「ワガママ言ってんじゃねぇよ。今度ハンバーガー食べさせてやるから帰れ」
「ホントーっ!!」
「やったーっ!!」
現金な子供たちはパパーっと走って去っていった。
「最近のガキは知らない人にご飯をおごってもらうことに対して警戒しないのかね……さてと」
ストレッチをして体をほぐす。
食後の運動としては非常に激しくなりそうだが、ここで待機しているわけにもいかなかった。
楓もサボって良い仕事とサボってはいけない仕事の区別くらいできている。
▽
楓はワイヤレスヘッドセットを装着し、スマートフォンをポケットから取り出して操作する。
『ヤッホー、
応答した人物はテンション高く陽気に話しかけた。
「村雨。今、小学校で立て篭もり事件が起きているそうなんだが、情報はあるか?」
『村雨』と呼ばれた人物は2秒程度考えてから応えた。
『うーん、出動要請は来ているっぽいけど、こっちが把握している情報は特にないかな』
「
情報がないと分かった瞬間、楓は跳躍する。
その高さは十数メートル。
魔法使いにとっても箒のような
しかし、楓は当たり前のように跳んでみせた。
そして、マンションの屋上に着地し再び跳躍。
以後はそれを繰り返し、立て篭もり事件の現場である小学校を目指す。
『あ、ひっどーい!なんでそういう言い方するかな?』
村雨は抗議するように楓に反発した。
村雨には落ち度はないため当然と言えば当然である。
「うるせー、サポートするのが仕事のヤツがサポートできないんだから無能の極みじゃねぇか」
『ぐぬぬ……あ、そうだ!思い出した!』
「お、何か良い情報があったか?」
『いんや。さっき、副局長が怒っててね。領収書の件で
楓の血の気が引く。
楓には心当たりがあった。
一昨日の晩に30万くらい呑んで使ってしまったのだ。
女の子数人と呑んで。
やりすぎたとは思ってはいたが、バレない事を祈りつつ、経費で落とした。
バレないわけがないのである。
「…………お前、なんとかできない?」
『それができるならもうやってるね』
「だよなぁ……働きたくねぇわ……」
『天下の〈
「
『………………ごめん』
「間を置いて謝るな、マジで泣きたくなるから……」
立て篭もり犯よりも凶悪な部下に恐れおののきながら楓は反省せずに嘆いた。
▽
公園を出てから2分後、小学校の運動場に着地。
校門から何台ものパトカーが入ってきており、野次馬も何十人も集まっている。
「はーい、皆さん下がってください!危険ですから下がってください!」
空色の制服を着た〈国家安全保障局〉の局員が野次馬の整理をし、立て篭もり犯の鎮圧を目的に数人の局員が緊迫感を抱き、ライオットシールドを背負い、銃を構えている。
(なんでこんなに出撃してるのに、村雨が何も情報を把握してねえんだ……?まあ、今はそこを気にしてる場合じゃねえか)
疑問に思いながらも、野次馬整理に必死な女性局員の一人に楓は声をかけた。
「あー、君、ちょっと良いかな」
「なんだ?危険だからここは保障局の我々に任せておきな……局長っ!?失礼しました!」
「そうです、税金泥棒です」
楓は自らをそう名乗り、平の局員に挨拶する。
『前から思ってたけど、その挨拶
村雨は先ほどの仕返しとばかりに楓の挨拶を批判した。
「うっせ、気に入ってんだ」
『センスないよー?』
「煽るんじゃねぇよ!」
「あの……局長?」
傍からは一人芝居をしているようにしか見えない楓のことを不審に思ったのか、局員は楓に大丈夫かと聞く。
「あぁ、悪い悪い。それで、今の状況を軽く説明してくれると助かる」
「はっ!」
ビシッと気をつけ、局員は楓に説明を始めた。
「被疑者は5名。白人が4名で黒人が1名。うち4名が男性で女性は1人、推定ですが男性4名とも身長は2メートルを超えているとの話です」
「推定2メートル超えの大男が4人に女が1人、か……身元は特定できてるか?」
「いえ。顔認証システムを使用しましたが、犯罪者データベースにも訪日外国人リストにも該当するような人物は見当たりません。おそらく不法入国者でしょう。しかし、素人ではなさそうです」
不法入国者が小学校で立て篭もりをする合理的な理由は、楓には想像できなかった。
おそらく私怨というわけではないだろう。
抗議活動の線も薄い。となれば人質を利用した交渉が目的である。
しかも、動きが素人臭くないともなると、相手は何かしらの専門家と言う事にもなる。
なぜ、こんな平和な日本でこんな物騒な事件が起きてる?
「局長、どうします?」
楓は1秒程度考える。
「問題はない。とりあえず人質の安全を最優先で被疑者を現行犯逮捕すれば良いだけだ。任せろ、後は俺がやる。あ、そうだ、メガホンはあるか?」
「はい、取って来ます」
▽
10秒前後で局員はメガホンを持ってきた。
「取って来ました」
「ごくろうさん」
局員からメガホンを受け取り電源をつける。
「えー、あー、あー……」
マイクテスト。
「犯人に告ぐ。無駄な抵抗はやめて人質を解放しろ。こちらは青野楓。国家安全保障局の局長であり〈
「テメー、いま青野楓って言ったな」
昇降口から現れたのは黒人の男だ。血走った目で楓を睨んでいる。
犯人グループの1人で間違いない。
身長は聞いていた通り2メートルを超えており、おそらくアフリカ系。
右手にサブマシンガンを装備しており、左手で女性を抱きかかえるような形で盾にしている。
教職員か事務員かは分からないが人質であると考えるのが妥当である。
「その通りだ。君たちに勝機はない。なにせこの私が来ているのだ」
とはいえ、何を要求したいのかは知った方が良い。
楓にとってテロリストの鎮圧は造作もない。人質の救出とあわせても2分あれば解決できる能力を持っている。しかし、テロリストたちの要求を聞かずに突入した場合、人質に危険が及ぶ可能性は十分に高く、また強硬手段を取った楓本人の責任問題に発展する可能性があるため、要求に応じた後で一網打尽にしようと考えた。
楓にとってはテロ行為の容認やテロリストへの譲歩などはさほど重要ではなかったのである。
「ふん。こっちには人質がいる。迂闊に手を出したら女を殺すぞ」
銃口を人質に押し付ける。引き金を引けば間違いなく即死する。
サブマシンガンの発射速度は種類にも寄るが分速900発程度。
秒速に換算すれば1秒辺り15発撃てる計算になる。
当然、無抵抗の女性の頭蓋を破壊するのに15発も必要ない。
3発も直撃すれば絶命は必至であろう、1発でも殺傷能力的には問題ないが。
「賢明な判断だ。要求を聞こう」
「流石に理解が早いな。我々の要求は3ヶ月前に〈月〉にぶち込まれたレインの解放、それだけだ!」
要求内容を楓は把握した。
そして楓には『レイン』という人物の心当たりがあった。
だが。
「レイン……?レイン・アンダーソンのことか?あー、すまん、そりゃムリだ」
「要求が飲めないってか?こっちには人質が……」
「ヤ、そうじゃない、そうじゃないんだよ。確かに要求を受理できないのは間違ってねぇけど、その要求を叶えることは不可能だと伝えなければならねぇんだわ」
「何言ってる?」
「レイン・アンダーソンなら殺した、私が処刑した。だからもうこの世には居ない。居ないヤツを引き渡すことはできない、諦めてくれ」
静寂。
楓が発した言葉を犯人が理解するには数秒必要だった。
「テメェ!!」
犯人は楓に銃口を向け、引き金に指をかける。
「怒るなとは言わない。でも、アイツは死んで当然のヤツだ。慈悲なんてあるわけねぇよ。すまんな。別にコッチも楽しくて殺したわけじゃない」
わなわなと露骨に震えている。
恐怖ではなく憤怒によって震えている。
楓も分かっている、自分が外道な発言をしているということは。
しかし、楓にとって、人殺しも処刑も特別な行為ではない。
「なぁ、テロリストくん。あんなクズのことは忘れて投降したまえ。今なら司法取引とかそういうので刑を軽くしてやる。だから、まぁ、アレだ。俺の手を煩わせるな」
「テメェは死ね!!」
誰かに恨まれることも日常茶飯事なのである。
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