4章 ベリーで繋がる世界

第13話 戻ってきた日常

 ビヨンが無事に戻ってきたことで、タイトルページにも平穏が戻ってきた。

 ウルスラをはじめとするビヨンの身内の者たちは、覚悟も決めていたという。だから、生きて戻ってきただけでもこの上ないといった様子だった。


 一方、タイトルページの住民の中には、救助隊の出動が遅れてしまった事を咎める者も少なくなかった。それも仕方がないことだろう。ただでさえ人命がかかっていたし、それが公認ベリー売りとなれば騒動になる。

 ベリー売りはタイトルページのみならずドラゴンメイドの社会にとって今や重要な存在である。そんなベリー売り達が安心して野生のベリーを採集できないことは大問題であるからだ。


 しかしながら、救助隊の遅れを咎める町の声をそれとなく聞いていると、やはり引っかかってしまうものもある。誰も彼もがグリズリーの駆除を前提に話しているように聞こえてしまうからだ。

 以前ならば、きっと私もそれについて疑問など感じなかったのだろう。けれど、私は知ってしまった。バーナードのことやアーサーのこと、そして、ビヨンを運ぶことを手伝ってくれた名前も知らないグリズリーたちの事を。

 そうなれば、空気には敏感になってしまう。


 それはそうと、人助けに貢献したとして私とブルーは表彰されることとなった。住民の半数がクマ族であるタイトルページにて、赤いずきんのヒト族女性とマヒンガという組み合わせは、ただでさえ目立つ。けれど、今回の事で少なくとも悪目立ちではなく、いい意味で注目されたことは決して悪いことではない。

 だが、正直に言って、私の心境は複雑だった。ビヨンを助けたのは私とブルーだけではない。アーサーだっていたし、名前も知らないグリズリーたちだっていたからだ。


 ビヨンも意識は混濁していたものの、グリズリー達に囲まれていた間の奇妙な日々と、最終的に運んでもらった時の事について何度も語り、タイトルページの住民たちもそれを興味深く聞いているらしい。

 だが、あくまでもそれは、興味深い体験談に過ぎなかった。名前も知らないグリズリーたちだって、状況次第ではビヨンが死ぬことを願っていたし、アーサーはグリズリーとしてカウントしていいのか躊躇ってしまうような変わった存在だ。


 そう思うとやはり、奇跡的な体験談という括りでいいのだろう。それに、ビヨンが助かると分かった直後にさっさと森山へ帰ってしまった町で表彰されることを望んでいるとも思えない。

 だから、結局はこれでいいのだろう。私はもやもやした気持ちをしまい込み、自分にそう言い聞かせることにした。


 ちなみに、我が弟クランは、私とブルーが表彰されても、ちっとも嬉しそうではなかった。少しは褒めてくれたっていいのに。


「いいか、ラズ」


 表彰式のあった日の夜、宿でクランは私に言った。


「この町の全住民があんたを称えたとしても、俺は一生言い続けるからな。ベリー銃を過信するな。己を過信するな。その犬っころを過信するなって」

「え、ボク?」


 驚いたブルーが舌を出しながら問い返すと、クランは透かさず指をさした。


「それそれ! その間抜け面! いいか、犬っころ。お前、一応、オオカミなんだから、せめてもっと厳つい顔をしろ。せめて猟犬ぐらいは威圧感を出せ!」

「えー?」


 困惑するブルーが可哀想になり、私はついつい口を出した。


「別にブルーにそういう役割を期待してはいないわ」


 するとブルーは私を振り返り、両耳を倒した。


「えっ、そんな……!」


 ショックを受けたような声が彼の口から飛び出てきた。何か悪いことを言ってしまったのだろうか。

 それはともかくとして、クランの機嫌は直らなさそうだ。私がどれだけ的確に行動出来たか他人に評価されたとしても、彼にとってそれは奇跡が積み重なっただけにしか思えなかったのだろう。

 実を言えば、私もまたそうだと感じていた。誰に褒められようと、今回は巡り合わせが良かったのだとつくづく実感している。もし一歩踏み誤っていたならば、今頃きっとクランは私の墓の前で嘆いていただろうから。


「言われなくたって分かっているわ。こんな無茶は滅多にしない。私だってまだグリズリーの事は怖いもの」


 散々口うるさく言われながら、私はクランにそう言った。

 だが、クランは腕を組みながら、猛犬のように唸るのだった。


「とか言って、また同じようなことをするんだろう。くそ、今回の事ぜんぶ手紙に書いてやるからな。姉さんに言いつけてやる!」


 彼の言う姉さんとは、グース姉さん以外にいない。

 困ったものだが、言いたいだけ言わせておこう。クランがいつも大袈裟であることは、家族全員が知っている。今回の事を仮に書かれたとしても、またクランが一人で怒っていると捉えられて終わりだろうから。……そうであってほしい。

 その後も、だらだらと文句を述べるクランの言葉を片耳から片耳へと聞き流しながらベッドに横たわっていると、しばらくの沈黙の後でクランがふと小さな声で切り出した。


「それにしても、良かったよな」

「なにが?」


 身を起こして訊ねると、クランは水色の目で私を軽く睨みつけてきた。


「決まってんだろ。ビヨンさんだよ。助かって良かったよ」

「ああ、そうね。本当に良かった」

「……で、なんだっけ。子熊? グリズリーのチビがケガしてたんだっけ? 良かったな、助かってさ。そのおかげでグリズリーも帰ってくれたんだろう?」

「うん。そうなの。助かって本当に良かった」


 そう答えながら、実際に子熊を見せてもらった時の事を思い出す。酷い怪我ではあった。ブラッドベリーが生えてくる前に命を落としていてもおかしくはない怪我だ。しかし、幸いなことに治るものだった。事前に語った万能薬を使うまでもなく、清拭用のアクアベリー、解毒用のピュアベリー、そして、見舞いのためのサーモンベリー。一般的な公認ベリー売りが持っていてもおかしくない在庫だけでどうにかなった。

 きっと、ベリー売りならば、私でなくたって子熊を助けることは出来ただろう。そう呟くと、クランはしばらくの沈黙の後で、呟くように言った。


「そんな事はないよ」


 私と目を合わさないまま、彼はため息を吐いた。


「少なくともあの時、その子熊を助けられたのはあんただけだったんだ」


 そう言って、彼は照れ臭そうに頭を掻いた。

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