第7話 キツネの隠れ家

 バーナードと共に訪れたのは、タイトルページに滞在して以来、何度か足を運んでいる食事処「キツネの隠れ家」だった。

 住人の半数以上がクマ族であるここタイトルページの中で、クマ族でなかったり、クマ族であってもイレギュラーな存在であったりする人々にとって、隠れ家的な飲食店というものはひっそりと存在しているものだが、このお店もまたその一つだ。

 この店を私たちに紹介してくれたのはバーナードで、キツネの姿をした店のマスターはバーナードのことをバーニーと愛称で呼ぶほどの友人である。


 キツネの姿をしている、と言ったが、マスターはキツネ族ではなく私と同じヒト族の男性である。キツネ化症候群──通称「フレッドの呪い」という風土病に罹ってしまい、キツネのような見た目になっているのだ。

 奇病であることから不気味がる人間もいるようだが、少なくともこの店を気に入って通うような人間にそんな者がいるはずもない。

 だからだろう。この店はいつも温かくて、居心地の良い空気に満たされていた。


「さあ、何でも注文してください。今日はボクのおごりですよ」


 上機嫌でバーナードはそう言った。

 お言葉に甘えてメニューを眺めるのは、私と、ブルーと、そしてついでのクランだ。なんでも、と言われて秘かに目がいってしまうのは、この店で一番高いメニューだが──結局、私たちの決めた注文は、いつも頼むのとさほど変わらないものだった。


「おや、いいんですか? バーニーもこう言っていることですし、せっかくだし一番高いのになさっては?」


 マスターがくすりと笑いながらそう言ったのだが、それにはクランが同じように笑いながら返した。


「いいんだよ、マスター。こういうのってさ、誰かに奢ってもらって食べると違う味がするもんなんだよ。ただでさえ美味しいものが、気持ちさらに美味しくなるって感じかな?」


 ちなみに、奢ってもらった理由は落とし物の件である。どうやら間違いなく彼のものであったようで、感謝のためとのことだった。

 思いがけない提案に、嬉しい気分でいっぱいだった。施しのベリーがいつの間にかあなたのもとに、というドラゴンメイドの古い諺があるが、まさしくその通りだ。


 しかし、そんな嬉しい気持ちに浸っていた矢先、近い席に座っていたイタチ族の二人組の世間話が聞こえてきて、私たちはしんとしてしまった。


「なあ、そういえばさ、アレどうなったのかな?」

「アレって?」

「ほら、今朝言っていた」

「ああ、グリズリーの件か?」


 ピリッとした緊張を感じてしまった。バーナードが気を悪くしないか心配になったからだ。

 だが、そんな私たちの気持ちを感じ取ったのか、バーナードは自ら私たちに対して小声で切り出したのだった。


「ボクも小耳に挟んだのですが、ベリー売りさんが行方不明になっているとか?」

「……ええ、そのようです」


 観念して認めると、バーナードはため息を吐いてから腕を組んだ。


「グリズリーが邪魔をするっていう話はよくあるんです。今回のような一刻を争うような事態であっても……。そういう事もあって、ボクを警戒する人も多いのでしょうね」

「だからって、何もしていないバーニーに嫌がらせするような道理はないはずですよ」


 そう言って割り込んできたのはマスターだった。私たちが頼んだベリー入りのカクテルをぽんぽんと置いていきながら、彼は語った。


「クマ族だって色々いる。キツネの姿をしている者だってね。だから、グリズリーだってそうであるはずなのに、一緒くたにしてしまう人がいるのは残念です」

「ありがとう、マスター。でも、ボクはこの手の話を聞くたびに落ち込んでしまうんです。どうしてボクの祖父母のようには行かないのだろうって」

「ねえ、バーナードさん」


 と、そこへブルーが問いかけた。


「グリズリーはどうして邪魔をするのかな? 何か事情があるのかな?」

「事情ですか……さあ、ボクにはさっぱり。ああ、でも、ボクの親戚ならよく知っているのかもしれない」

「親戚?」


 クランが問い返すと、バーナードはこくりと頷いた。


「実はですね、ボクの祖父母が暮らしていた小屋に、ボクの従兄弟叔父いとこおじ……つまり母の従弟にあたる男性がいるんです。……えっと、生粋のグリズリーなんですけれどね」

「生粋の……」


 思わず言葉に詰まってしまった。考えてみれば、バーナードにそういう親戚がいたっておかしくはない。祖父がグリズリーということはそういうことなのだから。

 それよりも、とっさにこんな反応をしてしまった自分に腹が立つ。いくら、グリズリーに対して恐怖心があるといっても、親しみを持ってくれている相手に失礼ではないかと。

 だが、バーナードは全く気に留めずに、話を続けた。


「彼に会いに行けたらいいのですがね……生憎、ここ数日間、予定が詰まっていて会いに行く暇がないんです」


 そう言って、バーナードは肩を落とした。


「こういう時にこそ、グリズリーの血を引くボクが率先して動けたらよかったのですが」

「……あの」


 そこで、私はとうとう切り出した。


「その親戚さんがいらっしゃるお家って、どのあたりにあるんですか?」


 今しがたのバーナードへの態度の罪滅ぼしのつもりでもあった。彼が動けずに歯がゆい思いをするならば身軽な私が、ということだ。

 だが、思い立った自分を抑えきれなかったという理由の方が大きいかもしれない。クランが小声で私の名前を呼んで諫めてくるも、ほとんど耳に入ってこない。私はじっとバーナードを見つめていた。

 バーナードは目を丸くした。だが、すぐに我に返ると、小声になって答えてくれた。


「もしかして、行かれるおつもりですか?」

「バーナードさんの代わりに……と言っても、警戒なさるかもしれませんが」

「有難い申し出ですが……危険では?」

「それは、場所によります。どのあたりですか? ベリー畑より向こうか手前か次第では」

「なるほど……ベリー畑よりはこちら側です」

「ラズ!」


 と、そこへ、とうとうクランが強引に割り込んできた。


「そういうのは捜索隊に任せておけって」

「話を聞くだけよ。それに、ベリー畑より手前なら大丈夫でしょう?」

「でもさぁ……あ、そうだ、約束もなしにいきなり行ったら迷惑だろう? そうですよね、バーナードさん?」


 必死に問いかけるクランを前に、バーナードは困惑しながら頭を掻いた。


「いやあ、その……迷惑というか……確かに彼は驚くかもしれませんが……あっ」


 と、そこで、彼がふと手にしたのが、胸元に下がるペンダントだった。

 彼が持っているそれは、スピリットベアの欠片という特別なベリーである。クマ族にとっても、おそらくグリズリーにとっても大事なお守りであったといわれる貴重な代物だ。彼はそのペンダントを外したかと思うと、私の手にそっと握らせてきたのだった。


「バーナードさん……?」


 困惑する私に彼は言った。


「もし行かれるのでしたら、しばらくお貸しします」

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