第12話d マルタ騎士からの略奪


 フランス側の講和大使として、騎士団長が、ドロミュー(*1)を要求してきた。

 ドロミューはボナパルトが連れてきた地質学者だ。だが彼の来歴はユニークで、昔、マルタ騎士団に所属していた過去があった。


 少しでも騎士団に縁のある人間を大使に欲しい、ということらしい。


 ドロミューは自分が指名されたことに憤慨したが、それでも島に上陸し、騎士団に対し、マルタ島をフランスへ譲渡することを認めさせた。


 講和への署名は、ロリアン号で行われた。

 ボナパルトはドゼを立ち会わせた。


 「我々のマルタ占領に反対した場合は、すぐに60門の迫撃砲が街に投下されることになるだろう」


 マルタから派遣されてきた大使に向かい、ボナパルトは言い放った。

 騎士団には3日以内に島を出るよう、言い渡してある。


「だが騎士の諸君には、十分な配慮をしてある。それについてどう思うかね、ドゼ将軍」


 ここにドゼを立ち会わせたのには意味がある。マルタ攻略で鬼神のような働きをした将軍ドゼを見て、騎士団の大使は明らかに怯えていた。

 ある意味、これがドゼの一番の手柄かもしれないと、ボナパルトは皮肉な気持ちで考えた。


「提示された条件は、マルタ騎士団について非常によく考えられたものです」

ドゼは答えた。


 マルタ島を差し出す見返りとして、ボナパルトはドイツの領邦を提供するとした。また、騎士団長はじめ騎士らに相応の年金を支払う約束もした。

 もちろん、それが実現するかどうかは知ったことではない。ボナパルトはエジプトへ行くのだから。


 これは、講和などというものではない。明らかな脅しだ。


 ドゼは無表情でマルタ大使の前に立ちふさがり、彼を威嚇した。

 そのことに、ボナパルトは満足を覚えた。



 「あれは君の本心か?」

怯え切って大使が立ち去った後、ボナパルトはドゼに尋ねた。

「あれとは?」

ドゼが怪訝な顔をする。

「講和に関して君が言ったことだ」

「ああ」


 うっすらとドゼは笑った。


「マルタ側の大使は、交渉が下手です。彼は、騎士団の保護や、マルタ島と同程度の島の要求をすべきでした。少なくとも私ならそうします」

「なるほど」


 たしかにドゼならそうしたかもしれない。

 かつてドゼは、自分の上にいたピシュグリュやモローなど、ライン軍の総司令官に代わり、オーストリアとの交渉を手掛けて来た。

 彼の交渉は徹底しており、抜け目がなかった。


 マルタ島は、全面降伏したわけではない。無傷で使える武器や兵士が残っている。騒ぎを聞きつけ、イギリス艦隊が駆けつけてくるかもしれない。これらを最大限に使われれば、ボナパルトは窮したに違いない。


 たとえ講和の大使であったとしても、この男ドゼを敵に回したらめんどうなことになる、とボナパルトは感じた。


 「わずか1日でマルタ島を攻略した君の手腕は素晴らしい。あれは君の立案か?」

ボナパルトが褒めると、ドゼは顔を輝かせた。

「前日夕刻にガレー船で島の周辺を回り、作戦を考えました。レイニエ将軍やディリエと将軍、ヴォーヴォワ将軍とも密接に連絡を取り合って」


 島の北部やゴゾ島を攻略した将軍らの名を挙げ、功績の一部を彼らに帰すことを、ドゼは忘れなかった。しかしボナパルトはマルタ島を攻略した将軍達の栄光を讃えたいわけではなかった。


「大砲の使い過ぎだ」

「は?」

「砲撃の音は、君らが上陸した最初から鳴り響いていた。肝心のエジプトには、まだ到着さえしていない。あんなに派手に砲撃したら、肝心のカイロ包囲の時に弾や砲薬が足りなくなるではないか」


 ボナパルトは、ドゼを叱責したかったのだ。それによって、マルタ島を攻略した成功に酔いしれているであろう男を、完全に自分の配下に組み入れたかった。


「マルタ騎士達には初めから戦う意志などなかった。彼らは戦うふりをしただけだ」

「え……?」


ドゼが不思議そうな顔をした。


「市民プシエルグがそう伝えて来たではないか」

「その話は初めて聞きました」

「ほう? そうかね?」


 ドゼ師団のマルタ沖到着からマルタ島攻略までは、2日間しかない。ボナパルトの大船団に至っては、到着から攻撃まで、たった1日だ。


 しかもドゼ師団は、出航からマルタ島沖到着まで大船団別行動となってしまい、途中、連絡船が行き来することもなかった。

 連絡が行き渡ってていないのは、ある意味、仕方のないことといえた。


 そしてプシエルグの報告をドゼに伝えることなど、ボナパルトは、すっかり忘れていた。


「確かに守備隊は早々に降伏を伝えてきました。あれはそういうことだったのですね……」


 つぶやくようにドゼが言った。彼は、ボナパルトが連絡し忘れたことをなじったりしなかった。当たり前だ。ボナパルトは彼の上官なのだから。


「しかしながら、天然の要衝は打ち壊すのに時間が掛かり、固い岩を吹き飛ばすのにはぜひとも、大砲の助けが必要でした。騎士団は互いに裏切りを疑って内乱状態になっており、町の人々は逃げ惑い、女たちは泣き叫び、辺りは騒然としていました。大砲の威力があったからこそ、混乱の早期収拾が可能になったのです。フランス側の死者が三名で済んだのは、砲弾の威力のお陰です」


 ボナパルトは砲兵出身だ。だから、ドゼの言いたいことはよくわかる。しかし、ドゼは間違っていると思った。


「若干犠牲者の数を増やしても、砲弾と火薬を温存すべきではなかったか」

驚いたようにドゼはボナパルトを見つめた。

「砲弾や火薬は、騎士団の備蓄を持ち出せばよいのでは? しかし、失われた兵士の補充は効きません」

「兵士だって同じことさ」


 恬としてボナパルトは応じた。彼はドゼが何を言いたいのかわからなかった。



 マルタ騎士団の財宝(一部はディリエがフランスへ持ち帰った)と、武器弾薬、水や食料、新鮮なオレンジ、それにマルタ島で使われていたトルコ人奴隷や、30歳以下のやる気のある騎士まで船に乗せ、漕ぎ手ごと接収したガレー船を含め使えそうな船は全て接収し、ボナパルトの船団はマルタ島を離れた。








________________


*1 ドロミュー

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