第12c話 マルタ島攻略
エジプト遠征に先駆け、攻略すべき対象があった。マルタ騎士団だ。これは、政府からの要請でもある。
前年、騎士団長に初めてドイツ人が就任した。騎士団がオーストリア寄りになる懸念が生じた。
その上、マルタ島はエジプトとフランスの間に位置し、補給をするのに最適な立地にある。現に、今この時も、フランス艦隊は水と食料の不足に悩まされていた。
すでにこの島に親族が暮らしている市民プシエルグが潜入、情勢を探っていた。彼は共和派のマルタ騎士に接触、騎士団全体に戦うが乏しいことを知り、形ばかりの抵抗を勧めた。
マルタ側に抵抗の意志がないことは、ボナパルトにも伝わっている。
◇
海が見えなくなるほどの大艦隊でマルタ島の住民を脅かしたボナパルトは、マルタ騎士団に対し、補給の為の寄港を要求した。
騎士団からは、一度に4隻の寄港しか認めない、と通告してきた。
フランス軍には80隻以上の帆船があり、提示された方法では全ての船に給水するのにに20日もかかる計算になる。
給水を拒絶するのではなく一度に寄港する船の数を制限するのは頭の良いやり方だ。だが、ボナパルトには通用しなかった。彼はマルタの対応を理不尽を捉え、麾下の師団に島への上陸を命じた。
マルタ攻略には、ディリエとヴォーヴォワの師団(*1)を使うつもりだった。片方は戦利品を積んでフランスへ返すつもりだったし、もう片方はそのまま占領軍として島を管理させるつもりだった。
2師団で充分だと思ったのだ。
しかしここへ来て気が変わった。
新しく得た玩具を試す気持ちにも似て、ボナパルトは、ライン方面から来た二人の将軍の軍……ドゼ師団とレイニエ師団を加え、合計4師団をマルタへ送り込んだ。
ドゼはマルサシュロック(マルタ南部の広大な海岸)から上陸し、レイニエはゴゾ島に上陸した。レイニエが多少手こずったが、一日でマルタは陥落した。
◇
マルタ島北部の入り江で、砲兵隊長ラトゥールヌリエは憮然としていた。
島の守備隊は、わずか数発の砲撃で、あっさりと陥落してしまった。防壁の後ろに隠れた敵の抵抗は続いたが、小銃や手榴弾による攻撃だ。それに対し、フランス軍は大砲で応戦した。時代遅れの騎士団など、所詮、敵ではない。
ならば、何も自分が砲撃する必要はなかったのでは? 煎じ詰めれば、自分がこの遠征に参加する必要があったのか。
目的地に着かないうちから、ラトゥールヌリエの心は、憂いでいっぱいだった。
「エティエンヌ!」
憂愁に沈むラトゥールヌリエに呼びかけてきた者があった。この暑いのに、青いコートを着ている。まるでその下の将校服を隠そうとしているかのように。しかもその青いコートは、つんつるてんだった。
「ドゼ将軍!」
思わずラトゥールヌリエは声を上げた。
ライン・モーゼル軍時代の上官、ドゼだった。彼を遠征へ連れて来たドゼだ。
「貴方も
「うん。南のマルサシュロックにね!」
「ああ!」
確かに北のゴゾ島と並んで、南の方角からも派手な砲撃の音が聞こえていた。派手ではあるが、統率に欠けたでたらめな砲撃音だった。
ドゼはにこやかに笑っていた。
「迎えに来たよ、エティエンヌ」
「迎えに来たって、ドゼ将軍……」
「ディリエ将軍は、戦利品を持ってフランスへ帰るそうだ。だから、君は俺の船へ来るんだ」
「……え?」
ドゼと共に遠征へ行くはずだったが、ラトゥールヌリエの乗船地は、ジェノヴァだった。ジェノヴァの司令官は、ディリエだ。出航前から、ラトゥールヌリエは、ドゼと引き離されてしまっていた。
それが、彼の憂鬱の原因だった。
「
……優秀?
ラトゥールヌリエの胸が詰まった。もちろん、自分と一緒にボナパルトの遠征に参加するように誘ってくれたのだ。ドゼが自分を買ってくれているのはわかっていた。しかし、こうまで衒いなく口にされると、やはりぐっと胸に来るものがある。
「いやか?」
不意に、ドゼの瞳が曇った。
「君を遠征に誘ったのは強引だったろうか。ディリエ将軍と一緒にフランスへ帰りたいか?」
ライン・モーゼル軍から、ドゼは、ほんの一握りの将校しか、遠征に連れて来なかった。兵士たちに至っては、ほぼ全てが、元からイタリアにいた部隊だ。
知らない将校や兵士たちの中へ赴くのは、彼だって不安だったのだろう。だからドゼは、彼が本当に信頼している、安心して背中を預けることのできる者だけを厳選し、遠征に連れて来た……。
「まさか!」
ラトゥールヌリエは笑った。今までの憂鬱な気分は、一瞬で消え失せていた。
「ご一緒に参ります、ドゼ将軍。あなたの行くところなら、たとえ地獄の底だって」
________________
*1 ディリエとヴォーヴォワ
マルタ島から取り上げた財宝その他を積んで帰国の途中、ディリエはイギリス艦に拿捕されてしまいます。釈放後に帰国、軍法会議にかけられますが、無罪となります。
ヴォーヴォワはマルタを占領する為に島に残りました。
ところが、ボナパルトの大船団が立ち去った後、マルタ島はイギリス軍に包囲されてしまいます。補給路を絶たれたフランス守備隊は、首都ヴァレッタの馬、ラバ、犬、猫、ネズミに至るまで食べ尽くし、1800 年 9 月 4 日、ついにマルタを降伏させます。
マルタ攻略、詳細はこちら
https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-283.html ~
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