第12話e エジプト上陸
◇
航海が始まって1ヶ月半。ボナパルトの船団は、ついにアレクサンドリア沖に到達した。
当地の領事館から、不吉な情報が齎された。つい先日まで、ネルソンがいたというのだ。
海は荒れていたが、ボナパルトは上陸を急いだ。
「アレクサンドリア港はいけません」
熟練の海軍提督ブリュイが反対した。
「地元エジプトの攻撃が予想されます」
「現地人の攻撃など!」
鼻で笑うボナパルトを、ブリュイはまじめな顔で制した。
「船に乗り降りする時間が、軍にとって一番危険な時間です」
「ふむ。では、次に近い港といえば……」
地図を見ようとして俯き、ボナパルトは軽くえずいた。ブリュイが引き取る。
「次の候補はアブキールですが、ここはアレクサンドリアまで距離がありすぎます」
「なら、近くの浜辺に上陸しよう。何の変哲もない浜に上陸すればよい」
何か言いたげな顔をしているブリュイの前で、ボナパルトはばたんと海図を閉じた。
「ここから最も近い浜辺は?」
「
しぶしぶ、ブリュイは答えた。
海の荒れを衝いての上陸だ。軍は大混乱となった。
波が高く、兵士らは手漕ぎボートに乗り移るのに、大変な困難を強いられた。ロープで船から吊り下げられ、ボートが近くに来るまで、そのままぶら下がっていなければならない。停泊している戦艦が他の船とぶつかり、壊してしまうこともあった。
溺死者が20人で済んだのは奇跡だと言える。
ボナパルト自身も上陸を試みた。
ロリアン号からガレー船に乗り、さらにランチに移ろうとして、ボナパルトは逡巡した。小さな小舟はあまりに激しく揺れていた。舟の下の海は黒く底知れない不気味さを湛えている。
ぶるりとボナパルトは震えた。
ためらうボナパルトの手を、ブリュイが握った。年上で熟練の海軍司令官の手は、不思議とボナパルトを落ち着かせた。
「2日の遅れが、我々を救いましたな」
ボナパルトの手を掴んだまま、ブリュイは言った。ちなみに彼は、荒れた天候下での強引な上陸に反対していた。
「チビタベッキア船団の遅れが、我々に幸運を齎したのです」
航海が予定より2日遅れたのは、ドゼ師団が約束の日時に合流できなかったせいだ。
そして、もうあと1日早くアレクサンドリア沖に到着していたら、待ち構えていたネルソン艦隊との間に熾烈な戦闘が始まっていただろう。アレクサンドリア港に3日間停泊していたネルソンが見込み違いに激怒して立ち去ったのは、昨日だ。
ほんのわずかな時間差が、フランス軍のエジプト上陸を可能にした。
ドゼが約束の場所に来なかったことによって齎らされた時間差が。
しかしそれを認めるのは癪だった。
ブリュイの手を半ば振り放すようにして、ボナパルトはランチに飛び移った。
そのドゼ師団は、レイニエ師団とともに、未だ沖合にいた。
翌日になっても、ドゼはまだ、船の上で波に揺られていた。
彼らの上陸を待たずに、ボナパルトはアレクサンドリアへ向けて進軍を開始した。
アレクサンドリア侵攻に、ドゼは全く貢献していない。
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アレクサンドリア上陸の際のごたごたについて
https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-288.html
ブログではアレクサンア行軍が続きますが、こちらの小説はドゼ師団を追いますので、アレクサンドリア攻略には触れません。
ご興味のある方は、ブログの以下のリンクから先をご覧ください
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