7.イタリア
第60話 ブリュメールのクーデター
その知らせは、サン=シルがドイツへ向かってすぐに、イタリアへ齎された。
……エジプトから帰国したボナパルトがクーデターを起こした。
ジャンは激しく混乱した。
エジプトから帰国? アンリは帰ってきたというのか? それならなぜ、手紙の一本も寄越さない?
なぜ? まさか……。
詳細は間もなく伝わってきた。イタリアやドイツでの敗北を知り、急遽ボナパルトは、腹心だけを連れて帰国したというのだ。
祖国を危機から救うために。
彼の留守中、フランス軍は、ライン河右岸から追い返され、カンポ・フォルミオ条約で得た領土の殆どを失った。国内では王党派が暗躍し、総裁政府は脆弱すぎて民衆の不満を抑え込むことができない……。
だからボナパルトは軍の力を背景に、クーデターを起こした。彼は政府を掌握し、三人いる執政(総裁)の頂点に立った。
遠征軍は未だ、エジプトにいるという。
……なら、アンリから連絡が来ないのも不思議ではない。エジプトから出した手紙は、悪いイギリス人が略取してしまうというではないか。
ジャンがほっと胸をなでおろした時だった。
「アンリは死んだ」
ひそひそと囁きが聞こえた。
「あいつは、ボナパルト将軍の指揮の元、シリアへ遠征に出た。そこで……」
「嘘だ!」
思わずジャンは、そいつの胸ぐらを掴んだ。
「嘘なものか。ボナパルトの参謀のベルティエ将軍、な、彼のコレがイタリアにいるだろう?」
襟を掴まれたまま、男は下品に指を立てみせた。
「その女がサロンで言ったそうだ。ミルー将軍の部隊は全滅したって」
「嘘だ」
ミルー将軍の名を聞いて、ジャンにいくらか余裕ができた。
「ミルー将軍はドゼ師団だ。ドゼの軍は上エジプトに駐屯している筈じゃないか。それがなぜ、ボナパルトと一緒にシリアへ行くんだ?」
男はジャンの手を振り放した。
「お前、知らなかったのか。ミルー将軍は死んだぜ。エジプトに上陸してすぐに。それで彼の軍は、ボナパルト将軍の軍に吸収されたんだ」
ジャンは絶句した。手放したというのか? ドゼはアンリを、ボナパルトの下に追いやったと?
……ミルー部隊が全滅? アンリが、死んだ?
膝がしらが震え、口が乾いた。ジャンはわなわなと震えだした。噂に興じていた一団が、鼻白んだ様子で離れて行く。最後の一人が、慰めるように彼の肩を叩いた。
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*ブリュメールのクーデターについて調べたことは、ブログにございます
https://serimomoplus.blog.fc2.com/blog-entry-142.html
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