第24話 アル=アズハル籠城
10月21日、一人の
「神はただ一人だと信じる全ての人よ。モスク、アル・アズハル(*1)へ来たれ!」
手に手に武器を持ち、人々はアル・アズハルへ立てこもった。
フランス軍で最初に殺されたのは、カイロの司令官、デュピュイだった。イエニチェリ(*2)に槍で背中を刺された彼は、運ばれる途中で亡くなった。
その頃ボナパルトは、カイロを離れていた。
……すべては順調だ。カイロは完璧に統治されている。
満足して戻ってきた彼は、デュピュイが殺されたことを知らされた。
おまけにカイロの表門は閉ざされ、一行は、別の門から首都に入城する始末だった。
暴徒はボナパルトに同行していたカファレリ将軍の留守宅へ向かい、そこにいた地図製作者ら4人が外へ出るのを待って虐殺したという。他にも、軍の病院が襲われ、2名の外科医が殺された。
「デュマを呼べ」
自宅として接収したエルフィ・ベイの宮殿に落ち着いたボナパルトが真っ先に思いついたのは、漆黒の偉丈夫、デュマだった。
彼は馬に乗ったまま梁に手をかけて体を持ち上げ、なおかつ、両股に挟んで馬をも持ち上げるという、恐るべき怪力の持ち主だ。立っているだけで威圧感がある。
砂漠の行軍では、ボナパルトを批判する彼を追い出してやろうかと思ったが、こういう時に頼りになるのは、やはりデュマだ。
死んだデュピュイに代わり、ボンをカイロ司令官に任命した。
「モスクにいる全員を根絶せよ」
ところが、呼び出したデュマがなかなか来ない。
「大変です! スルコウスキー准将が!」
デュマの元へ使いに出した副官の名を口にして、事務官が駆け込んで来た。
「彼は暴徒に襲われ、犬に……」
言いかけて、事務官は口を抑え、えずいだ。
ポーランドの独立を夢見てボナパルトに加わった副官
ボナパルトは激怒した。
城壁に備えてあった大砲に榴弾砲(*3)と追撃砲を加え、砲撃を開始した。
カイロの人々は大砲の音に驚いた。耳が聞こえなくなり、穴に籠って泣き叫ぶ。
砲撃は、正午から夕方まで続いた。
日も暮れる頃、3個歩兵大隊と500頭の馬がアル・アズハルモスクに到着した。
モスク中庭には、鼻から血を噴出した馬に跨ったデュマがいた。彼は黒い胸を剥き出しにし、サーベルを頭上で打ち鳴らしていた。
「天使だ! 恐怖の天使が降臨した!」
アラブ人達は叫び、逃げ惑った。
暴動はわずか2日で鎮圧された。
フランス軍300の犠牲者に対し、カイロ市民は2000から3000の使者を出したという(*4)。
神聖なモスクには馬が乗り込み、兵士らはあちこちでワインを飲んでは唾を吐き散らし、放尿した。
本やコーランは踏みにじられ、貴重な写本は持ち去られた。
しかし、捕虜の殺戮はまだなかった。
アル・アズハルモスクに立て籠っていた
圧倒的な力で自分たちを打ち負かした異国の将軍を前に、彼らは怯えきっていた。
意外にも、ボナパルトの表情は穏やかだった。
「諸君らを罰することはしない。私はイスラムを尊敬している。恩赦を与えよう。神聖な書物も返却する」
ボナパルトが処刑したのは狂信者、「暴力的で和解できない心の転換をした人々」だけだった。
少しだけ彼は、ドゼを見習ってみた。誰にでも胸襟を広げてしまう、公正で、人懐こい男を。
しかしボナパルトには、相手に歩み寄り、理解しようとする気持ちが、絶対的に欠けていた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
*1 アル・アズハル モスク
970年、カイロに造られた最初のモスク。「千のミナレット(イスラムの塔)の都市」の異名を持つ
*2 イエニチェリ
オスマン帝国の歩兵
*3 榴弾砲
コンパクトで高仰角、飛距離が短い
*4 カイロ蜂起の犠牲者
5000-6000とも。(wiki)
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