第17話 シュブラキイトの戦いとボナパルトの怒り


 各師団ごとに、軍は方陣を組んで野営していた。ドゼの情報を元に、方陣を組んだまま出発することになった。

 また、学者など非戦闘員は全てペレ提督の船団に任せ、ナイル川を遡上させることにした。


 果たしてシュブラキイトには、マムルークの大軍が駐屯していた。きらびやな衣服に身を包んだ美しい男たちの軍に、フランス兵らは息を飲んだ。


 美しい……確かにその通りだ。

 マムルークは、親から子、子から孫、というふうに血筋が継がれていくわけではない。

 彼らの軍事的系統は、マムルーク奴隷によって継承されていく。奴隷として買われてきた少年たち(多くはアルバニアやコーカサスからかどわかされてきた)は、乗馬や剣の使い方など、軍事的なあらゆる教育を受ける。成長して自由民として解放された彼らのみが、軍を統率し、軍事貴族として君臨することができる。


 それゆえ、彼らは、息を飲むほど美しい。そして残忍だ。


 曲がった刀を振りかざし、マムルークの騎兵たちが襲ってきた。彼らは、走る武器庫だった。銃、剣、敵の頭蓋を打ち砕くハンマー、ありとあらゆる武器を携帯している。弾のなくなった銃を後ろから走って来る召使に投げ捨て、すかさず剣を抜いて切りかかる。彼らは、馬を操りながら一撃のもとに敵の頭を切り落とすことができた。

 

行こう、祖国の子らよAllons enfants de la Patrie

 砂漠に歌声が轟いた。

栄光の日がやってきた!Le jour de gloire est arrivé !


 ボナパルトが歌わせている。味方の士気を上げようというのだ。この作戦は奏功した。未開の民族の攻撃に対するわけのわからぬ恐怖から、軍は即座に理性を取り戻した。


 乾いた砂漠に、誇り高いフランスの歌が広がっていく。


 マムルーク達が聞き耳を立てた。彼らは、方陣を初めて見た。そもそも陣を組んで戦うという概念が彼らにはない。

 突然歌い出した敵を警戒し、ろくに攻撃をせぬまま、マムルークの一団は立ち去って行った。


 これも、ドゼの言ったとおりだ。軍に損失は殆ど出ていない。


 被害はむしろ、船団にあった。

 カイロから出て来たマムルークの船団がペレの船団を捕捉した。激しい砲撃が始まった。フランスの砲艦3隻に対し、ギリシャ人の水兵に操られたマムルークのそれは7隻もあった。


 陸軍は砂漠でマムルークの騎馬軍団と対峙しており、すぐに駆け付けることができない。


 1時間ほどの砲撃の末、ペレの船団は、砲艦1隻とシーベック*1隻を残し、敵の手に落ちた。

 奪われた砲艦の甲板では、マムルークが歯をむき出して笑いながら、捕虜になった兵士らの首を掻ききっている。

 シーベックに乗っていた市民たちは真っ青になった。ある者は死を覚悟し、ある者はその知識を利用して銃撃に協力した。


 決死の覚悟が実ったのか。シーベック、サーフ号le Cerfからの砲弾が、マムルークの砲艦の一隻に当たった。

 たまたまこの船は、砲薬を積載した船だった。マムルークの船は轟音を立てて爆ぜ飛んだ。甲板にいた人々がエジプトの真っ青な空に舞う。恐怖の悲鳴が上がった。

 一方のフランス艦の方からは、気が狂ったかのような笑い声が聞こえて来た。間近に迫った残酷な死を免れたフランスの人たちが、ヒステリーの発作を起こしたように笑っていた。


 シュブラキイトのこの戦いでは、陸軍は損失なし、海軍の損失もそれほど大きくはならなかった。


 戦いの後、3時間ほどの休憩を取り、軍は再び、砂漠を歩き始めた。ドゼ師団が最前衛なのは変わっていない。


 翌日明け方、補給を待つためにドゼ師団は停止した。乏しい水や食料は、とっくに尽きてしまっている。補給がなければ、厳しい砂漠を横断することはできない。

 すぐ後ろからきたレイニエ師団が追いついた。両師団は、砂漠でビバークすることにした。


 ところが、いくらも経たないうちに、後ろから馬の足音が聞こえた。


「何をしている!」

ボナパルトだった。彼は、怒り狂っていた。

「砂漠の行軍で、兵士らは疲れ切っています。彼らの喉の渇きは凄まじく靴さえ……、」

言いかけたドゼを途中で遮った。

「すぐに行軍を再開せよ!」


 もうすぐナイル河は、洪水の季節を迎えようとしている。その前に、カイロを攻略しなければならない。再びマムルークの攻撃にあったらたまったものではない。

 ボナパルトは焦っていた。


「ですが、一切の補給は届かず、火薬・食料はおろか、飼い葉さえ……」

 補給がなかったから行軍が遅れたというドゼの釈明は、ボナパルトを一層、苛立たせた。物資を送らなかったのは、ボナパルトだ。

「言い訳は許さない。俺は命じた。行軍を再開せよ」

「……わかりました」


 ドゼは立ち上がった。来た道を、ボナパルトは戻っていく。


「なんだよ。君は、ボナパルト将軍の友達になったんじゃなかったのかよ」

 レイニエが近づき、ドゼに言う。

「力及ばずだ。すまん、レイニエ将軍」

 ライン軍時代からの戦友レイニエは肩を竦めた。





 ドゼには、苛立たされてばかりだ。

 馬を走らせながら、ボナパルトは腹の虫が治まらない。


 トゥーロンから出港したボナパルトは、マルセイユ、ジェノヴァからの船団とは予定通り合流できた。ところが、チビタベッキアからのドゼの船団とだけは、予定通りに合流できなかった。

 イギリス艦隊に見つかってしまったのかもしれないから探しに行くべきだという熟練の海軍総司令官ブリュイの進言を、ボナパルトは却下した。イギリス艦隊がうろうろしているのなら、なおのことだ。自分たちの大艦隊の数を減らすのは危険だ。それにもしかしたら、天候のせいかもしれない。慎重なあの男のことだから、海が荒れたら出航を送らせるに決まっている。


 なんにせよ、ここで予定より2日ほど遅れが生じてしまった。


 それから数日後、海の彼方にドゼの船団が現れた。しかし、ボナパルトの大船団に追いつくことはなく、いつの間にかまた、姿が消えていた。

 大船団の方も輸送船で火災が発生し、また、折からの強風で、ドゼの船団を探すどころではなかった。


 そのまま船を進めたところ、ドゼ師団は、マルタ島の沖にいた。すでに2日も大船団を待っていたという。

 これでは、ドゼの遅れを責めることができない。憮然としたボナパルトは、港に近いことを理由に、他の3師団と共にドゼ師団にもマルタ島攻略を命じた。


 出航だけではない。

 ドゼは、エジプト上陸にも後れた。


 海が荒れたのは事実だが、またドゼ師団は最も沖合にいたわけだが、ドゼは座礁を恐れ、上陸を翌朝まで延期した。

 その頃にはもう、軍の本体は、アレクサンドリアへ向けて行軍を開始していた。だからドゼと、同じく上陸の遅れたレイニエ師団は、アレクサンドリア攻略に参加していない。


 何より悔しいのは、いや、本来なら喜ぶべきことだが、それは、ネルソンの早とちりだ。イタリアで得た情報に基づいてネルソンがアレクサンドリアに来たのは、フランス軍が上陸する3日前だった。閑散としているアレクサンドリアを見て、3日ほど船を係留させただけで、彼はすぐにエジプトを後にした。フランス軍が到着する前日のことだ。

 ベテラン海軍将校たちは、ネルソンの追跡を逃れて無事上陸できたのは、ドゼの遅刻のお陰だとまで言っている。


 その上、砂漠の行軍を命じれば、飼い葉を寄越せ、大砲を寄越せ、挙句の果ては兵士の靴を寄越せ……。要求ばかりだ。


 配下のミルーのボナパルトへの批判。そして、勝手な休憩。


 どうしてあの男は、命令に従うということができないのか。いかに有能な将軍であっても、総司令官に従えないようでは、先が思いやられる。

 ドゼには厳しく接する必要を、ボナパルトは感じた。



 レイニエ師団を残し、再びドゼ師団が最前衛となって出発した。

 すでに、シュブラキイトでの勝利の余韻は消え失せていた。乾いた砂漠を、兵士らは水もなく、暑い砂の上を、ボロボロの靴で歩きはじめる。

 軍は、絶望的な行軍を再開した。






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*シーベック

 xebec

 3本マストの帆船。主として14世紀に地中海で活躍した

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