第21話 六谷と幽霊

「っと……寝たか」

 くたりと寄りかかってきた魁を受け止める。まあ、今日は色々あったし、毎日三條といて、気も張っていたんだろう。

 俺は敷いていた布団に寝かせ、コミュニティサイトを開く。


薙刀「がく、寝たぞ」

季節外れ「よかったです」

薙刀「ナチュが来ないな」

季節外れ「ナチュさんはつっくんさんにみっちりお仕置きするそうです」


 それは怖い。

 四善は普段は天然だが、怒らせると怖いのだ。よくいる怒らせたらあかんやつである。

 子どもの頃、俺も女の子を泣かせてしまったときにこっぴどく説教を受けたことがある。

 とりあえず三條、ざまぁみろ。

 さてと。

「……出て来い。俺には見えてる」

 俺はそれらに向かって呼び掛けた。

「そは誰か、主を害す者ならば、藤は咲きたることもなくあり」

「我は谷。川の流れに身を任せ、山を見守る草木となり」

 俺には霊視能力がある。それは、四善など身近な人間は知っていることだが、あまりおおっぴらにされていない秘密だ。

 四善がこの事故物件に俺が残ると言っても止めなかった理由の一つでもある。幽霊というのは、見えて、言葉が交わせれば、意外となんとかなってしまうものだからだ。俺にはそれができる。

 そしてたぶん、魁もそれができるのだろう。見ているだけでわかる。今俺に声をかけた少女の霊が、どれだけ魁を慕っているのか。

 藤はあなたを歓迎する、という花言葉を持っている。それが咲かないということは、俺が魁の味方でないならば、敵と認定するということだ。

 俺は答えた通り、魁を見守る草木となるだけだ。

「まともなやつが来たわね」

 魁に雰囲気の似たうちの学校の制服を着た少女が出てきた。

「お前、生き霊か」

「うげ、そんなことまでわかるの?」

 俺はこの力をまあまあ使い慣れていたりする。

「一応、こういうのが見えるってのは、慣れてるからな。ガキの頃から」

「ふぅん。特殊家系ってわけ?」

「いんや。一族では俺が初らしい。突然変異か何かだろうな」

 明らかに呆れられたのだが。

「まあ、魁の周りに何かいるのはわかってた。魁は普通に暮らしたいようだから、関わらないつもりだったんだが」

 俺はふわ、と欠伸をして、ベランダにぼうっと立つ影を見る。

「しょうぶしたぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「何だあれ」

 さすがに血眼になって勝負下着って叫んでるオバサンの幽霊を見過ごせるほど俺は呑気ではなかった。

 生き霊が説明する。

「ここの地縛霊よ。こないだまでもう一人いたのだけれど」

 なるほど、三條はこいつに夢枕に立たれたのか。ざまぁ。

 だが、もう一人いた、ということは何らかの方法で成仏したのだろう。

 魁の夢枕に立たれても困るしな。

「一肌脱ぎますか」

 生き霊に呆れの溜め息を吐かれた。

「うーん、でも三條への嫌がらせと考えると、このオバサンを生かしておくのもありか」

「生かすとか言ってるけど死んでるからね」

「わかってるよ生き霊」

「私は花子ですー」

 魁と同じ名前じゃねぇか、と思ったら親戚らしい。さきがけはなこが二人。ややこしい。花子と呼ぼう。

「にしても、よくもまあ三條の暴挙を許してたな」

「暴挙って言っても、華子お姉ちゃんが本気で嫌がってたわけじゃないからね。多少引いてたけど」

 あれは引かない方がおかしい。

 ちなみに席が近いから知っているのだが、あいつ、魁の隠し撮り写真をスマホで見てうはうはしていた。ストーカーかよ。

「今からくびり殺してやろうかしら」

「やめておけ。なんだかんだで魁のせいにされるぞ」

 ただでさえ、超能力者だとか変な噂が流れてるんだからやめてやれ。

 となるとやはりどうするのが最善か悩む。

 悩んでいると、花子がいともあっさり言い放った。

「そんなの、あんたがここに華子お姉ちゃんと住んじゃえばいいじゃない」

「んんっ!?」

 噎せた。

「変なこと言うな。ただの友達と同棲するか馬鹿」

「あら、三條だって、ただの友達扱いだったわよ?」

 そうだけどさ!

「話が飛躍しすぎだろ。それに俺が魁を襲う可能性とか考えないのか」

「そのときは、蓮の根の底に沈めましょう。救い求むる声も虚しく」

 藤の少女とは違う声が聞こえた。どうやら人魂が喋っているらしい。本当、盛りだくさんだな、ここ。

 子どもの声なのに言ってることがえげつねぇよ。蓮の根の底って泥の底じゃねぇか。物騒。

「まあ、しねぇけどさ。魁の意志とかあんだろ。一応、親御さんにも話さなきゃならないだろうし」

「あんなやつと別れればいいのに」

 ごもっともで。

 俺の扱いはとりあえず保留になった。

 少女は藤で、人魂は蓮というらしい。三條については、こいつらがぶっ飛ばしたらしいので、多少は溜飲が下がっているようだ。

「まあ、俺らがごちゃごちゃ考えることじゃないか。問題は魁が何を選ぶかだ」

 花子の話を聞いていると、小学校の頃から因縁のある女子がいて、いじめられているらしい。美人は苦労すると聞く。

 それでも縁切ってないんだから、こいつも大概、お人好しだよなぁ。

 色々解決しなければならないことがありそうだ。超能力者の件については、あながち間違っていないので、放っておこう。人の噂も七十五日だ。

 まずは三條についてだが……三條がちゃんと反省しているといいんだが。

 四善のお説教に信頼がないわけではないのだが、三條はあれで変に頑固なところがあるからな。

 とりあえず、寝るか。

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トイレの神様に逆らってみた 九JACK @9JACKwords

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