後編


 


「……千花から事情は訊いてたけれど……スカっとしたわー―……」


 俺達は繁華街のカラオケBOXに入り、一息つく。

 別にファミレスやファストフードでもよかったんだけど、カラオケBOXを主張したのは橘さんだ。カラオケBOXとか選びそうもないタイプだけど……多分これは俺の女装を慮ってのセレクトだな。

 別に構わないのに。

 服を脱がない限り、俺が男だって、道行く人だってわかんねえよ。

 しかし橘さん。こういう気遣いができるのに、なーんで上島なんかに引っかかったのやら。

 罰ゲームの嘘告でも、橘さんは真面目だから真に受けてしまったってところかな? でも彼女が上島にのぼせきっていたら俺等のこの仕返しにも頷かなかっただろうけど。


「上島が千花にコナかけたのが嘘告だなんてね……上島の取り巻き女達が千花を馬鹿にするのはどうかと思ってたんだよね」

「橘さんは大人しそうだから、弄り甲斐があるって踏んだんだろ。オレも2年前そうだったし橘さんの気持ちはわかるよ」


 新見さんの言葉に、尚人が応える。


「だけど……上島に付き合ってって言われて、頷いたのは、上島がよかったんだろ?」


 尚人の場合は男だから、今の俺の女装レベルの美少女じゃなくても、ちょっとカワイイぐらいなら頷いちゃったんだろう。

 性格的に硬い感じの橘さんも、ハニートラップには引っかかるのか……上島は確かにイケメンだけどさー。裏まで読めなかったかー。

 こういうの実際に見ちゃうとな。俺も気を付けよう……。


「夢みたいだな……って思ったの……あたしみたいに大して可愛くなくても、可愛いとか綺麗とか……上島君みたいにかっこいい子から言われて……」


 だよなー、橘さんいい子なんだけどなーそういう自信はなさそうだもんなー。そこで上島の取り巻きの女子から「アンタ、何勘違いしてんの? ジョーダンに決まってるじゃん」「上島君が本気でアンタなんか相手にするとか思った?」「嘘告にきまってるじゃーん」なんて言われちゃえばなー。


「ほんと……あたしなんかが……バカみたい……」


 自己評価低っ!!


「でも、ありがとう……宮前君……一条君……」


 橘さんはお礼を言う。


「それにしても……宮前君のソレは……すごいね」

「姉貴がコスプレ好きだから、中学の時もやってたよ、女装。これを見て、普通に男だとは思わないだろ」

「上島の奴も鼻の下思いっきり伸ばしてたもんねー。上島ガールズへのマウントの取り方も女子っぽい感じだったし」


 新見さんが感心したように俺を見る。


「すごい……美人……カワイイ……ナチュラルメイクに見える……」


 橘さんもじっと俺を見てそう呟く。


「カワイイは作れる」


 俺は何かのキャッチコピーみたいな一言を漏らし、コーラをストローで飲む。

 ストローを持つ指先の仕草も、女子っぽい感じを出したままだ。

 例え人目がなくても、中身が俺だと知る知人友人を前にしても、この恰好をしている限り、女子っぽい仕草は手を抜かない。

 今みたいに身内しかいない場合、言葉遣いは荒い感じに戻るけど。


「橘さんは手を入れなさすぎ、だから上島達に罰ゲームで嘘告されて、侮られるんだよ。制服きっちりは別にいいけど、髪もメイクもちょっと手を入れればモテの部類に入るよ」


 俺がそういうと、橘さんはショックを受けたような顔になる。そんな自信なさげな表情をしなくてもいけるだろ、女子だよ、キミ。

 男の俺がここまでできるんだから、できるだろ。


「まあな、ぶっちゃけ、見た目は作れる。俺もそうだし」


 尚人も俺に同意する。コイツも普通にオタクだったけど、今じゃ、見た目はモテ男上島の存在を脅かすイケメンに変貌を遂げた。中身はオタクのままだけど。

 コミュ力上げて、人当たり良く、ふわっとした感じのモテ路線を確立しやがった。ただ変化の時期が受験時と被ってて、周囲のみんなそれどころじゃなかったし、チェンジの方向性が陽キャじゃなかったから徐々に、「あ、なんか一条、最近いい感じ?」とか思われるぐらいで、高校に入ったとたん女子から注目されるという現在のスタイルに。


「目の前で性別変えられるヤツがいるなら、オレにも時間かければできるかなと」

「俺のことかよ」

「他に誰がいるよ」


 尚人と俺が軽口を叩きあってると、橘さんがしみじみと呟く。


「でも宮前君……ほんと……キレイ……」


 はっはっはー、褒めろ崇めろ、敬え、純粋な称賛ほど耳に心地よいものはない。


「橘さんだって、これぐらいにはなれるだろ」

「なれないよ。どうやったらキレイになるのか……わからないし……」


 橘さんの言葉に俺はカラオケボックスの天井を仰ぎ見た。

 うーん……まあなあ……橘さんは真面目を絵にかいたような子だから……。

 メイクとかお洒落とか、考えもしなかったんだろう。

 でもなあ、こういう子、大学入ったら浮くぞ? 女子は割と化粧はじめるし、元がいいから素のままで大学生活送って、就活の時に慌ててメイク覚えて、それがおぼつかない感じのまま就職して、化粧がヘタとか周りの女子にプークスクスされそうだな。

 眼鏡してるから余計にな~。

 眼鏡も需要あるアイテムだけどさ。

 そのボストンタイプのフレームはいただけない。

 しかたない。乗り掛かった舟だ――そう思った俺は言ってみた。


「じゃあ、オレが磨いてやんよ」


「え? なに……? どういうこと?」

「メイクの仕方、服の選び方、仕草はそのままでもいいけど、まずは猫背直す、姿勢から」

「だって、私……背が高くて……」

「いいじゃん、背が高いの、何か問題が? 俺より低いでしょ? 165㎝ぐらいでしょ?」


 フェイクで盛った胸を俺は張った。

 俺の身長170㎝弱だけど、上島ガールズよりも可愛いって認めたよね? 生きた見本、目の前にいますけど?


「橘さん――可愛くなりたくないの?」


 人間の美醜なんて皮一枚。

 だけどその皮一枚で、右往左往するお年頃なんだから。

 ほら、本音、言っちゃえよ。


「か……かわいく……なりたい……です」


 言ったな……言質取ったぞ。

 俺は口角をあげてニヤリと笑った。

 尚人曰く、やはりそれは魔女のようだった――……とのことだ。




 その日から、橘さんの改造計画が始まった。

 姿勢、肌の手入れ、ヘアメイク、服のチョイス。

 制服のままでもできること、スカートの丈、ソックス、指先の手入れ。眼鏡をコンタクトに変更、眼鏡も買い替えてTPOに合わせての眼鏡の使用。

 最初こそは、おずおずとしていた橘さんだが、お洒落をしてくるたびに、オレと尚人が褒めた。


「どうしたのソレ、可愛―じゃん」

 尚人が褒めてる横で俺も頷く。

「そうかな……ケイトちゃんがしていたヘアピン、可愛いなって思って……真似してみたの」


 ああ、マウント取りに行った時に、ウィッグの上からしてたな、ヘアピン。

 色ガラスを花に形にしたやつをバッテンにして左前髪を抑えてたやつな


「どうかな……ケイトちゃん」

「いいね、コンタクトは慣れた?」

「ケイトちゃんに勧められて、おっかなびっくりだけどやってみたら、視界が違うの。驚いちゃった」

「今度、カラコンも試してみなよ。髪色と同じで印象変わって面白いから」

「わかった!」


 この子、素直だな……。

 言った事は吸収して、背筋もピンとして、笑顔が増えた。

 上島を取り囲んでいた女子が最初こそは「ブスが何やってもブス」とか言ってたけど、なんかなーそういう言葉を言ってる女子の表情がブスだった。

 またそういう声を聴いても「わたしが知り合った友達の中で、一番キレイなのケイトちゃんだからケイトちゃんを見習うことにしただけなの」と言い返した時はよく言った! と心の中で快哉をあげた。

 この子はこれからガンガン磨きがかかるだろうな……。


「じゃあ、そろそろ、ケイトちゃんのお洒落講座は終了だな」


 俺がそういうと、橘さんは「え⁉」という表情をする。


「いや、まだ続けてほしい、是非! 続けてほしい!! オレの命が救われるから!!」


 尚人が叫ぶ。

 お洒落講座には必ず尚人同伴だ。

 女装した俺と橘さんが、一緒にいるところを、めっちゃスマホで撮影してんだよなー。

 コイツ……百合萌えだから……。

 ガワがイケメンになったけど、しっかり百合を愛するオタク心は失わない……ブレねえな……。




「わたし……まだ……ケイトちゃんとこうして遊びに行きたい……」


 いやー俺も楽しいけどさ……。

 もーそろそろ状況が変わりそうじゃん。

 そして尚人、スマホのシャッター音を切れよ。うぜえ。

 俺の視線で尚人はちょっと自重したみたいだ。

 本日撮りためたファイルを確認する為、尚人は俺と橘さんからちょっとだけ距離を置く。


「実際、マジで王子様がきそうな気配でしょ。嘘告じゃないマジ告があったんじゃない?」


 最近、橘さんは、嘘告ではなくてガチ告白されてるみたいなんだよな。


「王子様……?」

「告白されてるでしょ」


 俺がそういうと、橘さんは、にっこりと笑う。

 ふむ……いいね。

 尚人じゃないけど、その笑顔は写真に収めたいね。

 真面目だけが取り柄だった時の印象とはちょっと違ってきている。

 しかし、なんだろうな、この視線のくれ方、どっかで見たことあるような……俺か? 俺を参考にしてる?


「うーん……告白されたけど……断ってるよ?」

「そうなの?」

「それにケイトちゃん――……女の子のみんなが、王子様を好きなわけじゃないよ?」

「え……王子様……鉄板でしょ? 女子は好きな属性でしょ?」

「マジョリティかもだけど、マイノリティーな人もいるよ」

「けど、上島は王子様タイプだったじゃん」

「……もおーそれ言わないで! 黒歴史!」


 はいはい。

 黒歴史にしたのか……。

 千花ちゃんはちょっと不貞腐れながら、新色のルージュのテスターを見る。


「確かに、シンデレラ……好きだし、いいよね。最後はハッピーエンド。でもわたし、実は一番好きな場面はラストじゃないの」


 そうなの?


「シンデレラが魔法でお姫様になるところが、一番好きなの。王子様よりも、魔法使いが好き。わたしに魔法をかけてくれた、ケイトちゃんが好き。だからもっとずっと一緒にいたいの」


 すごい目力だな、どこで覚えてきた!?


「ダメ?」


 俺はじっと千花ちゃんを見る。

 俺、育成ゲームって好きなんだけど、すごいの育ててしまった感あるぞ。

 磨いたとも言うけどな。

 どーしてくれるよ、俺も中身は男だよ、めっちゃ単純だよ。

 好意を寄せてくれれば好きになっちゃうぐらいに単純だよ。

 うん、あれだな、実際にその場に立たないとわからないよな、告白されちゃえば、その気になるよな。

 嘘告にひっかかった尚人や橘さんの気持ち、いまならわかる気がする。

 けどね、俺も負けん気強くて、プライド高いわけよ。

 なりたてほやほやな美少女ちゃんには、主導権は渡せない。


 ちゅって千花ちゃんの唇に一瞬だけ唇を重ねる。


 千花ちゃんは驚いて持ってたルージュのテスターを落とす。プラスチックがタイル床にぶつかる小さくて軽い音が響いた。


「な、な……ケイトちゃん……今の……」


 その動揺っぷりだと、はったりというか、背伸び感で頑張りましたってところか。

 橘さんの落としたテスターを拾い上げる。


「この色は、千花ちゃんより、ケイトの方が似合うと思うの」

「確かに! そうかもだけど! 今の何!?」


 千花ちゃんはあわあわしてるけど、ちょっと距離を置いた尚人が小さい声で、「百合っ!! 生きる!!」とか叫んでる。

 スマホのファイル確認してると思って油断した。

 まあいいや。

 俺は橘さんに視線を戻す。


「だって、ケイトは魔法使いポジなんでしょ? 千花ちゃんをキレイにしたケイトの対価の報酬です。高いでしょーー?」


「高い!! 高いから、上乗せするっ!!」


 何を?

 千花ちゃんは背伸びして俺の耳に内緒話。

 女の子の内緒話、耳くすぐったいよ!!


「ケイトちゃんだけじゃなくて、慧斗君も一緒にいてね」


 は――……やべーな、育成促進の速度がハンパねぇ……。

 俺は橘さんをお姫様仕様に磨いたつもりだったんだけどな――。

 なんかもう、これじゃお姫様じゃなくて……ケイトの中の慧斗を惑わす――……。



 魔女の弟子。




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女装男子による地味子改造計画――シンデレラにしたつもりが魔女の弟子―― 翠川稜 @midorikawa_0110

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