女装男子による地味子改造計画――シンデレラにしたつもりが魔女の弟子――

翠川稜

前編

 


 鏡の中には、美少女がいる――……。


 ナチュラルメイクに見せているが、それなりに塗ったファンデ、しかし粉が吹き上がらない透明な素肌感は理想通り。ゆで卵の殻をむいたような白さと張りと弾力は、見る人が見ればさすが10代と言うだろう。


 はっきりとした二重にアイライナー、ビューラーなんか使わなくても上を向くカールは天然物だ。

 だが、敢えて、まつ毛増量感を出す為にブラックのマスカラをのせた。


 乾くまでちょっと時間がかかる。


 目を開いて、カラーコンタクトとアイメイクの色見を確認。


 問題ない。


 ティントタイプの口紅を乗せる。

 ふわっと淡くピンクの口紅が薄い唇に仄かな厚みを見せて、幾分エロい。

 けど、肌感の透明さを際立たせるし、チークの色にもなじむ。

 髪はネットを被せ、その上に用意したロングヘアのウィッグをつける。

 艶があって長い髪を肩の後ろに流した。


 鏡の中にいる美少女――……俺、宮前慧斗みやまえけいとは僅かに口角をあげて微笑む。


「なんで……そんなに……キレイになれるの……?」


 鏡に映る美少女に、そう声をかけるのは橘さん。

 鏡の中の美少女は僅かに口角を挙げて、声をかけたたちばなさんに振り返った。


「どうかな?」


 声だって普通の女子よりちょっとアルトな具合までなら変えられる。


「声もいつもより、高め!?」

「クオリティ……高ぇ……慧斗お前、腕上げたなー。清姉に似てるわ、さすが弟」


 親友の一条尚人いちじょうなおとが感嘆の声を上げる。


「じゃ、制服着るから、橘さんはちょっと部屋から出て」

「は、はい!」


 俺は別に着替えを見られても全然OKだけど性格的に橘さんは、目のやりどころに困るだろう。

 着ていたジャージの上、上のアンダーシャツを脱ぎ捨て、カップ付きタンクトップを被りカップにハンドタオルを詰めて胸を作る。

 姉貴から借りた文英の制服に袖を通す、制服がブレザーだから白いシャツは男女でも変わらない。

 そのまま俺が普段着ている制服のシャツを流用。

 プリーツスカートを穿くと着ていたジャージを脱ぎ捨てた。


「足も手入れしてるのか?」


 尚人が驚いたように声をあげる。


「元々毛深くはないし、姉貴の練習台にさせられてるからな。念の為、ストッキングを穿くか、尚人、それとって」


 通常の声に戻してストッキングを取るように尚人に指示した。


「おう」


 ストッキングを穿いて、足の形、脛を隠すような長さの黒のソックスを穿く。

 膝小僧、ふくらはぎの形も、イケる。成長期なのに、全然筋肉つかないのが俺のコンプレックスなんだが、こういう恰好するにはうってつけだ。

 ブレザーを羽織り、ボタンを留めて、ワンタッチ式のリボンを襟につける。


「どうよ」


 尚人に向き直ると、尚人は俺の周りをぐるりと回って、俯瞰、煽りで俺の様子をチェックする。


「完璧だ……」


 オレ自身もくるりと鏡の前で一回転してみせる。

 姉貴から借りた制服のプリーツがふわりと舞う。

 指先、視線、立ち姿、読者モデル系の美少女を頭の中でイメージして、尚人を見上げる。


「じゃあ、橘さん呼んで」

「橘さーん、いいよー」


 さっき廊下に下がってもらった橘さんがおずおずとドアから顔を覗かせたかと思うと、慌ててドアを開き、俺の前に正座して、まじまじと俺を見上げた。


「……み、みやまえくん……?」


「あたしのお友達の千花ちかちゃんに嘘告して嘲笑ったヤツ等にマウントとりに行くわよ? 人数必要だね、千花ちゃん、お友達一人か二人、呼び出して。なるべく事情を知ってる子がいいね」


 俺は右手を腰にそえ、モデルの様に立ち、そう彼女に言った。





「知らなかったな……橘さんに、こんなキレイなお友達がいたなんて……まさか一条の彼女ってわけじゃないよな?」


 俺にそう話しかけるのは同じクラスの上島だ。

 久々に同じ中学の友達と遊んでいる男女四人組と、放課後にハーレムを築いているクラスのイケメンが、対抗するイケメン尚人とばったりと鉢合わせ――しかも尚人は、上島が嘘告した橘さんの他にも、橘さんの友人の新見さん。あと他校の美少女(俺)に囲まれて、一見上島に対抗するハーレムを築いているような印象。

 端から見てもカースト上位同士のぶつかり合いにしか見えないだろう。

 橘さんと尚人と他校の女子生徒に扮する俺は、同じ中学の仲良し組、学校違えど、時々放課後交流しているという演出どおりだ。


 上島も、上島を取り囲む――橘さんを揶揄した女子達も、他校の女子生徒に扮している俺――宮前慧斗に視線は一点集中だった。


 尚人――……陰キャボッチオタクから雰囲気イケメンにジョブチェンジして2年。

 今日までに磨いてきたモテ男子っぷりを見せやがれ。


「ケイト、おいで」


 尚人の呼びかけに素直に従って、傍にいる橘さんの腕を掴む。

 知らない人に話し掛けられたちょっと人見知りっぽい、他校の女子の雰囲気を出しつつも、上島の連れてる女子を見て、尚人を見上げて、笑顔を見せる。

 これでいい、これだけでいい。

 上島はちょっと悔しそうだし、上島を取り囲む女子の視線は俺に集中したまま。

 自信はあった。この恰好で、こいつらの前に出ても――いや、他の誰の前に出ても、本当の俺に気が付かないだろうってことは。

 それでもって、目の前の男――上島に群がる女子の嫉妬の視線が心地よい。


 ククク……妬め、羨め、歯噛みしろ、そしてひれ伏せ、お前等が寄って集っても、俺には敵うはずもねーだろ。


 ハッキリとした二重、長いまつ毛、白い肌、艶々のロングヘア。顔面造形美なら上島を取り囲んでるクラスの女子のお前等よりも、断然上だ。

 ぶっちゃけ、今この場にいる女子の中で誰が一番好みか、付き合いたいタイプなのか――そう問われれば自信を持って答える。


 ――女装している俺自身が、一番、自分の好みのタイプーーだと。


 ナルシストもそこまでいくと、いっそ清々しい……と言われるかもしれない。

 だが、この姿をしているのが俺だと知っている尚人だって、同意するはずだ。

 そんな美少女が友達の橘さんを労わる様に見つめ「千花ちゃん、この間の動画みてくれたー?」とか話しかけて、仲良しアピール。

 橘さん、小芝居を忘れて俺のことをあんまりガン見しないように……。

 いや、見た方がいいのか……むしろ見習え?

 男の俺がここまで化けるんだ。天然素材的に女子なら絶対俺のコレを上回るはず。

 キミは手を入れなさすぎるだけだ。

 だから上島を取り囲んでる女子に侮られる。バカにされる、下に見られる。


「尚人、千花ちゃん、……この人誰?」


 声もちょっと裏声が出せる。女にしては低いが、男にしてはちょい高めの声質。


「話しただろ、同じクラスの上島」


 一条尚人が俺に囁くように言う。


「ああ~」


 俺は眉間に眉を寄せて「わたしは尚人からアナタのよくない噂を聞いてますよ」的な表情を作って見せた。本当にコイツ、目の前にいる美少女が俺だとは気づいていないみたいだ。

 己のやった所業をバラされたと思ったのか上島はマズイという表情を見せた。

 俺は上島と上島の周りを取り囲む女子達に一瞥を向け、橘さんと新見さんと尚人に笑顔を向ける。


「も~千花ちゃんたら~……だから前から言ってたじゃない~尚人と付き合っちゃえばよかったのに~尚人は、口は上手くないけどやさしーんだよー?」


 俺の言った「だったら~尚人とつきあっちゃえばよかったのに~」これは明らかにマウントだ。上島にのぼせるぐらいならば、尚人の方がいい男だろうがという意訳だ。

 上島にはそれがわかったらしい。

 上島を取り囲む女子に向けた一瞥も(お前等が束にかかっても、この俺には敵うまい)という無言のマウントを感じたようだ。


「橘は気が利くから、オレがダメ人間になるよ。橘は大事な友達だから、オレの世話とかしてたら大変だろ」


 尚人! ナイスアシスト!


「そうよねえ。あ、そうだ、ねえ、新見ちゃん、尚人、今から千花ちゃんの服みにいこーよ。ね? ね?」


 なるだけ甘く舌ったらずに、小首を傾げて可愛らしく尚人と橘さんを交互に見て、新見さんに同意を求める視線を向けて見せた。

 橘さんの友達の新見さんも溜飲が下がった様子。明るい表情で頷く。


「ね? 尚人、行こ?」

「はいはい、お姫様の仰せのままに。じゃあな、上島、悪かったな、邪魔したみたいで」


 尚人が爽やかスマイル100%浮かべて上島に声をかけ、俺は良妻風に軽く会釈し、新見さんと橘さんの腕を掴んで上島の団体から離脱。

 人込みを挟んですぐさま駅の改札へと向かった。


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