第23話 (完)人は悲しみが多いほど 優しく出来るものだから

 サクラのパーティが、ナカタ橋を渡っている。


「川が綺麗だな。」

 魔法使いで、副リーダーのシムスが立ち止まって川を見つめる。


「川を真上から見る日が来るなんてな。」

戦士スタンが同意するように言う。


「勇者ナカタ様に会ってみたいなぁ。

この橋のお陰で、川を渡るなんて夢みたいな経験が出来てるんだから。」

僧侶セラムが、勇者ナカタへの憧れを口にする。

スワンの街の冒険者は誰も「ナカタ様」に会った者がいない。



冒険者の間で広まっている噂の内容はこの様なものだ。


・最初スワンの街へは、ニューランド側から川を渡渉して来たという。

・すぐに姿を隠したが、隠れる前に領主様に色々架橋についての指示を出したという。

・ナカタ様の的確な指示と渡渉作業により、立派な吊り橋が完成した。

・そして、スワンの西の丘に出現したキマイラも、ナカタ様が討伐したという。



 ラビナ領でトップ3の冒険者パーティが、それぞれキマイラ討伐に赴き、無惨に失敗したのは冒険者ギルドで一時相当な話題になった。

 サクラがラビナ領の冒険者の中で最も憧れる、スピードスター”ローワ”もキマイラ討伐で瀕死の重傷を負ってしまった。

そのローワのパーティは、多分サクラのパーティより10倍以上強い。

パーティ全員がAランクだ。

 そのローワの冒険者パーティでも倒せなかったAランク魔物キマイラを、「ナカタ様」は倒したと噂されてる。

いったいどれだけ強いのか・・・。

サクラもナカタ様には強い憧れを抱いている。



 サクラのパーティはナカタ橋を渡り終え、ニューランドの地に立った。

鉱山に向け歩みを進める。

一抱えのミスリル鉱石を持ち帰れば、金貨2〜30枚で買い取って貰える。

そんな金額、ダンジョンボスを倒した場合に得られる報酬と変わらない。

まだ、サクラのパーティは、ダンジョンボスを倒せる実力には遠い。

だから、金を稼いで高価な武具防具を装備したい。

早くレベルを上げたいのがパーティの総意だ。


「ハチナイも一緒に来れば良いのに。」

サクラの思考はハチナイに移った。


「あぁ、ハチナイどのか。」

スタンが相槌を打つ。


 "ハチナイが、実は強いらしい"、とスタンが思い出している。

スワンに来た日に偶然出会い、新ダンジョン捜索に同行したが、コボルト4体との戦闘では、ハチナイは特に戦果も上げなかった。

だから貧弱な背の低い老人としか見ていなかった。


(後で冒険者ギルドの受付嬢ソアラから聞くと、我々と会う前日に11体のコボルトを瞬時にクナイで倒したという。)


 スタンは自分の目で見ていないので、俄には信じられないが、ハチナイを旧知のサクラはその時、

「やっぱりハチナイは強いねー。」と強さを疑わなかった。


 (対して我々は、コボルト4体との遭遇時、やつらをかろうじて倒した。

少しのミスで全滅したかもしれない。思い返すと非常に危うい戦い方だった。)


(パーティ4人でコボルト4体をやっと倒せた我々と、11体を瞬時に倒したというハチナイどの。)


スタンの思考は、"肉体の強さは筋肉量に比例する"、がベースにある。

だからハチナイの強さを素直に信じられない。


「ハチナイが、あの貧弱なうどんを保護してなきゃいけないから、私達と冒険に出れないんだ、どうにかうどんに手を切らせないと。」

サクラは忌々しいほど、うどんが憎いらしい。


 サクラはハチナイをクナイの弟子だと吹聴する。

ハチナイもサクラを「お師匠どの」と敬うが、その実、サクラはハチナイを信頼し、頼っているのは周りから見ても明白だ。


「変な師弟関係だよな。」

サクラに聞こえないように小声でスタンが言うと、シムスもセラムも眉を上げて頷いた。


「スワンに帰ったら、ハチナイを説得して、うどんと別れさせる!」

 サクラは宣言するが、サクラのパーティがスワンの街に帰る時、うどんとハチナイは既にスワンを旅立っている。

ハチナイはどこへ向かうか、サクラに告げずに旅立ったので、サクラが次にハチナイと再開するのはいったい何年後だろうか?




 領主ロフの館。

 うどんが自室で、琵琶に似た形の5弦の楽器を触っている。

この世界でスローと呼ばれる楽器だ。

街で見かけて、気になっていたが、マイエに聞くと

「領主館にも同じ楽器がありますよ。」

と言う。

秘書官のテイに聞いたら、屋敷内の何処かから持ってきて、気さくに貸してくれた。

 

 うどんは、若い頃夢中でギターを弾いていたが、就職してギターとは縁遠くなった。

もう12〜3年ギターに触れていない。


元の世界へ戻れない寂しさに懊悩する日々を断ち切る為なのか、脳が元の世界での日々を思い出す事をしなくなっている。

 そうする事で、精神が病んでいくのを防いでいるのかもしれない、と、うどんは感じている。


 ただ、スローと呼ばれる楽器にとても惹かれている自分がいて、スワン旅立ち前に触ってみる事にした。

弾けても、弾けなくても、どちらでも構わなかった。


スローを触る事で、元いた世界を思い出して苦しむのなら、すぐに返却すればいい。


 そう思って借りたのだが、爪弾くとギターと違ったしっとりした余韻を引く音色に、驚いた。

音を確認しながら音階を探っていく。

なんだか時間を忘れて楽しい作業になった。


 幾つも出せない音があるものの、なんとか1曲弾ける曲が出来た。


 そろそろ皆が就寝する時間。

もう寝ている使用人もいるかもしれない。

だけど、うどんは明日の早朝、スワンを旅立つ。


 食堂にスローを持って行く。

沢山美味しい食事を提供してくれた食堂と、住ませてくれた館に感謝して、

静かに1曲歌いたいと思ったうどんだった。


(海援隊、贈る言葉。)

うどんは、心の中で呟いて、静かにスローを弾き、そして静かに歌った。


曲中の別れの場面では、歌声に力が籠もった。


歌い終わると、

下手は下手なりに、まずまず弾けたかなと思う。

スローをテーブルに置いて、食堂にお辞儀し、見回しながら自室に引き上げるうどんだった。



 早暁、誰の見送りも受けないで、うどんはスワンを旅立った。

脇門担当の衛兵がケイだったのには驚いた。

無言で軽い抱擁をする。

脇門を出ると、ハチナイとサッシーが待ち構えている。

うんうんと頷き合って、領主の館を後にした。





 ロフの部屋に朝食を運ぶ、朝食担当の料理人シル。


「昨夜のうどん様の歌声、ロフ様お聞きになりました?」

ロフはソファに端座している。

珍しく、早くに目覚めていた様だ。


「うん、聞き慣れない曲調だったけれど、胸に染み入る歌声でした。」

うどんの歌を思い出しているのか、目を閉じたまま、シルに答える。


「歌がお上手な事に、驚きました。」


「歌には魔力が宿ると言うけど、昨夜の歌にはかなりの魔力を感じたよ、魔力0のうどん様の歌に、どうして魔力が乗るのか、理解できないね。」


「今朝は、うどん様が一番美味しそうな顔をして食べていらした料理を作りましたよ。

朝食も食べずに出立されたうどん様の替りに、ロフ様が召し上がって下さい。」


「うん、シル、ありがとう。」

領主ロフが微笑んだ。







第一部 スワン編 「 完 」 です。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

心より、感謝申し上げます。

昨年11月より書き溜めた、 冒険者うどん ですが、まだまだうどんがこの世界で活躍する姿を書きたい気持ちはありますが、

仕事の事情で筆が進まないことを予想しています。

これより先は、更新頻度が落ちそうです。

もし、うどんの次の目的地バイシク国編を読みたいぞと言う方は、☆ ♡等で応援をよろしくお願いいたします。

書くモチベーションになります。 

ー 桑の春 ー

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冒険者うどん 川の向こうの世界へ 桑の春 @kuwanoharu

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