第19話 ショッピング②

 店内に入って、ゆっくりと見て回る。通路の両側のポールに掛かる服たち。

 自分だけならざっと見て気になるものを見てすぐ決めるのだが、空下さんは丁寧に確認している。


 時々足を止めて、服を手に取ってみては元の場所に戻す。その作業を何度もしていた。


 空下さんに倣って自分も隣で同じように確認してみるけど、いまいち違いが分からない。

 もちろんデザイン自体の違いはわかるが、ステッチが違うなとか、配色がちょっと変わってるなとかその程度だ。


 普段買う時はシンプル一択なので、自分に似合うものが曖昧だ。


 空下さんはその辺りのイメージがはっきりと持っているみたいで、1着ずつ首を傾げたり、頷いたりして、気付けば抱えてる服が増えている。


「空下さん。服持つよ」

「ありがとうございます。このままでは自分より大きな山を抱えるところでした」

「一応予算は決まってるから、それは勘弁して欲しいかな……?」

「それなら尚更吟味しなければなりませんね」


 ふんす、と改めて気合いを入れ直している。随分楽しそうでなによりです。


 しばらく見て周り、店内の服を全て見終わる頃には俺が持つカゴがいっぱいになっていた。

 筋トレ最高、と腕にのしかかる重さから現実逃避していたら、空下さんがふぅと息を吐いた。

 

「一通りは見ましたから、とりあえずカゴのものを試着してみましょうか」

「だね。そうしよう」


 こっちを見る空下さんに力強く頷く。試着室に向かいながら「腕が筋肉マッチョになるところだったよ」と呟いたら、空下さんはこてんと首を傾げていた。


 試着室に着いて、早速一着目の試着に入る。

空下さんがカーテンの外で待機している間に上下セットの服に袖を通す。


(……まあ、いいかな?)


 壁に取り付けられた全身鏡に映る自分の姿はぱっと見、悪くはない。違和感もなく、着心地も良い。だけど、似合っているかと言われると、自分では判断しずらい。


 一抹の不安を抱えながら、カーテンを開けて空下さんに披露する。


「……どう?」

「! いいじゃないですか!」


 宝石のように目をキラキラさせながら、声を弾ませる空下さん。想像以上の食いつきだ。


「そ、そっか」

「ばっちりお似合いですよ。見違えました」

「前が酷かったからねー」

「正直、ここまで変わるなんてびっくりです。かっこいいですよ」

「あ、ありがと」


 正面から褒められると流石に恥ずかしい。ほんのりと頬に熱が籠るのを感じる。真剣に見つめてくる空下さんから思わず視線を晒してしまった。


「さぁさぁ。まだまだありますからね。次も見せてください」


 空下さんはこっちの様子に気付くことなく、次の服を渡してくる。まだまだ試着は始まったばかり。

 半ば強引に推し進められるままに、一着、また一着と試着していく。


「明日の花火大会、小鳥遊さん達と上手くいくといいですね」


 上を脱いで着替えていると、ふとカーテン越しに空下さんの声が聞こえてきた。


「だね。実は今朝からちょっと緊張してる」

「とびっきりかっこいい姿にしてあげますから、小鳥遊さんを驚かせてあげてください」

「あはは。ちょっとぐらいはびっくりしてもらえたら嬉しいね」


 別に今更、明奈とどうこうという気持ちはない。

 それでも好きな人に多少でも印象良く持って貰えたならそれはやっぱり嬉しいし、そう思って貰いたいと考えてしまう。


「好きな人に褒めて貰えるのは嬉しいですよね」

「まあ、ね。だから、服を変えようと思ったのもあるし。いや、もちろん黒ずくめが酷かったのもあるけど」


 本当に自分は何してるだ、と思う。こんなことに意味なんてないというのに。

 

「やっぱり、まだ気持ちに整理はつきませんか?」

「うん。頭では分かってはいるんだけどね。

「……それだけ好きってことなんですから仕方ないですよ」


 そっと呟く空下さんの声が心の奥に響く。


「要くん。……告白は、しないんですか?」

「出来ないよ。今更したところで、明奈はもう駿と付き合ってて幸せそうにしているのに、迷惑になるだけだからね」


 いっそ、駿がもっと酷い奴だったならよかった。明奈を泣かせるような奴だったなら、全力で明奈を守りにいけたのに。


 でも、病室で見た二人が互いを大事にしているのは、一目で分かった。


 当然といえば当然だ。駿がめちゃくちゃいい奴なんてことは10年以上前から知っている。

 駿は人より周りが見えていて、見えないところで気遣いが出来る良い奴で、自分にとって大事な、親友だ。


「せっかく二人がまた自分と仲良くしようとしてくれているんだよ? そんな関係を壊すようなこと出来ないよ」

「そう、ですよね。すみません。配慮が足らなくて」


 申し訳なさそうな空下さんの声が聞こえる。眉をへにゃりと下げる表情が脳裏を過ぎり、思わずぐっと飲み込む。


 つい言葉に力が入ってしまった。空下さんに謝らせて自分は何をしているんだろう。


 確かに、二人との関係を壊したくないのは事実だ。大事な二人だからこそ、迷惑をかけられないという思いもある。


 でも。

 

「……ごめん。嘘ついた。色々言ってるけど、結局、一番は自分が告白するのが怖いんだと思う」


 色々頭で言葉を並べているけれど、結局、一番はフラれるのが怖いだけなのだ。好きな人に、明奈に、断られるのが怖くて仕方ない。


 ずっと思い続けてきたこの気持ちが終わってしまうのが、締め付けられるように怖い。

 もう終わっていることなのに、それでも向き合う勇気が、終わらせる覚悟が、持てていない。

 想像する光景が現実になるのを描くだけで、小さな気丈が萎んでしまう。


 言い訳をいくつも並べたところで、本心はこれだ。


 臆病でずるくて自分を守ることに精一杯。現実に真っ直ぐに向き合うことが出来ずに逃げている。


「フラれるって分かってるから、ただ告白する勇気がないだけなんだよ。自分は」


 一切を脱ぎ捨てた弱音を吐露する。


「でも、二人との関係を大事にしたいという気持ちも事実ですよね?」

「……まあね。だから、どっちにしても告白することはないかな」

「そう、ですか」


 明奈に打ち明けることはない。きっとこれからも隠し続けていくだろう。たとえどんなに苦しくても辛くても。いつかこの気持ちが消えていくことを願いながら。


(でも、いつか本心から笑って二人を見守れる時が来るといいなぁ)


 ふと、そんな自分に都合が良すぎる未来を思い描いた。


♦︎♦︎♦︎


「ありがとうございましたー」


 店員さんの挨拶を後に店を出る。


 服の試着自体は順調に進み、空下さんからとびきりお似合いとのお墨付きを頂いた服を全身一式購入した。


「なかなか良い買い物しましたね」


 空下さんが、自分の持つ紙袋に視線を向けて、満足そうに微笑む。


「ありがと。色々助かったよ」

「いえいえ。こちらこそ、いっぱい色んな服を見られて楽しかったです」


 空下さんの反応からして、相当似合う服を買えたのは間違いない。自分から見ても中々良い感じだったように思う。


「この後どうしようか?」


 時計を見ると15時過ぎ。予定ではもう2、3店舗見て回ると思っていたので、予定より早く買い物が終わってしまった。


 戻って解散してもいい気もするし、解散するには早い気もする。


「ちょうど15時くらいですし、よかったらカフェでも……」


 空下さんがそう言いかけた時、後ろから声をかけられた。


「あれ? もしかして要?」


 振り返ると、目を丸くして驚いている明奈の姿があった。

 


 

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自己犠牲ヒーローの献身〜親友よ、どうか幼馴染を幸せにしてあげてくれ〜 午前の緑茶 @tontontontonton

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