第18話 ショッピング

 花火大会の前日、空下さんと約束した日がやってきた。

 

 最寄りの駅へと黒ずくめの服で歩いて向かう。自分でもこの服のセンスはどうなんだと思うが、これしかないので仕方がない。

 多少は今日の買い物でまともにしないと。

 

 この辺りは学生街なので、色々見て買い物するにはお店が少ないらしい。なので、おしゃれマスター(自称)の空下さんがいつもいく場所を案内してくれる。


 謎に空下さんがノリノリなので、よほどこれまで自分の服装に不満を持っていたのかもしれない。

 空下さんの普段の服装を見ているとかなりお洒落なので、尚更。


 ほんのりとぬるく湿る空気が夏の訪れを感じさせる。天気予報によると今日の最高気温は28度。夏も近い。


 駅前になると、流石に多少の人数が改札口を行き交っていた。ざわつく喧騒が空に溶けていく。


 腕時計をちらりと覗くと約束の時間の10分前。周囲を見回し、流麗な銀髪を探すが、見当たらないのでまだ来ていないっぽい。


「要くん、お待たせしてすみません」


 背中を軽く突かれて振り向くと、こちらを見上げる空下さんの姿があった。

 くるんと上がったまつ毛の下から、ぱちくりとした水晶玉の上目遣いが見える。


 いつになくキラキラして見えるのは気のせいだろうか?


「自分も今来たところ。今日の空下さんはいつもよりおしゃれだね」

「ふふふ、ありがとうございます。要くんは……お世辞にも良いとは言えませんね」

「それは自分が一番わかってる。なんならもっと酷評してくれ」

「要くん……ドMですか?」


 苦笑混じりにこてんと首を傾げる空下さん。


 そんなこと言われても、今日の服が酷いのは自明だ。なにせその致命的な服装を変えるために、わざわざ今日時間を設けてもらったのだから。


「今日の格好は何点?」

「うーん。良くて5点ですね」


 なかなか厳しいですね。さすがスパルタ空下さん。


「でも、会ったその場で女の子の格好を褒めたのは偉いです。だから100点追加で105点です」


 違った。甘々空下さんだった。


「前の自分の時は褒めてなかったの?」

「そんなことないですよ。毎回、しっかり褒めてくれました。ただ恥ずかしいのか、ちょっと後のタイミングで言ってくれるのがほとんどでしたけど」


 文句を呟く声が温かい。そっと様子を覗くと、空下さんの横顔にはほのかな笑みが浮かんでいた。


 電車の時間が来たので、電車に乗って揺られること20分。目的地の最寄駅に到着する。


 混雑していた車両から人が一気に降り立ち、自分と空下さんも流れに任せて、出口へ向かう。

 改札をピッと鳴らして通過して、ようやく人の波から抜け出せた。


「とりあえず、駅近のところから周りましょうか」

「よろしくね」

「任せてください。ばっちりどこに出しても恥ずかしくない子に育ててあげますから」


 力強く胸を叩く空下さん。


「頼もしすぎる」

「ママと呼んでくれてもいいんですよ」

「それはちょっと……」

「反抗期ですか。仕方ないですね」


 やれやれと首を振っているけれど、ちょっと待ってほしい。勝手にこっちが悪いみたいになってる気がする。


 だが引き留める間も無く、空下さんは身体を翻して前へ進んで行ってしまった。慌てて揺れる銀髪の後ろ姿を追う。


 駅隣接のショッピングセンターのエスカレーターを上がって五階まで登る。フロアにはメンズの服を着用した肌色のマネキンが何体も立っていた。


 スーツ系から財布などの小物系のお店。カジュアルなパーカー系のお店などの前を通り過ぎる。綺麗めなスラックス、ジャケット系が並ぶお店でようやく空下さんは歩みを止めた。


「ここ?」

「はい。カジュアルなパーカーよりはこういった綺麗め系の方が要くんにはお似合いかと思いまして。苦手ですか?」

「いや、特にはないかな。ただ一応明日は花火大会だからそこまでお洒落なのはどうかとは思うけど」

「分かってるじゃないですか。ここですと、きっちりとしたデート服以外にも、ちょっとカジュアルな普段着にも使えるくらいの抜け感があるのも結構あるんですよ」


 ふふん、ドヤ顔を浮かべる空下さん。きららと瞳が輝く。

 

「それは、天才だ……!」

「でしょう? さあ、任せてください」


 ずいっとお店に入っていく空下さんの背中が頼もしすぎる。女子だったらみんな惚れるレベルのイケメンさだ。先輩、一生ついていきます……!


 尊敬の眼差しで空下さんの後を追った。











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