第17話 デートのお約束

「明奈。じゃあ、またね」

「あ、要、絶対寝坊しちゃだめよ」

「それはこっちのセリフなんだけど……」


 なに訳の分からないことを言っているんだか。スマホの画面に表示された赤ボタンを押す。ぷつりと音が途切れた。


 一気に現実に引き戻され、息が漏れ出る。


「小鳥遊さんからですか?」

「え? あ、うん。よく分かったね」

「要くんのことならお見通しですから」


 こちらを覗き込む空下さん。どこか眉が僅かにへにゃりと下がっている。じっと見つめる瞳が僅かに揺れており、案じる視線が突き刺さる。


「高校生の時まで毎年、駿と明奈と3人でずっと花火大会に行ってたんだけど、それに今年も行かないかって誘われちゃってね」

「それは……」

「ちょうど良い機会だとは思って行くことにしたよ。明奈とはともかく駿とは全然話せてなかったし」

「そうですか……」


 努めて気丈に振る舞ったつもりなのだけれど、空下さんには気持ちを見透かされている気がする。

 こちらを慮る眼差しが変わらない。


「上手くいくといいですね」

「だね。二人は大事な幼馴染だし、とりあえず一回はちゃんと話さないと」


 まだ、自分の気持ちに踏ん切りをつけられる気はしない。二人を前にして、以前のように楽しく話せるだろうか? 笑ってかげがえのない時間を取り戻せるだろうか?


(不安だ……)

 

 この機会を逃せば、二人とまた仲良く出来る機会を失う気がして承諾したけど、不安が募る。


「大丈夫ですよ、要くん」

「え?」


 一段と柔らかい声が穏やかに紡がれる。


「きっと上手くいきます。二人も要くんとまた仲良くしたくて連絡してきたんですから。その気持ちを受け止めようと思っただけで要くんは偉い人です。私が認めてあげます」


 そっと、空下さんの細い手が近づいた。ふわりと頭に重みを感じで、くすぐったい心地よさが頭上を動く。


一度。


二度。


 突然のことに固まったいると、空下さんの手が頭上から離れた。思わず空下さんを見つめると、にこりと僅かな笑みが浮かぶ。


「そんな偉くて優しい要くんと気まずくてもちゃんと仲良くしようと思ってくれる二人が上手くいかないはずがありません」

「そう、かな?」

「はい。もし、上手くいかなかった時は、パフェでも奢ってあげます」

「ふは。なにそれ」


 真剣な顔で言うから思わず笑ってしまった。その反応が不満なのか、空下さんは唇を尖らせる。


「ちょっと、なんで笑うんですか。こっちは真剣に話しているんですよ」

「ごめんって。うん、でもパフェはいいね。元気が出そうだよ」

「そうでしょう。要くんには甘いものをあげておけばご機嫌になるっていう習性がありますからね」

「そこまで単純ではないと思うんだけど」


 そんな小学生みたいな。抗議の視線を送ってみたけど、空下さんは分かっていますよ、と保護者みたいな温かい目のままだった。腕を組んで、うんうんと一人で頷いている。


(……頭を撫でられたのはびっくりした)


 そっと自分の前髪を摘む。


 気付けば心の奥底にあった不安が無くなっている。彼女なりの気遣いという行動なのだろう。


 夢にも似た一瞬の出来事だけど、髪に残る柔らかな感触が確かな現実だと告げている。

 

「二人と出かけるのはいいとして、一つだけ困っていることがあるんだよね」

「なんですか?」

「服装。流石に真っ黒は、さ?」

「分かります!」

「そ、そう」

 

 何気なく口にしただけなのに、凄い食いつきだ。


「前々から思ってたんですけど、もう少し要くんにはおしゃれして欲しかったんですよね。以前の要くんにも常々言い聞かせてきたんですけど、その服装のセンスだけは絶望的に直らなくて……」


 しみじみと呟く空下さん。その言いっぷりからも、何回も告げてきたことが伺える。


 高校の時はもう少し色んな服があったはずだけど、前の自分の趣味なのか服に興味がなかったのかが理由で、今の自分の家には黒の服しかない。

 もうちょっと、色んな選択肢があるだろうに、全て黒である。これでは、お洒落な格好なんて出来るはずがない。


「元から服は買い直そうと思っていたし、ちょうどいい機会だから買い直そうかな」

「とうとう、要くんが黒以外の格好ですか。いいですね。ちなみにどんな服装を?」

「それはまだ。最近のお洒落事情知らないし、自分に似合う大学生の格好もよく分からないからねー」

「でしたら、私が選んであげましょうか?」

「……え?」

「正直、未だ要くんの服のセンスは信用出来ませんからね。大事な3人でのお出かけだというのに変な格好はさせられません」

「助かるけど、いいの?」

「はい。むしろ、その黒ずくめから卒業してもらえるならいくらでも協力します」


 よほど不満だったのか、凄い協力できた。いや、確かにダサいのは分かるけどね?


「確か花火大会は再来週の日曜日でしたよね?」

「うん、予定では」

「でしたら前日の土曜日にしましょうか。そっちの方が夏物が色々出てる気がします」

「よろしくお願いします」

「任せてください。とびっきりのおしゃれさんにしてあげますから」


 腕を掲げて小さい力瘤を見せる空下さん。パワーという意味では全く役に立たなそうですね。


 他人からの意見をもらえるのはありがたいので、空下さんの提案を承諾することにした。

 


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