第16話 電話
表示された『明奈』の文字。顔が強張っているのが自分でも分かった。
ブルブル震え続けるスマホを持ちながら、握る手に力が入る。
「出ないんですか?」
「……ううん。出るよ。ちょっと、ごめん」
隣で首を傾げる空下さんに断って、通話のボタンを押す。そっとスマホを耳に寄せる。
「あ、要?」
耳元に響く長年馴染んだ声。弾むような明るさがひしひしと伝わってくる。
「どうしたの、急に電話なんて」
「この前交換した連絡先がちゃんと合ってるか確かめようと思って」
「目の前で交換したのに?」
「っていうのは冗談。ねえ、要。高校まで毎年行ってたお祭り覚えてる?」
ふと、周囲の声が消える。
遠くで聞こえる微かな蝉の声。じわりと湿る肌。食堂のガラス窓から見える外の日差しはきらつくような明るさだ。
夏の足音がそこまで近づいて来ていることに気づいた。
「うん、覚えてるよ。駿と3人で行ってた花火大会でしょ」
「正解。ちゃんと覚えてて偉い」
「三年忘れてたけどね」
「今、覚えてるから許しまーす」
スマホを隔てて、クスクス声を潜らせる明奈の声が聞こえる。きっと見慣れたいたずらっ子な笑みが浮かんでいるに違いない。
高校3年の夏まで駿と明奈の3人で訪れていた地元の花火大会は毎年、県内外の大勢の人が集まるかなり大きな花火大会だ。
7月初めに毎年始まるので、全国の花火大会の中ではかなり早い。
夜空に浮かぶ大輪を楽しみに、3人で行くのが毎年の恒例になっていた。
高校3年の時も、もちろん訪れた。あの時の光景がふと蘇る。
「ちょっと、明奈。買いすぎじゃない?」
「だってどれも美味しそうに見えるんだもん」
「だからって食べ切れるの?」
自分の問いかけに明奈は手元の食べ物たちに視線を落とす。
「……要にもお恵みを与えてあげるから感謝しなさい」
「それ、体よく自分に余り物押し付けてるだけだよね?」
結局、自分の忠告に耳を傾けることはなく、明奈は気になったものを全部買ってしまった。
最終的に。両手に出店の焼きそばやたこ焼き、りんご飴、さらには綿飴など大量の食べ物を抱える明奈を横目に、3人だけの秘密の場所で夜空を見上げていた。
(あの時は、こんなことになるなんてね……)
あの暖かく輝いていた宝物のような時間はもう戻ってこないのだろうか。
「……要?」
「ううん。どうかした?」
物思いに耽り過ぎた。通話口から明奈の声が届く。
「それで、その、花火大会、せっかくだし久しぶりに3人で行かない?」
「そうだねー」
「駿とも話す良い機会になると思うんだけど」
「……確かにね」
駿とは入院していた時から全く顔を合わせていない。タイミングが合わなかったのもあるけど、何よりどんな顔をして話せばいいのかが分からなかった。
二人が付き合ったことを話題に出した時の駿の表情は、今でも記憶に新しい。
あんな顔をさせてしまっているのが申し訳なくもあったし、かと言って笑って許せるほどまだ自分の心に整理もゆとりも出来ていない。
いつかは話さないとと先延ばしをして、今日まで来てしまった。
「……」
電話越しの明奈の息遣いが僅かに聞こえる。
「駿と全然話せてなかったし、久しぶりに一緒に行こうか」
「っ! うん、分かった!駿にもそう伝えとく」
(これで、いいよね)
ほっと表情を安らげる明奈の顔がふと脳裏に浮かんだ。
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