第15話 食堂

 大学に通うようになってから二週間が過ぎた。

 最初こそ戸惑いの連続だったが、二週間も通えば、少しは慣れる。自宅からの道のりも、講義が開かれる教室の場所も、大学の雰囲気も。


 高校生の時にオープンキャンパスで来た時の雰囲気とは異なる、普段の穏やかな空気が温かく辺りを包んでいる。


 お昼の空き時間ということで、行き交う人が多い。一人で音楽を聴きながら歩いている人、仲良さげな3人組の男子の集団、カップルらしき男女とすれ違う。

 

 大きなガラスが一面に張られた食堂に着くと、想像以上に賑わっていた。

 二、三回ほど来たことがあったが、その時はここまで混雑していなかったのに。

 多分、普段は講義がない空き時間に来ていたからかもしれない。


 入り口付近にずらりと並んだ列の最後尾へと並ぶ。


 自分の大学はかなり食堂には力を入れているようで、提供されているメニューの種類が多い。麺だけでも、うどん、蕎麦、ラーメンそれぞれに何種類も用意されている。

 決めきれないないままレジへと来てしまい、慌てて選ぶ。


「カレーうどんで」

「あいよ。480円ね」


 手際よくチケットを渡されて、配膳されている方へと向かう。うどんのエリアに並んで、作っている人にチケットを渡すと、あっという間にカレーうどんを渡された。


 そのまま奥へと抜けて、テーブルが並んでいるところまで来てみたものの、予想通り席は一杯で、座るところが見当たらない。

 

 たまに一人分の座席が空いていることはあるが、決まって両隣には三、四人くらいのグループがいる。流石にあの場所に入って行く勇気はない。


 周りを見渡しつつ、奥へと進む。奥側なら多少空いていると思ったが、考えることはみんな一緒のようで、自分と同じように一人でお盆を持ったまま、席を探している人が何人もいた。


(どうしようかな……)


 空くまで壁際で待つか。そう悩み始めた所で、ふと、知ってる姿を見つける。丁度炒飯を口に運んでいる所だ。


 頬張ってもぐもぐと口を動かしている空下さん。その状態で視線が交わる。目をぱちくりとさせて、それからこくりと飲み込んだ。

 料理を机に置いたまま立ち上がると、こっちに寄ってくる。


「……要くん、よかったら隣座りますか? 空いてますけど」


 空下さんがさっきまで座っていた隣の席に視線を向ける。そこにはぽっかりとひと席だけ空いている。

 提案は有り難いものの、提案に乗っていいものか、迷いが脳裏に過ぎった。


 久しぶりに空下さんと話す。彼女に優しく元気付けられてたあの時から、実はほとんど喋っていない。

 未だに、空下さんとの接し方が難しく、分からなかった。


 空下さんの問いに答えられずにいると、空下さんは何か察したように首を傾げる。


「別に、要くんのご飯勝手に食べたりしませんよ?」

「いや、そんな心配はしてないけど」


 そんなことは一切頭に浮かんでいなかった。むしろ、どうしたらその発想が浮かぶというのか。

 思わずため息が小さく出る。


「……隣、座らせてもらっていい?」

「はい。どうぞ、遠慮しないでください」


 銀髪を揺らす後ろ姿を追いかけて、空下さんの隣にお盆を置いて座った。


 探し回って少し伸びてしまったカレーうどんを一口すする。スパイスがアクセントになってうどんが美味しい。


「助かったよ。全然座る所見つからなかったからさ」

「いえいえ。丁度空いてただけですので」

「前来た時はこんなに混んでなかったからびっくりだよ」

「今日は、月に一回の全品10%オフフェアの日ですからね。毎月、この日だけは結構混むんです」

「そうだったんだ」


 食堂を見渡す。人混みに気を取られて意識していなかったが、確かに色んなところにフェアのことが紙で貼ってあった。


「こんなに沢山貼ってあるのに気付かないなんて、要くんは鈍感さんですね。そんなでは名探偵になるのはまだ早そうです」

「探偵なんて目指したこと一度もないんだけど……」


 虫眼鏡を手に持って、キランッと目を覗かせる空下さん。えっと、いつの間に虫眼鏡を取り出したの?


「まあ、でも、要くんは人の気持ちに対しては鈍感ではないですから、少しは才能あるかもです」

「そう? あんまり自覚はないけど」

「もちろんです。そうでなかったら、要くんがこんなに人に優しく出来るはずがありません」


 何気なく呟くその言葉がじんわり心に染みる。不思議なほどに、すとんと胸の内に入る。


「僕的には空下さんの方が優しいと思うけどね」

「そうですか?」


 空下さんがスプーンを持ったまま、こっちを見た。大きな灰褐色の瞳に自分の姿が映る。


「この前カフェに連れ出してくれた時とか、何度も助けてもらってるからね」

「……力になれているなら、よかったです」


 空下さんが動きを止めて、一度、目をぱちくりとさせる。そして、くすぐったそうに笑みを浮かべた。


 多少の言葉を交わしながら、ゆるりと時間が過ぎて行く。穏やかで安らかな空気が心地良い。

 空下さんとの空気は、なぜか長年馴染んだようなものに感じる。まだ出会って間もないはずなのに。


 ふと、ポケットに入れていたスマホの着信音が鳴った。ブルブルと振動が続くので取り出す。

 表示された名前を見て、平穏だった心が一気に揺れる。


 電話をかけてきたのは、明奈だった。

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