第14話 変わらない

「話聞いてくれてありがと。少し気持ちが楽になったよ」


 勢いのままに話抜けると、胸の奥にずしりと詰まっていた重しがいつの間にか消えていた。

 張り詰めていた緊張も解れて、落ち着いて息を吐くことが出来る。


 空下さんには助けてもらってばかりいる気がする。昨日も今日も。まだ知り合ってちょっとしか経っていないけど既に感謝してもしきれない。


「それは良かったです。要くんの顔も明るくなりましたし、やっぱり要くんはそっちの方がいいと思います」

「そんなに違う?」

「はい。もう明るすぎて眩しくて直接見ていられません」

「物理的に光ってるよね、それ?」


 空下さんはわざとらしく顔を両手で覆っているけど、指の間から空下さんの瞳が見えるので、絶対その手の意味がない。


 ふざける空下さんに思わず笑みが零れる。気が抜けると、ふと空腹を感じた。


「なんかお腹空いてきちゃった。頼んでもいい?」

「お好きなものを頼んでください」

「ありがと」

「いっぱい貢ぎますので、遠慮なくどうぞ」

「空下さんの中で俺はどんなクズ男なのさ……」


 女の子に貢がせるとか、そんなこと人生で一度もさせたことがないのに。

 空下さんがそう言うって事は、まさか……!?


「もしかして前の俺が貢がせてた……?」

「そんなことないです。凄く優しくしてくれましたよ」

「なら、本当にどこからその解釈が出てきたのか聞きたいよ」


 とりあえず前の俺も一般的な感覚は持ち合わせていたようで安心だけど、気が気でない。


 空下さんはぴんと人差し指を立てると、したり顔で何やら語り出した。


「ほら、男の子って悪役に憧れるところあるじゃないですか?」

「うん? まあ、そういう時期もあると思うけど」

「なので、頭の中で浮かんだ悪い人になぞらえてみました」

「どうしてそうなるのさ……」

「おかしいとは思ったんですけど、ネットに書いてあったので」

「絶対間違ってるからね、それ」


 不思議そうに「おかしいですね……」と首を傾げる空下さんは小動物的で愛らしいけど、勘弁してほしい。

 誰だ、そんな変な知識を植え付けたの。

 

 ネットの匿名の誰かは知らないけれど、会ったら一言文句を言わせてもらわないと気が済みそうにない。


「女の子を支配している感じがして、男心をくすぐりませんでした?」

「むしろ申し訳なさしかないよ」

「おお、要くんは優しいですね」

「勝手に好感度上げないで……」


 空下さんがパチパチと拍手する姿が胸に痛い。俺は何にもしてないのに。


「とにかく安心して。食べた分は自分で払うから」

「そうですか? 遠慮しなくてもいいのですけど」


 とりあえず納得はしてくれたようで、机に開かれたメニューを眺め始める。長い睫毛が下に伸びていた。


 さっきまではしっかりメニューを見ていなかったので改めて見てみると、洋食系の料理が取り揃えられている。

 ハンバーグ、グラタン、パスタ。どれも美味しそうだ。


 ペラリ、ペラリと紙を捲るとデザートのページが出てきた。大きく紙面の半分を占めようかというぐらいの大きな写真が載っていた。


 思わず手を止めてしまう。


「パフェが気になるんですか?」

「え、いや、別に……」


 もちろん大好きなのだけど、男で甘いものが大好きというのは、なんとなくカッコ悪い気がしてしまう。つい、嘘をついてしまった。


 それにしてもここのパフェ美味しそうだ。様々な種類のフルーツパフェばかり。なんなら中までフルーツが沢山入っているらしい。それでこの値段は破格過ぎる。


 あまりに魅力的でページを捲るのをためらっていると、空下さんがメニュー表に手を置いた。


「私、パフェが食べたいので、一緒に別の味食べませんか?」

「え? うん! そうしよ!」


 丁度いいタイミングで提案してくれてラッキーだ。ここで食べる機会を逃してたら、絶対後で一人で来ていた。

 

 それにしても空下さんもここのパフェが食べたいなんて中々魅力が分かってるじゃないか。

 女の子は甘いものが好きだから、ここのパフェに惹かれるのも分かる。

 

 空下さんの見事な選択に内心で勝手に何度も頷く。


「パフェってなぜか惹かれちゃいますよね」

「そうだね。なによりやっぱりあのフォルムと大きさがまず良いよね。ロマンが詰まっているというかさ。スイーツの中でもケーキと二代巨頭の特別感があるし。ほんとに--」


 ふと、目の前の空下さんがニコニコと微笑んでいるのに気付く。

 

「え、どうかした?」

「いえいえ、私もそう思うなと思っただけです。続けてください」

「そう?」


 なにやら含みのある言い方のような気もしたけど、促されるままに語りを続ける。空下さんは話を聞いて、時折笑んだまま頷いていた。


 しばらくすると、店員さんがお盆にパフェを乗せてやってきた。


「お待たせしました」


 コトッと空下さんの目の前にいちごパフェ、自分の前にメロンパフェが置かれる。白と薄緑の対比が美しい。

 写真通りの実物にもはや感動さえ覚える。


 まずは一口。持ち手が長いスプーンでメロンと生クリームを掬う。


「うまっ……!」


 メロン独特の果実が口いっぱいに広がり、程よく甘い生クリームが上手く調和している。

 想像以上の美味しさに思わず二口目に手を伸ばす。


  一口、また一口と手が止まらない。味わうたびについ口元が綻んでしまう。


「美味しいですか?」


 声をかけられて、我を忘れていたことに気付いた。視線をスプーンの先から前に戻す。

 空下さんが目を細めてほのかに笑みを浮かべてこっちを見つめていた。柔らかな視線の瞳はなぜか自分と何かを重ねているように見えた。


 気付かない間にパフェを堪能をしているところを見られていたらしい。少しだけ羞恥が込み上げる。

 

「美味しいけど……そんなに分かりやすかった?」

「夢中で食べていましたから」

「ちょっと、忘れて欲しいかな」


 後頭部を掻きながら上がってくる熱を抑え込む。


「……ほんと、全部一緒です」


 空下さんは小さく呟いていた。

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