新生活をはじめる闇バイト
ちびまるフォイ
闇の新生活
その頃の俺はお金に困っていた。
「はあ……お金が足りない……」
「どうしたんだよ急に」
「新生活をはじめたいんだけどお金がないんだよ」
「へえ」
友達はその言葉ににやりとした。
「それならさ、一緒に闇バイトしようぜ」
友達の誘いをうけてあっさり闇バイトを始めることになった。
たとえどんなに危険なバイトでも、見合った見返りがあるなら十分だ。
それにバイトも初めてなので、
どんな新体験が待っているのか楽しみだった。
「ついたぞ。降りろバイトども」
バスに揺られてやってきたのは真っ暗な夜の森。
「し、死体でも埋めたりするのかな……」
「知らねぇよ。闇バイトなんてやったことないんだから」
誘った側の友達も何も知らされていないらしい。
バイトリーダーは積んでいたバケツをバイトひとりひとりに渡していく。
「それじゃ、ここで闇を回収してくれ。
集めた闇はこのドラム缶に入れること」
「……え? 闇バイトってこんな感じ?」
暗闇に向かってバケツを振り下ろす。
すると、空っぽのバケツが闇で満たされる。
それをドラム缶の中に注ぎ、からっぽになったバケツをまた振りにいく。
「ほら、危ない仕事じゃないだろ?」
ついてきてよかっただろ、と言いたげな友達の表情。
「そうなんだけど……。お、思ってたのとちがうなぁ……」
「もっと危険でアンダーグラウンドなのを求めてたのか?」
「求めてたってわけではないけどさ……」
闇を回収し終わると、ドラム缶は別のトラックの荷台に載せられた。
バイトたちはバスに乗って帰っていく。
「闇なんて何に使うんだろうな」
バスの窓から遠ざかっていくトラックを見ながら思った。
友達は答えることなく、疲れで熟睡していた。
闇の中でバイトするだけの闇バイト。
法に触れないとわかると、ただの割のいいバイトに見えてきた。
「今日もバイトいこうぜ!」
「俺はパス。もう疲れたからいいや……」
「お前が誘ったのに先にギブアップか?」
「ほっといてくれ。新生活で金に困ってるお前とは違うんだ」
そうそうに友達はバイトを辞めてしまい、ひとりだけのバイトとなった。
といってもやることは人数が増えても減っても変わらない。
闇を集めて、出荷し、帰る。
ただそれの繰り返し。
単調で退屈な闇バイトも数をこなしていくうちに
最初に感じた好奇心は日に日に大きくなっていった。
ある日のバイトでそれはついに爆発。
「よし、回収した闇がどこへ出荷されるのか確かめよう!」
たとえどんなに危険な冒険だとしても、
この先の真実を知りたくなり、帰りのバスには乗らなかった。
出荷されるドラム缶にまぎれてトラックの荷台に滑り込む。
周りは暗闇なので自分が乗ったことなんて誰も気づかない。
「おっ、動いた!」
トラックは何食わぬスピードで出荷先へと向かっていく。
この先で闇を待つのはどんな場所なのか。
しばらく走ってからトラックは止まった。
運転手が降りて荷台からドラム缶の一部を下ろし始める。
「ついに……闇取引が……!!」
トラックの影に隠れながら運転手の行き先を見守る。
自分の影すらもなんか緊張しているようにすら思える。
運転手がドラム缶を運んでいると、奥から人がやってきた。
「おつかれさま、今日もありがとうね」
「いえいえ。今回はいい闇が取れました」
「それはよかった。お客さんも満足してもらえますよ」
ドラム缶が渡されて施設へと運び込まれていった。
施設の看板を目で追う。
「映画館……?」
ドラム缶は映画館に運ばれていった。
映画館の館長は館内で闇を解き放ち、シアタールームを濃密な闇で満たしていた。
「思ってたのと……なんか違うな」
もっとやばい闇取引があるんじゃないかと思ったが、
闇を有効活用している正当な闇取引でしかなかった。
次の現場に向けてトラックが動き出す。
慌てて荷台に乗り込んで次の現場を目指した。
「次こそ。次こそ、俺の価値観が変わるような特別な場所にちがいない!」
そう期待しながら止まった先はプラネタリウムだった。
もうこの時点で闇の使い道がわかってしまう。
そして自分の予想通り、闇は館内の暗さを作るために使われていた。
その後も、水商売で朝帰りして眠れない個人への配達や
ミュージアムの展示のために闇を使う人への出荷など。
途中からトラックから降りるのもバカバカしくなってしまった。
「はあ……もっとドキドキする新展開を期待してたんだけどなぁ」
荷台のドラム缶も最後の1つ。
早く帰りたいと思い始めていたが、トラックはどんどん人里を離れてゆく。
停車した先はひとけのない埠頭だった。
「なんでこんなところに……」
トラックの陰に隠れて運転手がドラム缶を運ぶ後ろ姿を見守る。
埠頭近くの倉庫では、すでに誰かが待っていた。
「よう。遅かったじゃないか。闇は持ってきてくれたか」
「もちろん。最高濃度だ」
「どれどれ」
取引相手の男はドラム缶から闇をすくって、
詰まれていた紙やパソコンにふりかけていく。
闇がかかると、そのシルエットもしだいにわからなくなる。
もう闇にとけてしまい、そこに何があったか認識できない。
「こりゃすごい。この闇ならバレっこない」
「だろう」
「処分に困っていたんだ。助かったよ。
燃やしても今の技術じゃ復元できちまうからな」
「闇にとかしちまえば、そもそも認識できなくなる。
今回のような濃厚な闇ならなおさらさ」
「感謝してるぜ。これが今回の代金……ん?」
取引相手がこちらを見て気づいてしまっていた。
トラックからわずかにはみでた俺の影を。
「おい! 誰かいるぞ!!」
慌ててトラックの後ろに隠れたがもう遅い。
逃げる場所のない埠頭ではどこにも逃げられない。
「見られたか?」
「わからん。だがこの場所にいる時点で殺すには十分だ」
必死に息を殺したが、足音はどんどん近づいてくる。
ああどうしてこんな場所に来てしまったんだ。
今さら後悔してもすでに手遅れ。
近づく足音とともに、銃の準備する音が聞こえる。
(も、もうだめだ……!)
絶望で何も考えられなくなる。
ドラム缶を倒し、中から闇を解き放った。
そのとき、ふたりが自分のほうへ銃を突きつけた。
「観念しろ!」
「ネズミめ、ぶっ殺して……あれ?」
「……誰もいないじゃないか」
「気のせいか。人騒がせな」
ふたりは自分の目の前で自分を見失い、どこかへ行ってしまった。
とっさに解き放った闇は自分の体にふりかかり、
どこが自分の体かもわからないほど闇に染まっていた。
「助かった……」
難を逃れると肩の力が一気に抜けた。
座り込むと、おしりのほうから声がした。
「いたたたた! 踏んでる! 踏んでるって!」
「えっ!?」
思わずはねあがった。
地面には自分の影しか無い。
「いきなり座るんじゃねぇよ。痛いだろ」
その影がしゃべり始めている。
「な、なんで影が生きて……」
「お前こそ何言ってるんだ。影はみんな生きてるじゃないか」
「そ、そんなわけ……」
「それに、お前も今日から影になったんだ。
先輩の影としていろいろ教えてやるよ」
自分の手を見た。
足も、体も見た。
自分はすでに真っ黒な闇に包まれている。
もはや体の厚みすらわからない。
「さあ、これから新生活のはじまりだ。
まずは自分のパートナー探しからだ。
影がひとりでに動くわけにいかないからな!」
こうして自分の新生活が始まった。
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